第18話
ベアトリス様とアーデルハイト様、リーナの三人に一人にして欲しい旨を伝え、明るい時に確認した、テントの張ってある場所から道に沿って行くとたどり着ける湖を目指して歩を進める。
私には少々、否、多大に刺激が強すぎたのだ。
水があるところは落ち着く。
だからそこを目指して歩きながら、脳裏に過るのはリーナとベアトリス様、アーデルハイト様が話して下さったこと。
「エルザ様が油断、いえ、隙をお見せになりましたら……最悪既成事実が作れる可能性がございますでしょう……それが要は目的なのです」
リーナが険しい表情で言う言葉に頭はハテナマークが乱舞である。
「……既成事実……? と仰いますと……?」
私が理解していない事に沈痛な表情になる三人を見ていると、自分の残念さが非常に申し訳なくなる。
「……フリードリヒ殿下は別格、ギルベルト様、フェルディナンド様、エドヴァルド様にしても特に、ですけれど、紫の瞳の持ち主であるのならばエルザ様の婚姻相手となる資格はあるのですわ……ええ、何かあった場合はと注釈が入りますけれど」
ベアトリス様は珍しく表情が険しく、綺麗な橙色の瞳も曇っている事が悲しい。
「それは初耳です。私聞いた事がありませんわ……」
そう、私が知っているのは、魔力無しは皇族の、それも皇帝になることが決まっている方としか結婚できないというもの。
それ以外を習った事も聞いた事も無いのだ。
「エルザ様の耳には決して入らない様にされておりましたの。他の方々……フリードリヒ殿下を始め、紫の瞳の方々も知りえないはずですのに……」
アーデルハイト様は忸怩たる思いが現れて、その朽葉色の瞳が揺らいでいる。
「アレを見ていますと察せられますわ……皆様どうしてかは分かりませんがご存じだと」
ベアトリス様は重い溜息を吐いて額に手を当てた。
「フリードリヒ殿下の場合、分からない様に制限されておられたはず。ロタール様は紫の瞳ではありませんが、様々な面が考慮されやはり知らされてはいらっしゃらないでしょうし、そこから漏れるというのも考え難いですわね……」
リーナは眉間をもみながらやはり重い溜息を吐いた。
「つまり、魔力無しである私で大公爵家の私ではない、と解釈してよろしいのでしょうか……? 私に何かあった場合、紫の瞳であれば皇族ではない方とも婚姻できるという事なのですね。そしてそれは資格がある方には秘密にされている……で合っていますでしょうか……?」
どうにか仕事をしてくれたらしい脳味噌さんが導き出した答えがこれだった。
相変わらず機能不全の割合は高い上にハテナさんも踊りまくっている状態なので、これだけ考えられた脳味噌さんを褒めよう。
「はい。間違いありませんわ。先程のエルザ様のご下問にお答えしますなら……エルザ様と婚姻するという目的のために皆様手段を選んでいらっしゃらないのです。そしてそれをお互いに誇示していらっしゃるからこその露骨な牽制ですわね……」
ベアトリス様は眉根を寄せて重々しく告げる言葉に続き、リーナも口を開く。
「牽制はお互いそれを知っている、つまりエルザ様と婚姻する方法を知っているという事をこそ誇示していらっしゃるのでしょう……今までの皆様とは到底思えません。エルザ様を大切になさっているのが側にいるだけで常に伝わってきていましたのに……」
リーナは悲しそうに重い溜息を吐く。
「あの日からですわ……あの、全ての月が赤く染まった日。その翌日から皆様の様子が……ええ、徐々におかしくなっていかれた様に思います」
アーデルハイト様は顔を顰めてぎゅっと自らの手と手を握る。
――――私と婚姻……?
折角動き出していたらしい脳味噌さんは最速で動きを停止し、思考回路さんは停止したうえ逃亡した。
訳が分からない。
どうして私と……?
家の為に必要だという事……?
魔力無しの私が必要だと……?
あれ?
フリードリヒの場合、ルディアスがいないのなら自動的に私と結婚となる訳で、何かする必要はないのでは……
うん。
無理に何かする必要は無いと思う。
――――ルディアスが戻らなかった場合には。
……おかしくなっていったとアーデルハイト様は仰った。
あの日、全ての月が赤く染まった日。
それから歯車がおかしく回り始めたのだろうか……
分からない。
兎に角、一息入れないとおかしくなる。
私が間違いなく耐えられずにおかしくなる気がする。
「――――……申し訳ありません。心を落ち着けたいのです。少々席を外しましてもよろしいでしょうか……?」
零れ出た声は震えて小さい。
思ったより限界だったらしい。
理解が追い付かないのだ。
素直に嫌われたり憎まれていた方が分かりやすい。
――――皆の気持ちがまるで分からない。
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