第36話
どうにか肩で息をしながらだけれど、ずり落ちそうになっていた姿勢から辛うじて落ちない様に座る事が出来た。
まだ荒い息を整えるために、目を瞑りながらゆっくり深呼吸を繰り返す。
どれくらいそうしていただろう。
ざわざわはするけれど、どうにか息が付けるくらいには心が平穏になった、と思う位には回復した。
恐る恐る目を開けて改めて確認。
「――――……加奈ちゃん……?」
思わず疑問形になってしまった。
確かに目の前にいるのに、けれど信じられずに。
「……うん。瑠美は大丈夫? 呼吸は? どこか痛い?」
加奈ちゃんはどこかばつが悪そうにしながら、それでも心配そうに私を見ていた。
「……大丈夫。それと、あの、ありがとう。背中を摩ってくれたから大分楽になったよ」
加奈ちゃんはホッとしたような表情で胸を撫でおろしていた。
「良かった」
………………………………………………
その加奈ちゃんの言葉の後、二人共言葉が出てこなくて沈黙が下りる。
何を言ったら良いのか、頭の中は凍り付いて思い浮かばない。
只でさえ容量オーバーで機能不全だったというのに、パニック状態まで発症してしまっている。
「丁度良かった。二人そろっているのなら出来る話もあるし」
二人の静寂を楽しげに破って話しかけてきたのは、手のひらサイズに縮んで炎の上に立っているギュンターだ。
「……ええと、ギュンターは此処に来て大丈夫なの?」
思わず心配で声をかけたら、ギュンターは悪戯っぽく片目を瞑って微笑んだ。
「勿論。だからこのサイズで色々偽装しているんだよ」
それだけ私を見つめて告げてから、加奈ちゃんへと視線を移す。
「こんばんは。ってもう白々と夜が明けてきているね。おはよう。異世界の神の愛し子にして眷族。初めましてだね。私はギュンター。一応この帝国の皇子だよ」
ギュンターはどこか面白そうに加奈ちゃんを見ている。
「……眷族……ですか……? それに愛し子……?」
加奈ちゃんは自分に対して言われた言葉に瞳を瞬かせながら首を傾げていた。
肝心な皇子という単語が最後に告げられたために、加奈ちゃんの耳には入らなかったらしい。
「自覚無しかい? ああ、そうか。君の一族が祀っていた神は告げていなかったんだね。流石に千年以上祀って仕えていたら眷族になってるよ。身体も魂も変化するさ。それに君は長候補だったんだから愛しい子だよ。ただ……君より君の従兄妹の方が本当は能力上だったみたいだけど。詳しく話すと色々支障があるからこれ以上はごめんね」
瞠目した加奈ちゃんは慌てて口を開く。
「待って、待って下さい。あの、まーちゃんの、いえ、従兄妹の正樹の方が能力は上? ですが皆――――」
ギュンターは痛ましそうな表情で加奈ちゃんの話を遮った。
「そう。皆そう言うだろうね。彼は君たちの一族にしてみると長には相応しくはない。そういう”属性”だから。君は”清”っていう”正”側ではあるんだけど番外というか例外的な属性。珍しいよ。だからこそ強力で大変。君は”巫女”でもあるから余計にね。彼の属性は勘弁してね。口にするだけで言霊が発生するし、そうすると色々ね……。君についての情報も私は隠せるけど、エルザは口にしちゃダメだよ。君の言葉にはとてもとても力があるから」
そこまで言ってから、ギュンターは加奈ちゃんと私を交互に見て重々しい溜息を吐いた。
「……なんだろうね……君たちはある意味似た者同士で境遇も近い。側に居た存在が隠して守ってたのも同じ。……珍しい”正”の方の番外属性で”巫女”っていうのまで同じって言うのもなんというか……」
ギュンターの言葉を聴いた途端、加奈ちゃんの目の色が変わった。
「隠して守っていた!!? それは……」
言葉が続けられない加奈ちゃんに沈痛な眼差しを向けるギュンター。
「そう。守っていた。君たちの一族が祀っている存在もそれを知っていた。君たちが祀っている存在は”正”な属性。真っ当に正統。だから”中”な属性でさえあんまり相性は良くないんだ。ましてや”負”の属性ではね……それも番外の珍しい代物とか……。ちなみに、君の母親は”中”属性だけど、”負”に近い”中”だから祀っている存在とも合わないし、何より君が気にくわなかっただろうね。彼女の心は妬み嫉みの巣窟になってる。君が優遇されるのも認められるのも認められない認めたくない。だから必死に貶める。君の自尊心を砕くのに全神経を注ぐ。これじゃあ”負”の連中に襲われるよ。君を産んだ輩が君の事を無意識に”餌ですよ”って宣伝してるんだから。君の能力ではありえない位デッドオアアライブな人生だったのは君を産んだ奴が根本原因。彼が居て良かったね。祀っている存在も守っていたけど、やっぱりこういうのは”負”に勝るもの無しなんだよ。純粋に強い。加えて容赦がない」
加奈ちゃんは言葉も無く目を見開いている。
……無理も無いと思う。
私にとってはついさっきだけれど、同じ様な思いを抱いた。
――――何も知らないというのは、本当に罪だと思う。
ギュンターは言わないけれど、加奈ちゃんの従兄妹さんだって何かを犠牲にしていたはずだ。
多分だけれど、”正”の属性と”負”の属性は反対だからこそ惹かれ合う代わりに、とても重い代償を支払はなければならないのだろう。
――――”負”の属性側が……
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