第37話

 ギュンターは重々しい表情で口を開いた。

 加奈ちゃんと私を沈痛に見つめながら。


「……それは違うよ。全然違う。――――……”負”の側の代償なんて軽いモノさ。アレ等にとってはね、得るモノの方が圧倒的。本当に深刻な代償を支払うのは”正”側の巫女みこ。大抵は正気を保てない程のシロモノ。相手との属性が反対であればあるほどね。だから君達は本当に大変な部類。どうしようもなくね。特に――――」


 そこで言葉を切って彼は私を痛ましそうに見つめる。

 ああ、やはりギュンターは私の心が分かるのだと再認識。



 そして加奈ちゃんも私が知っていた以上に大変だったのだと思い知る。


「知っていたから、なまじ強すぎて知っていたから、だから彼は――――」


 目を閉じたギュンターは大きくため息を吐いてから苦笑した。



 ……改めて思う。

 私は何も本当に知らなかったのだと。



 知らなさすぎる。

 無知すぎるのだ。

 大切な存在の事だというのにも関わらず!



 ――――今からでも、知ろうとすることは遅すぎるのだろうか……?



 知らなければ何も選ぶことが出来ない。

 思う事も考える事さえも。



「これは私が言う事じゃないね。ただ憶えておいて。君と彼の属性は本当に対極。これ以上は無い程に。彼の属性だったり近い連中は血眼で君を探すだろう。それこそ自らの存在をかけてっていう輩ばかり。彼も異常に稀有だけど、君はその比じゃない。君という存在。私としてもこの表現しか出来ない。それこそ”奇跡”だと。だけどね、君の様な存在は脆い。本当に脆いんだ。君は例外的に強いけど、それでも脆い。それは君の側に居る”負”の皆も分かっている。ただ普通はワザと壊すんだけどね。特に君と正反対の輩は。けれど彼は……――――もし君が彼といる事を選択したのなら――――……結末は必ず悲劇だろう。実際、前世での君と彼は最悪の別れ方をした。その自覚が君にこれっぽっちも無かったのは……


 沈黙を挿んでから加奈ちゃんを目を開けて見るギュンター。


「……君もだよ、異世界の神の愛し子にして眷族。君も自分の最期を思い出そう。それに至る過程もだ。良く考えてみて。どうして神の愛し子で眷族である君が殺されたのか? 君の精神状態が大層よろしくない状態だったからだ。それは薄々分かっていただろう? 何故君の精神はそうなったのか? これをちゃんと思い出すんだ。諸々が起こった結果、それで遺された彼がどうなったかっていうとだ」


 ギュンターは一旦口を閉ざしてから感情の籠らない瞳で私達を見つめていた。


「……――――そう、君たちを守っていたどっちもろくでもない事になってしまっている。端的に言えば、彼等は今地獄すら生ぬるい状態だ。どうするかは君たち次第。どうする? ちなみに過酷だよ。彼等を救いたかったらね。とっくの昔に君たちの知ってるのとは変質してるかも。もう転生したんだから聞かなかったし知らない、っていうのが一番のおススメ。意地悪でも何でもなく、本当にそれを推奨するよ。ただでさえ”巫女”は”正”の属性と共にあっても惨酷な事にしかならないのに……だから巫女にはせめてって大抵は同じ一族から”守護役”を付けるんだけどね……君たちの守護役を誰に言われずとも買って出ていたというか無理矢理就任していたのが彼等。だから君たちは何も気にしなくていい。あっちが勝手にしてたんだ。君たちが付き合う必要性は一切無い。彼等が自分の思う通りにやった結果の破滅。自分勝手に君達を見つけて後を付けて、側に居る理由を適当にあげつらい保護という名の束縛をしていただけだ。要は君たちは人間風に言うのならストーカーに拉致監禁されていたという境遇だよ。君達は、身勝手に攫って閉じ込めたストーカーの誘拐犯を助けてやるのかい?」


 ……ギュンターは、観察するようにこちらを眺めている。


「ああ、良心が痛むというのなら、この記憶を消そう。そうすれば何も知らないんだから心が痛んだりしないよ。君たちみたいな存在は善良だから見捨てたら心痛に襲われるかもしれない。でも大丈夫。聞かなかったことになるから。それともあれかな? 彼等の記憶も邪魔だというのなら、それも消すよ。残らず綺麗さっぱりね。だから心配いらない。安心して。アッチに気が付かれたりしない様にちゃんとするから。さて、どうする?」


 ゆっくりと深呼吸をした。

 目を閉じて、大きく一度だけ。



 答えは、とても簡単なモノ。

 悩むまでもない。

 私の中から当たり前に出てきた。



 ――――それ以外の答えはことごとく必要ない。


「……分かっていたけど、君達って馬鹿だよね。どうしてそう厄介な道を選ぶのか……何をどうやったって最悪な結末になる可能性の方が高いんだよ? むしろ関わってしまったらより強固に救いようのない結果になる。”奇跡”ってやつは、本当に血反吐を吐いて藻掻き苦しんでそれでも……って血塗れの手を伸ばしたとしてもだ、それでも起こらないのが当たり前。有り体に言えば、彼等は”奇跡”にでも縋らないとどうしようもない。だからといってホイホイあるならそれはもう”奇跡”じゃない。甘い話は無いんだよ。救いも無い。最高に上手くいってメリーバッドエンドって所。それでも?」


 ――――思わず、笑みが漏れる。


 隣を見たら、加奈ちゃんも優しい、どこまでも透明な笑顔を浮かべていた。

 ……私も同じような表情なのだろう。

 ギュンターはどこから呆れたように、だがとても眩しいモノでも見る様な微笑をしていた。

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