第83話 尋問と決意

 遡ること数時間。

 南極では、燈太達がちょうど『アトランティス』へ突入を始めた頃。

 

 日本。『黒葬』本社。





「じゃあ、今からお前の知ってることを洗いざらい吐いてもらう」


 小部屋に二人の男がいた。

 一人は『黒葬』執行部対人課長を名乗る玄間という男。その体躯は日本人とは思えぬほど大きい。


「あぁ!」


 もう一人はそう元気よく答え、すかさず、自分の頭を叩き


「――申し訳ない、まだ混乱・・してるんだ」


 と、言葉を続けた。人格を統合して間もない福田である。


「……おおよその事は、お前がボコボコにしたうちの課員から聞いた」


 月野という少女のことだろう。


「……本当に申し訳なく思っている……。拷問でも何でも、気が済むまでしてくれて構わない」


「拷問ってのは、情報を引き出すためにする。するかしないかは俺が決めることだ」


「……知っていることは全て話す。ただ、言ってしまえば、俺達は『極夜の魔術団』の捨て駒に過ぎない。役に立つ情報があるかは……」


「それも、俺が決めることだ」


 福田は正直に全てを話した。

 まず、『極夜の魔術団』の人数。どんな魔術を使うかはわからないが、みたことは伝えた。

 次に、福田は『白金遊戯の会』という殺人グループに所属していたことを話す。


……」


「?」


「……なんでもない、続けろ」


 一度玄間が組織名を聞き、不可解な反応を見せたが話を続ける。『白金遊戯の会』には木原と篠崎という男がいて、2人がどのような魔力の使い方をするのかも話した。

 木原は、魔力を纏うことができる。篠崎は投げたナイフを加速させることができる。


「……お前は散弾を使うんだったな。例えば、大玉で放出したりはできないのか?」


「不可能だ。『器』を分ける魔術の効果で魔力放出の方法がカスタマイズされるらしい。決まった方法でしか魔力の放出はできない」


「放出以外にできることは?」


「俺達は詠唱を教わっていない。できることは今言ったものだけだ。ただ、俺達が魔力を溜める『器』は他人の物。ゆえに『器』に貯まる魔力も、俺達のものじゃない。ここにある種の拒否反応が起き、魔術師曰く、魔力放出の威力がかなり強いものになる」


「詠唱は出来ねぇ分、パターンはないが厄介と」


「そうなる」


「……ちなみに、お前の『器』の魔力は空なのか?」


 福田は、その質問に首を傾げた。


「魔力が空?」


 確かに月野のとの戦いで魔力を相当に消費し、残り魔力はおそらく2割を切っていた。ただ、そんなことはもう関係ない。なぜなら、福田は月野に『器』を譲渡したからだ。空も糞も魔力を貯める『器』を持ち合わせていない。その情報は共有されていないのか? 月野が話し損ねた?


「どうした?」


 まあ、月野が話をしていないようなら、福田が話せば良いだけのことだ。


「いや、俺の――」


 突然、身体に激痛が走った。身体の内から何かが込み上げてくる。それが喉を通り、口に達し、そして福田は吐血した。


「あ?」


 福田は、机に倒れこんだ。何が起きた。痛みで意識が朦朧とするなか、頭を回す。


 ――こんな力を僕達みたいなやつに渡してる以上、いつでも殺せたりするんじゃないかな? あっちは根っからの超能力者でしょ。


 そんな木原の言葉を思い出した。


 『極夜の魔術団』による始末。


「ぐっ……おっ、俺は……、まだっ」


 何も償えていない。まだ、死ぬわけには。

 ただ、魔術団と『白金遊戯の会あいつら』のことは話すことができた。少しでも役に立てば。


 そこで福田は意識を失った。


 ◆


済んだ・・・


「どうも」


 『暁の6』ハールトはそう言い、電話を切った。


「さて、どうしたもんか……」


 ハールトの『砕け散る器ギブ・ハート』で分けた『器』の持ち主の居場所はわかる。『黒葬』本社に二人。それは少女と福田だ。

 問題はここからだ。二人が接触し、福田が少女に『器』を譲渡したのだ。『器』が譲渡できることを知る者は、少女を除く能力関係者のみ。となると、誰かに脅され、福田が譲渡した可能性はない。つまり、福田が自分の意思で少女に『器』を渡したということだ。

 そもそも、強襲は透過という攻防無敵の魔術を使える『黄昏の3』が行った。ほぼ確実に『黒葬』本社は崩壊し、そこにいた者は一人残らず殺害されている。その状況下で、今なお少女が生きているのも不自然。


 となると、福田が少女をこちら側に引き込んだ可能性が高いのではないだろうか。


 福田が『器』を譲渡した意味は、「自分の代わりに少女を駒として使え」といったところか。

 『器』をもって逃げ出したのであれば、『器』を回収するべく福田を殺さざるを得ない。しかし、『器』を譲渡した福田に関しては、ハールトとしてはどうでも良かった。生きようが死のうが正直知ったことではない。


 ただ、『暁部隊』の老害達はそれを許さない。


 魔術とは本来、崇高なもの。奴らに魔力を与えたのは、人手が足りず、仕方なくだ。合ってはならぬこと。

 『砕け散る器ギブ・ハート』は既に『器』を持っている者に対しては使えない。『極夜の魔術団』の協力者、つまり魔術の祖ゼフィラルテ・サンバースを崇める信奉者に使うのならまだ良かった。だが、部外者となれば、そこにけじめが必要だ。……いや、必要とされているのだ。老害どもの間では。


 故に、福田を殺した。


 先ほど電話していた相手、『黄昏の5』シェパードは、魔力を爆発させる魔術を専門としている。『器』を分けた者たちには、一度シェパードが触れており、『器』の魔力をいつでも起爆できるようにしてあるのだ。

 先ほど、福田は『器』を少女に譲渡したが、『器』を譲渡しても少しの間は身体に魔力が残留する。それが消える前に、先ほどシェパードに起爆を要請した。おそらく身体の内部から小さな爆発が起きて死んだろう。


「……もしこっちについたなら、あの嬢ちゃんを殺さなかったのは正解だったかな」


 少女は『黒葬』の場所を突き止めた時点でほぼお役御免。強襲と同時に殺しても良かった。しかし、『黒葬』に余計な警戒心をもたせるくらいならばと殺すのはやめにしたのだ。

 もし、こちらに付くならひとまず、生かしてみても良い。今の『極夜の魔術団』には人手が足りない。


「……シャルハットに相談してみるか」


 ◆


 雲の上。そこには対人課の伊勢原鑑真と、生物課の遊佐飛鳥がいた。

 現在、本社へ向かっている。


「ひやっひやしましたよ……」


 飛鳥はそう溢した。

 鑑真のライフルと、地上から飛んでくるナイフの遠距離攻防戦の勝敗はつかぬまま終わった。というのも、鑑真が途中で引き上げることを提案したからだ。

 ちなみに先ほど、『黒葬』の指示系統は復旧したとの連絡も入り、正式な帰還命令が出された。


「にしても、なんでいきなり引き上げることにしたんです? ……いや、帰りたかったので全ッ然! 構わないんですけど」


「……分が悪ィ」


「へ?」


「引き上げる前、いっぺん降りたろォ?」


「あぁ、そうですね。はい、降りましたね。確か」


 鑑真が帰る提案をする前、一度鑑真の指示で降下した。またしても一瞬だったが。


「もっぺん下みたらよォ」


「はぁ」


「一人とんでもねぇの・・・・・・・がいた。ありゃ、無理だ。今は絶対勝てねェよォ」


「え」


 鑑真は対人課でおそらくトップクラスの腕利きのはず。その鑑真がここまで、言うということは相当……。


 ――やっっっばいとこにいたんじゃないの?! 俺!


「二度目でェ気づけた。……俺も老いたなァ」


 ◆


「……福田君が死んだ」


 木原はそっと篠崎に声をかけた。二人は『陣』生成の儀式を終えたので、いつものマンションに向かい歩いていたところだった。


「マジか」


 生死を確認する電子機器と盗聴器――故・白金から借りていた色々なおもちゃ――をあらかじめ福田に付けておいた。

 両方とも、なぜか一度機能しなくなったのだが、つい先ほど回復し、福田の死を木原に伝えた。


「なんか、色々情報を話していたらいきなり死んじゃったみたい」


「拷問されてたってことかぁ? ざまぁねぇなぁ!」


「うーん、そんな感じじゃなかったかなぁ。自分からしゃべってたっぽい。まぁ、福田君、頭おかしいし仕方ないね」


 まあ、福田がこちらの能力を喋ったとしても、実質篠崎のものだけだ。というのも、木原は福田に本来の能力を伝えていない。『極夜の魔術団』を欺くつもりでやったことだったが棚ぼただった。


「じゃあ、なんで死んだんだぁ?」


「……多分、魔術師の人に遠隔で殺された気がする」


「あー言ってたやつかぁ。……そんじゃ、やっぱ俺達逃げれねぇなぁ」


「……参ったなぁ、怖いなぁ」


 やはり、魔術団にとって木原達はただの駒。それも捨て駒だ。

 木原は恐怖から来る震えを抑え、頭を回した。

 ……手を打たねば。


 ◆


 月野春奈は迷っていた。

 福田を殺すのは諦めた。だが、今、春奈を悩ませるのそのことではない。

 その冷静になった頭で考えると、一つわかったことがあるのだ。


 ――私はスパイだった。


 福田との戦っていたとき、奴はこう言った。


 ――感じたぜェ……。てめぇも『魔力』を撃てんのか。


 と。あの時は必死で、その言葉について深く考えなかった。

 戦闘中、春奈は福田の『UE』と共鳴していた。そして、福田は、自らを『極夜の魔術団』の仲間だと言う。

 つまり、春奈は『極夜の魔術団』と関わりのある福田と同種の『UE』。


 ――私の使う『UE』の正体は、『魔力』だ。


 春奈に力をくれた男たちは、その身分を明かさなかった。魔力、魔術という言葉も使わなかった。故に、『黒葬』に入社し、『極夜の魔術団』の話を聞いても、自分に関係のある話だとは思わなかった。

 しかし、渡された力が魔力である以上、やつらは『極夜の魔術団』で間違いない。

 そして、葛城が言うには、先ほど『極夜の魔術団』が指令部室に現れ、暴れまわったらしい。

 どうやって『黒葬』本社の場所を突き止めたのか。多分、春奈のせいだ。無関係なわけがない。


「私がなんとかしなきゃ……」


 こうなったのは春奈の責任だ。

 今頃、福田は尋問を受けている。福田を引き渡すとき、「一応注意はすべきだが無力化・・・した」とだけ伝え、『春奈が福田の魔力を受けとることで無力化している』という部分は敢えて伏せた。

 しかし、時間の問題だ。尋問の中で春奈が魔力を保持していることは明らかになるだろう。

 そうすればどうだ。100%、春奈は信用されない。皆にとって春奈が『極夜の魔術団』のスパイである可能性は消えないからだ。

 仲間の足を引っ張って、終わり。おそらく、春奈は拘束される。


 ――ここは今の私の居場所だ。ここしかないんだ。


 ……春奈を使って、『黒葬』の位置を特定したのであれば、『極夜の魔術団』はおそらく渡された『魔力』に関係する方法で監視をしているはず。となると、福田が春奈に力を渡した状況もあちらに伝わるはずで、それはかなり異質。

 さっきまで電波が妨害されていたこともあって、福田が盗聴器を持っていたとしても、春奈に力を渡した経緯は『極夜の魔術団』にはまず間違いなく伝わっていない。


 骨も折れてるし、正直、戦える状況じゃない。

 だが、不意くらいならつける。


 今はまだ『黒葬』の一員だ。


「けじめは私が付ける……」


【『アトランティス』調査隊、帰還まであと17時間】

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