第30話 ドロップアウトガール(2)

 少年は見ていた。

 親が殺されるところを。


 少年はクローゼットの中からそれをみていた。


 両親の言いつけ、今となっては遺言となった、「絶対でるな」という言葉。泣きながら、声を殺し、小さく震えながらクローゼットの中でその約束を守っていた。


「――ありゃ、この写真みろよ。子供がいんじゃねーの」


「隠れてんのかよ?」


「両親殺っちまったんだ。生き残りだすと後が面倒だぜ」


 両親を殺した男はクローゼットに近づく。

 息を殺す。

 震えを必死に止める。


「……案外こーゆーとこにいたりしてな」


 ――なんでこんな目に。


 クローゼットは開かれた。

 少年は必死に抵抗した。しかし、成人男性の腕力にはかなわない。

 男は少年にナイフを突き立てた。


 それが少年――伊佐奈紅蓮の最初の・・・死だった


 ◆


「――何か用ですか?」


 神奈川県某拘置所。


「ちょっと、君!!」


 警備官から肩を掴まれて尚、歩みを止めない少女――月野春奈はただ復讐心を燃やしていた。


「それになんだその恰好は」


 春奈は証拠を残さぬよう、サングラス、マスクを着用している。


「悪いけど、どいてて」


 左手を軽く振るうと、その手から春奈でさえ知りえないエネルギーが発生する。それは警備官を弾き飛ばした。

 ここにいる。

 死刑囚は、拘置所に死刑までの間収容される。どの拘置所かは不明だ。しかし、大抵の場合は事件、そして裁判が行われた地域に属する拘置所になる。

 多分ここで間違いない。

 仮にいなかったならば、別の拘置所を襲う。

 春奈に力をくれた外人は、むやみに能力を使うなと助言した。だからこの一回で当たることを願う。


「殺す」


 顔は知っている。

 部屋という部屋を探して周り、見つけ出し殺す。


「……お母さん、お父さん」


 ――仇は私の手で必ず取るから。


 春奈の前に立ちふさがる警備員はすべてなぎ倒した。しかし、彼らには何の罪もない。大怪我はさせないよう気は使う。


 受付に乗り込みこの建物の間取りをある程度頭に入れた。

 あとは、探すのみ。




 春奈は、個室のドアをぶち破った。


「な、なんだ!!」


「はずれか」


 春奈は舌打ちをもらす。こうして、収容者のいる部屋に入り、標的をしらみつぶしに探し続けていた。


 春奈の確認した部屋数が全体の半分に達しようとしていた時。


「はずれか」


「……すげぇな、嬢ちゃん」


 立ち去ろうと扉に背を向けた。


「――俺死刑囚だったんだよ! まさか外に出れるとは思ってなかったぜ!」


「……」


 春奈は足を止めた。


「何が目的かは知らないが! ありがとうな!」


「……おっちゃん」


「おっ、なんだ、嬢ちゃん?」


「何で……ここにいたのさ?」


「あー、昔ヤクザやってた頃なぁ、2,3人殺っちまってなぁ……。ひでぇよなそれで死刑だってよ」


「……ここ入って何年?」


 春奈は男に顔を向けない。


「あー。二年近くかねぇ……。死刑囚は、いきなり死刑になるらしいけどよ、流石に緊張感もなくなるよなぁ」


「ふーん」


 よって、春奈の表情は男からは見えることはない。


 男の殺した人間など知らない。そいつもヤクザなのかもしれない。

 しかし、その殺された人間にも家族がいたはずだ。

 男は春奈の横を通り廊下へ出ていく。


「……じゃあさ」


「?」


 男は春奈の方へ向き直った。

 そこで、春奈の表情に気づく。


「ここで死刑になっとけばァ?」


「……え」


 春奈は右腕を振り下ろした。

 上から下へ押しつぶすように力が発揮され、男は潰され――



「そのへんにしとけよ」



 死刑囚の男は、別の男に抱えられていた。

 黒のスーツを着た若い男。目つきは鋭い。


「……あんた誰?」


 春奈はそのスーツ男へ問う。


「あー。ま、警察みたいなもんだな」


 力をくれた男が言った言葉を思い出した。『鼻の良いやつがいる』とはそういうことか。

 スーツ男は抱えていた死刑囚を雑に放った。


「私を止めるつもり?」


「ま、そういうこった」


「……私、間違ってる?」


「あ?」


「死刑って『死んで罪を償わせる』ことってでしょ? 誰がいつ殺したっていいじゃん……」


 春奈は感情を吐露する。


「私が今殺そうが……!」


「……復讐か?」


「……そう! だから止めないでよ……ッ」


「どう償うつもりだ?」


「……は?」


「絞首台で死ぬのと、お前がここで殺すのじゃわけが違うんだよ。死ぬという結果は同じだ。でもな、絞首台には感情も意思もない。秩序を守るために殺めてる。

 お前のそれは秩序を守るためでもなく、感情や意思だけの殺しだ。

 どう償う?」


 春奈は笑った。


「……償う? 私が? 何でだよ! 悪いのは親を殺したクズの方だろ!!!」


「お前のすることのは裁きじゃねぇ。死者の不幸をダシにした、ただの発散・・だ」


「……うるっさいなぁ! どけよ……」


「どかねぇよ、クソガキ」


 春奈は構えた。


「……打ちどころ悪くて死んでも文句言わないでよ。邪魔すんのが悪いんだから」


「その言葉そのまま返すぜ。すっころんでも受け身ぐらい取ってくれよ? そこまでは責任持てねぇからな」

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