第16話
混乱の最中、ふと、脳裏をよぎるお祖母様の言葉。
「ユーディトは××××××××であることをいずれ抑えられなくなる」
そう仰った。
何を、何故抑えられなくなるとお祖母様は……
「――――……エルザ様。もしや精神に作用する何等かの魔法をかけられてしまわれたのでは?」
ベアトリス様は真剣な眼差しで私を見詰める。
ああそうだ、ベアトリス様は精神に作用する魔法が得意な家系のご出身。
彼女自身の腕前も相当なものだと聞いている。
だからなのだろうか……お祖母様やお父様がベアトリス様と私が親しい事をとても喜んでいらっしゃった気がする。
確かに、私は魔力無しで相手の魔法の影響を露骨に受けてしまう。
普通ならば無意識レベルでできる防御さえできないのだ。
私の異能力にしてみても意識して使うにはリスクが高く、無意識化では防ぐにも限界があるらしい。
……ディート先生からはルーのモノを防いだ時にかなり消耗したらしく、現在は私の異能力で無意識に防ぐという機能には期待するなと言われている。
「エルザ様、もしよろしければベアトリス様に診て頂いては如何でしょうか?」
アーデルハイト様がリーナと顔を見合わせた後、心配そうに仰る言葉に、確かにそうだと口を開く。
「……そうですわね……ベアトリス様、よろしいでしょうか……?」
恐る恐るの私の言葉に、ベアトリス様は力強く肯かれた。
「勿論ですわ。お任せください」
そう仰ってから、私の正面へと移動されたベアトリス様。
「エルザ様。まずはわたくしと何も考えずに目を合わせて下さい。わたくしの目をしっかりと凝視して頂けたら助かるのですけれど」
ベアトリス様が座った私に高さを合わせながらの言葉に肯いて実行した。
橙色の瞳が綺麗だと咄嗟に思うが、瞑想中の様に思考を閉ざして静かにベアトリス様の瞳を見続ける。
「……エルザ様、次は目を閉じて頂けますか? その際も何も考えずに無心でお願い致します」
ベアトリス様の緊張した声に首を傾げながら、肯き実行した。
頭の中は空っぽ。
そうするのには異能力の特訓で慣れていたからなんの問題も無く。
むしろ瞳を閉ざす事で楽々とできていた。
……だというのに、ふと、誰かの面影が過った気がして困惑する。
最近は瞑想中に誰かの事を考えたりはしなかったはずだ。
……けれど、あの過った感覚。
面影の誰か。
それは、ああ、そうだ。
――――前世での私が知る誰か。
思考がそう導き出した瞬間、パチンと何かが弾けた気がした。
「……エルザ様。目を開けて下さいませ」
ベアトリス様の声で何処かを彷徨っていた意識が戻ってきて、言われた通りに目を開ける。
「……どうでしたでしょうか……?」
恐々と結果を伺う私に、ベアトリス様は一瞬表情を曇らせてから安心させる様に微笑んだ。
「……何等かの残滓はある様な気が致します。ただそれが何かはわたくしでは力不足で……帰り次第すぐさま教官にご相談されるのがよろしいかと思いますわ」
ベアトリス様の仰る教官とは、ディート先生なのだ。
ヨハネス教官は私のクラスの担当から外されてしまい、代わりにディート先生が担当教官に任命された。
……残滓、か……
気になるのだから素直に訊くのが良いだろう。
自分で悶々としていても何ら解決しないのだから。
「あの、ベアトリス様。残滓と仰られましたけれど、既に効果は切れているからこその残滓、なのでしょうか……? それとも効果は継続しているけれど力を使った痕跡が残っていての残滓、なのでしょうか……?」
ベアトリス様は難しい表情になられた。
「……それが判別できないのですわ……残滓はある。けれどそれがどうしてなのかが、どなたがかけたのか、どのような能力なのか、それらが全く分からないのです。本当にお力になれず申し訳ありません」
肩を落とされたベアトリス様に慌ててしまう。
「いえ、私に何等かの異常が出ているのを教えて下さって本当に感謝しておりますわ。ベアトリス様、アーデルハイト様、カタリーナ様が仰って下さって気が付けたのです。それにベアトリス様に診て頂いた後だからこそ、ディート先生にきちんと見て頂こうと思えましたもの。ベアトリス様の事を信頼しておりますから」
一生懸命伝えようと必死になりながらの私の言葉に、ベアトリス様も表情を緩められた。
「……ありがとうございます、エルザ様」
ベアトリス様に続き、アーデルハイト様も口を開いた。
「エルザ様、わたくしなどに勿体ない事でございます。ただ……これは本当に気になったのですけれど……眼差しが……――――」
それ以上は言うに言えないのか、アーデルハイト様は重々しく表情を歪め沈黙してしまわれた。
「……エルザ様。わたくしがアーデルハイト様に代わって申し上げますわ。フリードリヒ殿下やエドヴァルド様をはじめとされる昔から親しい男性の方々とは……二人きりになられない方が良いかと。もしくは、親しい男性の方々が複数とエルザ様しかおられないような状況も避けて下さいませ」
リーナが厳しい表情で真剣に私を見詰めながらの言葉に、私は理解が追い付かない。
「……あの、どういうことですの……? 私から避けていたのは理解致しました。ですからこれからはいつも通りにと思っておりましたわ……二人きりにならない様に、というのは分かります。私は将来の皇妃ですもの。極力男性と二人きりになるのは避けねばならない。ですけれど複数の方がいらっしゃっても避けるようにというのは何故でしょうか……?」
私の言葉に、リーナもベアトリス様もアーデルハイト様も顔をしばし見合わせ視線だけで会話なさったらしく、同時に肯いて私をしっかりと見つめる。
「エルザ様、何がどうなるか分からないとわたくし達は考えました。最悪の事態さえあり得る。そう想起せざる負えない視線を皆様がエルザ様に向けていらっしゃるのです……理由はまったく分かりませんが……」
代表してリーナが真摯な眼差して告げる言葉に、私の思考回路は見事にパンクして矯正終了してしまった。
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