第21話 検証、幽霊トンネル!(4)

「ここからの話はある程度不確定要素を含む。しかし、筋が通る一つの仮説だ。しかし、かなりぶっとんでる」


「ぶっとんでる……?」


 その意図はわからなかった。


「まず、貴様も言っていた白骨死体だが、服装をみたか?」


 燈太が見たのは頭蓋骨だ。

 そして、その近くにが落ちていたことを思い出した。


「服? あの布ですか?」


「あれは服だ」


 確かに気が動転し、布についてはよく見もしなかった。それほどまでに頭蓋骨のインパクトが強かった。

 しかし、その状況でも布と服の判別くらいつく。


「ただのカラフルな長い布に見えましたよ。……まあどこかの民族衣装と言われればそうみえますけど」


「あの布の隙間から足の骨が見えていた。あれは着ていたとみて間違いない。よくみればポケットもついていた」


 静馬は燈太と違い冷静にその場を観察していた。


「もしあれが服だとしたら、あんな奇抜な服って……。少なくとも日本のものじゃないですよね……?」


「あぁ」


 謎の服を着た白骨化遺体。これが何を示すのか燈太には全くわからない。


「次だ。部屋にはテーブルがあったよな」


「ええ」


「テーブルの上には紙と謎のオブジェクトが置かれていた」


 確かに何か置かれていたのは燈太も目にした。


「紙には何が書かれていたと思う?」


「え? ……あっ! あの部屋に関することが書いてあったんですね?!」


 静馬は少し笑い、首を動かす。

 横に。


「なァんにもわからんかった。一切」


 静馬は手を投げだしながらそう言った。


「俺は現象課だ。多くの文献を見るため30ヵ国語くらいは読み書きできる。考古学も一時期かじっていた。サンスクリット語といった古代語も読み書きはできずとも見たことくらいはある。

 いいか、言語というのは共通する部分というのがある」


 燈太は息を呑む。


「あそこに書いてあった言語は俺が知るどの言語とも似つかないものだった。

 一切合切検討もつかない言語だ。地域も時代も」


「ら、落書きなんじゃ……」


「落書きだと? あそこから『UE』もでず、人骨もでていなければその線もあるだろうな」


「じゃあ、古代文明の言語とか……?」


「ここは日本だ。古代文明だとしてもある程度日本語に近しい部分がでてくるだろう。

 ……そもそも、部屋の作り、ほとんど痛みがない加工された衣服。あれが古代のものなわけがない」


 部屋はキズひとつない青色の壁でできていた。石を積んだ形跡すらみられなかった。


「よって俺はこう考える。



 ――あの部屋はこの世界・・・・のものではない」



「この世界のものではない……?」


「貴様は平行世界というのを聞いたことあるか?」


「あ、あります」


 平行世界。この世界とは別の世界が存在するという意味だ。似てはいるが何かが違う世界。別の選択をした分岐世界。そんなものとしてフィクションでは描かれている。


「……あの『部屋』が平行世界にあるものだって言うんですか……?」


「そうだ。そう考えると、あの未知の服装、文字にも納得がいく」


「さ、流石にそれは……ちょっと話が飛躍な気が……」


「当たり前だ。これだけで平行世界だという仮説を立てるなら、それはただの妄想だ」


 静馬は話を続ける。


「話を続ける。怪奇現象が始まって直後の話だ。

 まず、トンネル内でGPSが使えなくなった。それから、『演算装置ハイド』との連絡も途絶えた」


「確か、それで俺の能力を使うという話になりましたね」


「あぁ。そして、貴様の能力で座標が動いていることを確認した。

 俺があの時、出した仮説を覚えているか?」


 一つ目。完全に隔離された別空間にいる。

 二つ目。トンネル内の二点が空間的に結合している。

 である。


「あそこで俺は二つ目と考えていたが、間違いだ」


「では一つ目ですか? 隔離された空間にいるという」


「三つ目だ。トンネルの二点が空間的に結合し、隔離された別空間にいた。それだと合点がいく」


「一つ目と二つ目の両方?」


「いいか?

 ――あの時点で俺たちはトンネルごと平行世界へ行っていた」


「え?!」


「怪奇現象が始まった瞬間ある値が変化した。大気中の酸素の比率だ」


「酸素?」


「酸素は空気中に約21パーセント存在している。しかしあのトンネル内では数パーセントの上昇が見られた。それも一瞬で。これはあり得ないことだ」


 確かにトンネルから唐突に酸素が湧き出るなんてことはないだろう。


「他にも変化した値があった。これはどれも、人体に害を与えるものではない。しかし、唐突に変化するような物でもない。まるで、場所、いや世界・・が変わったかのような現象だ」


「トンネルは隔離された別空間、つまり平行世界にいた、と」


「そして、貴様の能力でトンネルがループしていることに気づいた」


「……もしかして、俺の能力で得た座標って」


「平行世界。そこに赤道、本初子午線があればxとy座標はあるだろうな」


 あの座標が、自分達の世界・・・・・・の物であるという確証はない。

 重なり合う世界である故に座標に誤差は生じなかった。

 GPSというのは確か衛星を用い現在地を把握する。世界が変わればもちろん使えなくなることだろう。


「これで貴様の能力は使えるが、GPSが使えなかったということの説明がつく」


「……じゃ、じゃあ! あの部屋は一体……」


「あれは部屋ではなく、世界を移動する乗り物に近いかもしれない」


 静馬はさらに言葉を続ける。


「俺の考えを話す」


「は、はい」


「説明するにあたり俺達の世界を『現世界』とし、部屋を作った世界を『平行世界』と定義する」


「『現世界』と『平行世界』……」


「ステップ1。まず、『平行世界』の空間と『現世界』の空間が入れ替わる。『現世界』の空間とはつまりトンネル内部だ。そして切り取られた空間からは出られない」


 燈太はうなずく。


「ステップ2。あの部屋は、世界の移動からなんらかの力で守られ『平行世界』にとどまる」


 『平行世界』にあった部屋は、本来であれば、『現世界』側へ移動しているはずだが、なんらかの力で守られて『平行世界』にとどまるということだ。ただ、『平行世界』にあるだけであって、部屋が存在する空間は切り取られた『現世界』のものだ。


「……このタイミングで部屋からでれば、『平行世界』人は『現世界』に移動することができる?」


「そうだ。そして、ステップ3。空間は元の世界へ戻る。

 これだと辻褄が合う」


 燈太の身におきたことを各ステップに照らし合わせる。

 ステップ1。『UE』発生。そして、トンネルと共に燈太は『平行世界』へ到着。

 この時切り取られた空間であるトンネルからは出られない。


 ステップ2。部屋は『平行世界』から移動しないため、燈太達は部屋を発見する。燈太達からすると、トンネル内部にいきなり部屋が発生したようにも見える。

 本来はここで部屋に乗っている『平行世界』人が燈太達のいるトンネルに降りる。


 ステップ3。燈太とトンネルは元の世界へ帰ってくる。ステップ2で『平行世界』人がいたならその人も『現世界』へ到着。

 トンネルの空間ループが止まり、それぞれ元の世界へ連結。

 

「あ、じゃあ最後に部屋が消えていたのは、俺達が『現世界』に帰っただけってことか……」


 部屋は結局『平行世界』から微動だにしていないのだ。


「そういうことだ」


「あの骨はやっぱり『平行世界』人なんですね。なんで亡くなったんでしょう……?」


「俺達が今回コンクリに穴をあけたんだぞ?」


「あの人は部屋から出られなかった?」


「まぁ俺達の世界には来れなかったことは間違いない」


「うーん。そもそもなんで平行世界へ行こうなんて思ったんでしょう?」


「……人口や生き物が減ると、酸素は増加する」


「?」


「酸素の他にも値が変化したものがあると言ったな。それはな、放射線量だ」


「それって……」


死んだ・・・世界から助けを求めて、多くの世界を渡っていたのかもしれん」


 今回のようにわけのわからない場所に部屋が出現すれば、外へは出られない。部屋は動かない。開けた場所を求めて数多の世界を旅していた。


 後、数十センチだけ、ずれていればトンネルへと出られたかもしれない。そして、『現世界』へやってくることができたのかもしれない。

 ――彼からすれば、永遠に出られないトンネル。


「……あのトンネルはひとまず封鎖する。一般人は入れないようにし、開けた穴も塞ぐべきだろう。部屋は搭乗者が死んでなおまだ動いている。テーブルにあったオブジェクトが部屋の制御装置なんだろうが、使いかたなぞわかりそうにない」


「……あ、そういえば、部屋で俺の能力が使えなかったのはどう考えますか?」


「あの部屋の壁に原因があるのかもしれない。部屋は世界を移動する際一切干渉を受けない。その移動に『UE』を使っているだろうから、『UE』といった何かを受け付けない素材なのかもな」


 確かに、見たこともない素材の壁だった。真っ青な壁。見た目も美しかった。


「『超現象保持者ホルダー』の能力や『UE』を受け付けない素材……」


「喉から手が出るほど欲しいがこれも保留だ」


 車は走る。


 もし、静馬の怒声がなく、俺達がもし、あのままのんきに部屋の調査をしていたら……

 ぞっとする燈太だった。

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