第15話
夜にルディアスとの間にあった事は言えない。
言ってはいけない気がする。
口にした瞬間、何か致命的な罠にかかりそうな、不思議な悪寒がするのだ。
理由も何もない様な感覚だけのモノ。
それでもきっと私の場合、何よりその感覚が大事だと思った。
彼女たちの言葉から、ルディアスが公務で学校を離れている訳ではなく、失踪だというのはアーデルハイト様もベアトリス様もご存じなのだろう。
お祖母様も私の側近としてはユーディ様よりお二方を押しておられた気がする。
ならばもしかしたらユーディ様には、ルディアスの不在の正しい情報が伝わってはいないのかもしれない。
今度ユーディ様との会話には気を付けなければと息を吐いてから、ハタッと気が付いた。
ああ、そうか。
アーデルハイト様とベアトリス様が普通科の私と同じクラスなのは、婚約者との兼ね合いだけではないのだろう。
私は本当に色々ダメダメだと思いながら、ルディアスの事を思うと重い息が漏れるのを止められなかった。
それでもどうにか心を落ち着かせ、微笑みながら口に出来た、と思う。
「ルディアス殿下の件につきましては、申し訳ありません。わたくし一人の胸に納めさせて下さいませ」
言ってどこかすっきりした気がする。
これ位なら大丈夫、だと思うのだが……
ああ、こちらは私も気にしていた事。
遅ればせながら気づいてしまった事だ。
「――――……気になる事が多いあまり、どうやらフリードリヒ殿下を無意識に避けていた様なのです……その結果でしょうけれど、フリードリヒ殿下も私を避ける様になられたのだと思いますわ」
口にしてから落ち込んだ。
あの事件の後だというのに……!
ただでさえそうだった。
その上ルディアスまでもが突然いなくなったのだ。
フリードリヒの心を思うと、私は自分を殴りたくて仕方がない。
寄り添うと決めたはずだ。
何も出来ないかもしれないけれど、辛いときは寄りかかれるように。
だというのにこの体たらくは何だ!!!
いくら自分の前世の事で一杯一杯だったからといって、フリードリヒを蔑ろにして良い訳があるものか!
私の都合はフリードリヒには一切関係が無いではないか。
自分しか見えておらず、フリードリヒの状態もまったく分かってはいなかった。
……愛想をつかされるのも当然だ。
そう内心独り言ち、静かに目を閉じてしまった私に、リーナがしばらく沈黙してから心配そうに声をかけてきた。
「――――……エルザ様、お気づきですか? 殿下方が目の前にいらっしゃらなくとも、今までわたくし達の前でも両殿下の事をルディアス殿下、フリードリヒ殿下とエルザ様は決してお呼びにはなりませんでしたわ」
弾かれた様に私は目を開け、リーナを凝視する。
「……私……」
言葉が続かない。
沈黙するしかない私に、リーナは更に言葉を重ねる。
「これは申し上げるかどうか悩みましたけれど、エルザ様。どうか皆様不敬をお許しくださいませ……両殿下をエド様方の前でしたらルーやフリードと常にお呼びになられておられたでしょう、エルザ様は。それが最近は、ルディアス、フリードリヒ呼びになっておりますのよ……御自覚は……やはりなかったのですね……」
今度は一言も発せられなかった。
そうだ、思い返してみれば、最近はリーナの前でもルーをルディアスと、フリードをフリードリヒとしか言っていない気がする。
心の内でもそうだ。
……私は、いつから……
いつから二人を、言葉でも心でもルーやフリードと呼ばなくなってしまったのだろう……?
リーナは、私を案じながらまだ思うところがあるらしい。
「……エルザ様。ギルベルト様、フェルディナンド様、エドヴァルド様と最後に食事を共になさったのがいつか、憶えていらっしゃいますか……?」
愕然となった私に、リーナは痛ましい表情を向けながらまた口を開く。
「シュテファン様、ロタール様、ディルクと最後にお話しなさったのは……?」
……目を見開き、リーナを凝視する。
記憶が、記憶が定かではない。
そう、リーナやユーディ様がいらっしゃらない食事の時があったのは憶えている。
エドがその時にエリザベートの事を話していたのも。
……それ以降が、記憶にはない、気がする。
シューとロタール、ディルク達と最後に話したのは……
――――すべてが朧気だ。
そう気が付いてしまって、今までどうしてそれに気が付かなかったのかが分からず混乱が加速する。
いつから、いつから私は、ルーをルディアスと呼んでしまっていたの?
フリードをフリードリヒと?
エドヴァルド達と食事をする事も無くなった?
シュテファン達とは話しさえも……
何、何が起きているの……?
冷汗が止まらず体の芯から冷えて凍えそうで震えも止まらない。
――――私、一体どうしてしまったのだろう……?
答えの出ない問ばかりが渦巻き、私は震えながら凝固するしか出来なかった。
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