第9話 極夜の魔術団

 妖刀の任務から何日か経ったある日、対人課のオフィスにいつものように燈太は出社した。対人課の皆に挨拶を交わし、燈太は定位置である隅のイスに座った。調の声でミーティングが始まる。


「……今日は『極夜の魔術団』についてだ」


「あぁその件すか」


 調の声のトーンと、紅蓮の厳しい表情から、何やらあまり良い話ではないことは確かだった。

 それでも、聞かないわけにはいかない。


「……その……『極夜の魔術団』とは?」


「端的に言えば『魔術』という技術を持ったテロリスト集団のことだ」


「魔術……」


「UE──奴らは『魔力』と呼ぶが、それを用い、超常現象を起こす、それが魔術。その魔術を使い去年テロが起きた」


 魔術というワードはもちろんフィクションの世界で、聞いたことがある。魔力という謎の力を使い、魔方陣、呪文、供物やらを捧げたりなんかして、炎を出したり、悪魔を呼んだりetc。


「魔術を使った、テロ……。どんなものだったんですか?」


「約半年前。つまり去年の4月、ニューヨークで起きた爆破テロを覚えているか?」


 その事件を燈太は知っていた。どこかの過激派組織がニューヨークで爆弾を使ったテロを起こし、死傷者は──


「あの死傷者300人を越えた大規模テロですよね……? まさか……」


「そのまさかだぜ。燈太」


 紅蓮の表情は険しいままだ。


「確かに、あの犯人はまだ捕まっていないとニュースで見た気が……」


「……いや、実行犯は、海外出張中だった課長が確保に成功している。『極夜の魔術団』という名前もその時判明したのだ」


 対人課の課長。てっきり調、鑑心のどちらかかと思っていたが、別にいるらしい。


「ここからが本題になる。そのテロリスト達がまた動き始め、日本に来ているという情報が入っている」


「に、日本に……?! そもそも目的はわかっているんですか?」


 テロリストとは何かしら目的を持っている。他人を攻撃するのは、自分の要求を通すため、自分の意見を世界に訴えるため。そういった物が多い。


「目的は未だ不明。課長が拘束した実行犯もそこだけは口を閉ざしていたらしい」


「……調さん、結局ガチでやり合うのはいつなんです?」


 紅蓮は調に問いかける。その声は静かに、しかし、熱を帯びていた。


「……課長が帰国してからになるだろう。課長が敵の海外支部を回っているのだから。そこで得た情報を活用し迅速にそして一気に、叩く」


 相手が魔術という神秘を使うテロリストである以上、しっかり対策を練ってからというのも納得できる。

 とはいえテロリストが日本国内に潜伏しているのはかなり危険だと言えるだろう。


「──調先輩。潜伏先はわかってないんスか? はやくシめるべきっスよ。できるだけ」


 燈太はいつになく真剣な表情の空に少し驚いた。


「まだ潜伏先まではわかっていない。しかし、日本にはUEの観測を捉える演算装置ハイドがある。あちらの動きはかなり正確に掴めるのだ。焦るべきじゃあない。気持ちはわかるがね」


 『演算装置ハイド』というのは燈太のUE観測を捉えたときの装置だったと記憶している。魔術には魔力という『UE』を用いるのだから捕捉できるのは当然だろう。


「……そうっスね」


 『極夜の魔術団』の潜伏先はまだわかっていないという。となると


「潜伏先はわからないのに、なんで日本にいることがわかったんですか?」


 という疑問が浮かんだ。


「それは簡単だ。君が『UE』を発生させた同日、別の場所でも『UE』が観測されたのだ。かなり微弱なものであったがね。結果──」


「その場所から『極夜の魔術団』の物と思われる魔法陣が見つかったってわけだ」


「そんなことがあったんですか?!」


 燈太が『黒葬』に連れてこられた裏でそんな事が起きていたとは全く知らなかった。


「魔方陣の方にはうちとガン爺で行ったんすけどね……。もぬけの殻っス」


「ともかく、課長が情報を持って帰国するか、『極夜の魔術団』の潜伏先を発見するか。……考えたくはないが奴等が派手に・・・動くか。対人課はその時まで通常業務となる。テロリストも肝心だが、対人課の仕事を放り出すことはあってはならない。心してかかるように。ミーティングは終了」


 やはり、調が課長に見えてならない。


「ちなみに、課長ってどんな人なんです?」


「化け物」

「殺戮兵器」

「怪獣っス」


「えぇ……」


 返答はバラバラだが、課長がただ者ではないことはわかった。


「──あいつはようやっとる」


 少し遅れて鑑心が言葉を発す。今日初めてではなかろうか。


「……燈太。君は、この『黒葬』の設立の話を誰かから聞いたかね?」


「? いえ」


「ふむ。なら話しておこう。まずは『黒葬』の前組織──『黒のおくり人』の話だ。活動内容はほぼ同じ。この組織も『黒葬』同様、秘密結社であった」


 妖刀の時も前組織という言葉がでていた。この秘密結社自体はかなり昔からあるようだ。


「『黒のおくり人』は国の組織ではなかった。人知を越えた力を授かった者が、その力を人のため、自分にしかできないことをしようとした。それが発足の起源となる。もちろん、国の中枢からの依頼をすることもあったという」


「その人っていうのは、今でいう超現象保持者ホルダーのことですね?」


「そうだ。ある時『黒のおくり人』は国からのある命令に逆らった。──戦争への介入だ」


「……『超現象保持者ホルダー』の軍事利用ってことですか……?」


「ああ。『黒のおくり人』は考えた。もし『超現象保持者ホルダー』の軍事利用を認めてしまえば、今後生まれる『超現象保持者ホルダー』の子供達の未来はない……と。この組織はある種、『超現象保持者ホルダー』の保護も行っていたのだ」


「なるほど……」


「そして、燈太。君は『黒葬』が何年に設立されたかわかるか?」


「えーと。……50年前とかですかね? 具体的な年は流石に検討も付かないです」


「1946年」


「……あっ!」


 この会社に入るときbar「BLACK」で言う合言葉のひとつにこの年がある。


「合言葉にもなっているだろう。そして、この前年はわかるだろう? 1945年」


 1945年の出来事と言えば一つだ。


「終戦の年……ですか」


「そう。知っての通り日本は敗北した。その際、GHQに『黒のおくり人』の存在を知られてしまったのだ。GHQは日本にこう要求した。一つ『黒のおくり人』は国の管理下におくこと。二つ、我が国からも依頼を出せるようにすること。と」


「敗戦国にする要求の割にはかなり譲歩している感じがしますね……」


「当たり前だ。替えの利かない人材達だぞ。機嫌を損ねるような真似はしなかった。そもそも──」


「そもそも?」


「『黒のおくり人』がもし参戦したなら勝敗はひっくり返っている」


 そんなバカな。と入社前なら笑い飛ばしているだろう。しかし、不死身の戦士、音速で駆け抜ける少女、化け物じみた腕のガンマン。対人課だけで、それも課長を除いてこれなのだ。

 流石に戦争がひっくり返るかと言われると……。が、燈太にとって悩むに値する問題と化していたのは事実である。


「まあともかくだ。そのような過程を得て、今の国営会社『黒葬』はある」


「……調さん、そもそもなんでこの話してるんでしたっけ?」


 紅蓮が横から口を挟む。確か、課長のことを聞いていたはずだ。


「急かすんじゃない。……話を戻すぞ。そして、現在も海外からの依頼を『黒葬』は受けている。そして、他の国が『超現象保持者ホルダー』に興味があるのも事実だ」


 海外へ出張する課長。

 国内の方が大事ではないのか。

 なぜ、課長が海外へ行かねばならないのか?


「海外活動を許可されているのは執行部の課長のみ。理由は至極単純だ。国外でのトラブルを全て単独で処理できる能力を有している。言い換えれば、その国が軍を使い、拉致を敢行しようとした際、それを何らかの方法で逃れることができる、ということだ」


 燈太は息を飲む。


「以上、『黒葬』と課長に関する研修を終了とする。良いかな?」


「は、はい!」


 燈太はこの説明を聞き、『黒葬』が「規格外」な組織であることを改めて感じた。だが、燈太に恐れはなく、逆に彼は心踊らせた。

 同じ事をして過ごす毎日が終わり、新しいもの、刺激しかない毎日。

 彼は『黒葬』の虜になっている。

 燈太はこう思うのだった。

 ──課長に会ってみたいなぁ

 と。

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