第8話 月光照らす、紅の凶刃(3)
「よっ――」
そう、ただ彼女は走り抜けた。
「――と」
彼女の移動速度は音速に達する。
空が走り抜け、その足を止めた瞬間、爆音と衝撃波が辺りを襲った。空の尋常ならざるスピードは空気を猛烈に圧縮し、弾き飛ばす。
空は紅蓮の手前で停止した。真正面から衝撃波を受け止けた紅蓮は、凄まじい勢いで後方の壁へたたきつけられる。常人なら死ぬ。実際紅蓮の身体は見るに堪えないものになっていた。
勿論、紅蓮の手だったものから妖刀は離れていた。
「……ありゃ?」
空は疑問に思った。紅蓮の手から離れたものの、妖刀が見当たらない。
突然、空の頭上で金属音が鳴り響いた。
「……油断すんなァ」
刀がカランという音を立てて、空の真横に落下した。
「うおおお! 危なっ!! 助かったッス!」
燈太はおびえていた。佐々木も腰を抜かしていた。
「燈太君、大丈夫?」
スマホの向こうから、葛城の声が聴こえる。
「……一応、無事です」
燈太は絞り出すような声で言った。
オペレーターは執行部の任務を補助する。葛城より
一体何が起こるんだと、考えていた矢先に空の能力を見た。
不死身、妖刀、凄腕ガンマン。未知の世界に少しは慣れてきたと思った。しかし、あんな迫力満点の能力を見せられてはそれがうぬぼれであったと自覚せざるを得ない。
「……君。……『黒葬』って、いつも
「……新米なものでなんとも言えないですけど……」
「けど……?」
「普通じゃないのは確かです……」
燈太の精一杯考えてだした結論だった。
◆
「いやぁ、一時はどうなるかと思ったッスよ!」
「……人様を派手にぶち殺しといてよく言うぜ」
「やっぱ痛いんスか?」
「治るだけで痛ぇもんは痛ぇよ」
燈太と対人課の一行は『黒葬』本部への帰路についていた。
紅蓮から妖刀を引き離した後は、鞘を刃に近づける形で慎重に納刀し、持参していた鎖やらなにやらで刀をグルグル巻きにし、車へ運んだ。この際、最初の失敗から学び、一人が柄、もう一人が鞘を抑える形で何があっても刀が抜けないように心掛けた。血がにじむ、笑い声が聞こえるなどなど様々な怪奇現象は起きたが、二度刀が抜かれることはなかった。
車内では今もなお、空と燈太が二人で刀を抱えている。
「燈太、初仕事はどうだった?」
「……いやぁ、なんていうか、ハードでした」
「でもま、なんとかなったろ?」
紅蓮は運転しているので直接は顔が見えなかったが、ルームミラーに笑った顔が映っていた。
「うちのブワーってやつ、どうッスか? 凄かったッスか?!」
ブワーではなく、ドカーンが正しい気がする。
「……俺もあんな派手な能力が欲しかったなぁとかは思いますね」
「おすすめッス!」
「やめとけ、やめとけ。日常生活でクソほど役に立たねぇよあれ。お前の奴のが絶対良い」
「そうやって、日常生活を引き合いに出すのはどうかと思うッス!」
燈太にとって、危険で、下手をすれば命を失うような1日であった。
しかし、『黒葬』を辞めたい、ここに来なければ良かったという感情は一切ない。
それは、人間ならざる力を持った人間味あふれる面々と、燈太の持つ人一倍強い好奇心から来るのだろう。
「ところで、紅蓮さん。妖刀に身体を乗っ取られてましたけど、今はもうなんともないんですか?」
「あぁ。特になんともねぇな」
「乗っ取られるってどんな感じなんスか?」
「あ? 勝手に身体が動くだけだ。なんも面白いことねぇ――」
急に紅蓮が話を止めた。
「どうしたんスか?」
「そういえば、乗っ取られてるとき変なもんみたな」
「変なもの?」
「あぁ、多分あの刀に斬られた人間だ」
「ユーレイッスか?!」
「じゃねぇか? ぼろっちい和服着てるやつとかいたしよ」
ぼろい和服。鍛冶師の男が抵抗するとき切り捨てた人間だろうか。
「役人みてぇな奴もいたし、子供もいたな。あとは、洋服と和服の中間みたいな服着てるやつもいたぜ」
「……確か伝承では50人斬ったんでしたっけ?」
「50人も幽霊見たってことッスか?! すげぇッス!! 一人くらい分けてほしいッス!!」
「……50人か」
「葛城さんは確か、鍛冶師が20人、その後妖刀として抜かれて30人も人死にがでたと」
「……俺がみたのは50人じゃなかった」
「そうなんですか? まぁ、妖刀になってからの話はともかく、鍛冶師が抵抗して20人斬ったてのは確かに嘘くさいですよね」
「逆だ。100近ぇよあれ」
紅蓮は静かにそう言った。
「服装から見るに妖刀になってから斬ったのは30くらいであってるだろうよ。でも、鍛冶師が斬った方。そっちは20できかねぇ……」
「――そもそもよォ。
「あ」
そう。伝承では鍛冶師が殺したのは、妻、その浮気相手、役人、武士といった人間で子供が入る余地は一切ない。
「妻を殺したあとも、人斬りを続けていた……?」
「かもな」
そもそも妖刀の呪いは果たして誰のものなのか。
斬り殺された妻の恨みなのだろうか。頭がおかしくなってしまった鍛冶師の執念なのか。抵抗したときに殺された武士や役人の無念なのか。
それとも――
真実は妖刀しか知らない。
ふと顔をあげ、ルームミラーを見ると、先ほどと同じく笑う顔が映っていた。
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