第31話 紅蓮の炎

「紅蓮って言ったな」


 少年――当時14歳の伊佐奈紅蓮は、小さくうなずいた。

 声をかけたのは、大柄でサングラスを掛けた男だった。


「……俺、どうなんだよ。これから」


「わかってると思うが、お前には超能力がある」


 両親が殺されたあの日、紅蓮は殺された。

 その時目覚めた能力は彼に二度目の生を与えたのだった。


「……あの日から、どんな傷も瞬時に治る」


「らしいな」


「俺、普通に……今まで通り生きていけんのかな……」


「無理だ」


 大男は即答した。

 紅蓮は驚いた顔で男を見返した。そこまで即答されると思わなかった。


「お前忘れてねぇか?」


「……何をだよ?」


「――お前は人を殺した」


 紅蓮は頭に血がカッと昇ったのを感じた。

 そして、思い出したくない記憶が脳裏に浮かぶ。



 胸を刺されたとき、死にたくないとそう願った。

 男はナイフを引き抜き、倒れゆく紅蓮に背を向けた。

 意識が薄らぎ、死を感じた。あきらめかけたその時、突然痛みが消えた。

 紅蓮は、自分におきたことを考えるより早く動いた。男の足を思い切り引いたのだ。男は不意を突かれたことで、バランスを崩し倒れ、ナイフを手から落とした。

 紅蓮はナイフを手に取り――。

 紅蓮の服が自分の血と返り血で真っ赤に染まる。

 もう一人の男が紅蓮を蹴飛ばした。うつぶせになった紅蓮に向かい背中を何度も刺す。男は紅蓮が動かないことを確認し、息を切らしながら紅蓮から身を引いた。

 その隙を見逃さず、紅蓮は襲い掛かった。

 ――なんだ!? この化け物めッ……!


 そこにいた人間は一人残らず・・・・・死に、立っていたのは紅蓮のただ一人だった。




「父さんも母さんも殺したのはあのクソ野郎だろ! それにあれは正当防衛みたいなもんだろ!? なんで! なんで俺が人殺し扱いされなきゃなんねぇ!」


「根本的に悪いのはそうだな、あの男二人が悪い」


「何が言いたいんだよ! あんときは必死で――」


「お前途中で気づいただろ、自分が死なないこと・・・・・・・・・


 大柄の男の言葉で、紅蓮は止まった。


「お前の血、散乱しすぎなんだよ。現場みたけど、四回は殺されたろ?」


「それが、なんだ――」


「そして、お前の服を見たら背中に十数か所も刺し傷があった。ありゃ流石に気づくだろ。『あぁ、俺は死なないんだ』って風に」


「そ、それは……」


「お前の殺した片方は胸に刺し傷が8か所。もう片方は身体中を何十回も刺されていた。わかるか? 過剰防衛なんだよ、明らかに」


 図星だった。

 必死で、死にたくなくて男を殺した。それが一人目。

 二人目は、死にたくなくて殺したんじゃない。憎かったんだ。

 両親の仇を討ちたくて。自分が刺されてもすぐ治ることに気づいて、死んだふりまでして後ろから刺し殺した。


「仇討ちたかったんだろ、お前。生きるため殺したんじゃなくてよ」


「……」


「……お前がおかしいんじゃねぇよ。あの状況で、もし一方的に他人を嬲れる力が目覚めたら、そりゃ復讐はするし、誰だって仇をめった刺しにするだろうよ」


 大柄の男は紅蓮に近寄り、肩にポンと手を置いた。

 口調でわかる。男は紅蓮を責めているわけではない。紅蓮の間違いを正しているだけだ。

 それは紅蓮を思ってのことだろう。サングラス越しに見えた男の目は真剣で紅蓮に対して本気で向き合っている。


「でもな、そのことを『仕方ない』と、当の本人が忘れて生きるのはいけねぇんだ。罪は償わなきゃいけねぇ」


 紅蓮はただ涙を流した。


「なあ、俺、どうやって……。俺を受け入れてくれる場所なんかあんのかよ」


 紅蓮はもう普通ではない。

 どこで、どのように罪を償えというのか。


「――『黒葬うち』に来い」


 大柄の男は手を差し伸べた。


自分てめえの復讐に使ったその能力は、正しく使えば多くの人を救うことができる」


「俺が……?」


「お前は生きてんだ。罪を償って、亡くなった両親に顔向けできるよう生きろ! だから来い紅蓮・・、『黒葬』へ!」


 対人課長、玄間くろま 天海てんかいは紅蓮へと手を差し伸べた。


 伊佐奈紅蓮はそれから、自分の罪への償いと、自分にしかできないことをするため『黒葬』に在籍している。

 生き残った者――否。

 生き返った者として。


 ◆


『紅蓮、気を付けて。監視カメラの映像を確認したけど、目に見えない衝撃波のような物を飛ばしているみたい』


 指令部。オペレーター葛城の声が聴こえる。


「りょーかい!」


 であれば距離を詰めた方がよさそうだ。

 紅蓮は思い切り地面を蹴り、少女の方へ向か――。


「……ッ!」


 少女は手を振った。

 前方から大きな何かが迫ってきているのを、床に落ちている物の動きで察知した。かなりの速度だ。右へ飛びのき避ける。

 すかさず少女は紅蓮に向かい再び手首をスナップさせる。

 紅蓮は壁を蹴り、衝撃波を避ける。


「しつこいなァ!」


 次は少女は手刀を作り空を切った。

 先ほどの衝撃波よりも速く鋭い何かが飛んでくる。


「チッ!」


 普通に動いていては、回避し損ねる。


 脳や、身体は無意識のうちにその活動をセーブしている。それは自分を傷つけないためだ。紅蓮は傷つかない。正確にはすぐ完治する。

 故に、限界を超えた動きをしたところで紅蓮にはデメリットなど存在しない。しいて言うなら痛みを伴うことだろう。

 痛みはもう慣れた。


 先ほどよりも、強く地面蹴りだす。リノリウムで出来た床が砕けた。

 少女は紅蓮の急な身体能力の変化に、顔をゆがめる。

 紅蓮は壁を蹴り、廊下を縦横無尽に飛び回り、少女の攻撃をかわし続け、遂に間合いを詰め切った。

 手が届くほど近い。


「終わりか?」


「ッ!!!」


 少女は激昂していた。なぜ、思い通りにならないのかと、そう言いたげだ。

 気持ちは痛いほどわかる。紅蓮はその感情のままに殺意を解放したのだから。

 しかし、紅蓮は止めねばならない。

 これは紅蓮の仕事であり、贖罪なのだから。


 少女は右の拳を握り、紅蓮の腹部を殴りつけようとした。

 この間合いは紅蓮が最も得意とするものだ。躱すのは容易い。


「ぐッ!」


 あえて、躱さなかった。

 拳には先ほど飛ばしていた衝撃波が乗っていたのだろう。少女の物とは思えない重さである。内臓を破裂させ、骨を砕く。


「……っ」


 少女は我に返ったように、身体を硬直させた。

 今の一撃は、当たれば人を殺すのに申し分ない威力だった。

 その手ごたえは少女も理解できただろう。


「わ、私……」


 紅蓮は口から血を吐き――

 少女の腕をつかみ、引き寄せ、ハイキックを決めた。


「ぐあ……ッ!」


「――ろくに覚悟も決めねぇで、そんな危ねぇもん振り回すからそうなんだよ」


 脳震盪のうしんとうを起こし、倒れゆく少女に紅蓮はそう吐き捨てた。


「俺は死ぬ覚悟してるってのによ」

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