第149話

 殺伐とした空気から解放されたからだろうか、ハタッと気が付きルーに訊ねてみる。


「ねえ、ルー。私に何か用があったと思うのだけれど、何かな?」


 途端にルーの表情が露骨なまでに険しくなるので困惑しきり。


「……ええと、こんな夜中にわざわざ私の部屋に来たのだから、あの、何か用があったと思ったのだけれど……」


 どうしようもなく妖艶且つ物騒な雰囲気をまた纏いだし、炯々と真紅の滴る瞳を輝かせたルーにおっかなびっくりしながらどうにか言い終えた。


「――――そなたはアレか、墓穴を掘り抜き地雷を踏み砕くのが趣味か」


 大きな大きなため息を目一杯吐いてから、絶世の美貌にある真紅の瞳を座った眼差しで告げるルーに首を傾げていると


「……ああ、うむ……――――そうだな」


 仕様が無いなとでも言うように苦笑したルーの掌に、大輪のこれまで見たどの花より綺麗な、綺麗すぎる青い薔薇がのっていた。


「私が創った薔薇だ」


 そう言いながら、私の手のひらにのせてくれる。


「語呂力が無いから上手く言えないけれど、今まで見た事が無いくらい綺麗だね……」


 うん、本当に、青色の加減も、花弁の形と全体の花の形を総合して、破格の美しさだと思うのだ。

 その上私の好みのど真ん中を射抜かれているからだろう、とても心が惹かれてしまう。


「いつかは渡そうと思っていたのだがな……」


 思わず零れ出たといった様子で呟いたルーは、典雅としか言えない所作で青い薔薇を私の髪に挿してくれた。


「ありがとう! ……茎が無いのに落ちないね」


 飛び跳ねたくなるほど嬉しかったけれど、どこか気恥ずかしくてお礼を言いつつ鏡の前まで移動してみたのだが、青い薔薇は全く落ちる様子が無くて驚いてしまう。


「ああ、好きな所に置けるように創った故」


 ルーがどうも私を熱心に見詰めているなぁと思っていると


「やはりエルザには薔薇が似合うな。どの薔薇でもすこぶる見ごたえがあろうが、青い薔薇はまた格別よな」


 感嘆のため息と共にルーが言うものだから、改めて鏡で自分の姿を見てみた。



 大きな綺麗すぎる青い薔薇が、下ろした長い金の髪の左耳上に飾られている。

 自分の今の衣装が、白のレースをこれでもかとふんだんに使ったネグリジェだからだろうか……?

 不思議と純白のウエディングドレスの様にも見えなくもない、気がする。



 ……何だか上手く言えないけれど、こう、頬が熱を持ってしまって兎に角今にも逃げ出したい心境に、純粋に理解が及ばず困惑中。


「慣れは、新鮮味の無さは、存在を曇らせる。終わりへ誘う。だかな、不思議とエルザには慣れぬ。いつでも新鮮で、目も心も奪われる、震わせる……だが……――――エルザが何も変わらずとも、飽くという事は永遠に無いという確信がある方が問題であろうな……」


 皮肉気に表情を歪めたルーは、ため息と共に言葉を言い終わると、私を恐ろしく真剣且つ熱心に見詰めだした。


「エルザ、結婚してくれ」


 しばし完全に停止して固まっていた頭はようやく微妙に起動したけれど、混乱は絶好調のままだった。


「――――……どうして……その結論に達したの……?」


 どうにか絞り出して出てきた言葉はそれだった。


「私では嫌か」


 酷く熱を感じるルーの真紅と黄金の瞳も鮮やかな眼差しに、訳が分からず混乱は更に進行するし困惑も意気軒高。


「――――……嫌とか、そういう問題ではなくてですね、どうしてそうなったのかと……」


 どうにか思考を回転させるが明らかに出力不足。


「そなたとどうすれば共に永久に居られるか考えた。選択肢の一つとしては常に考えてはいた。だがこれはそなたを強引に縛る事だと思い告げるのを躊躇した。前回の反省を鑑み問答無用に縛り付けるのを出来得る限り抑制したのが最も大きいとはいえ、そなたは私から離れてしまう。手酷い手段で囲うのは先程諦めた。故に結論として結婚しかないと」


 いつになく真剣だからだろうか……?

 どうしようもなく妖艶な様子を垂れ流しつつ、それでも一方では無機質さが消えないのはとてもルディアスらしいなぁと、明後日に思考が反れて行くのが止められない。


「――――……ええと、離れるつもりはないけれど………ただ今は放っておけない人達がいて、色々混乱もしていて、だから――――」


 出来得る限り脳味噌を引っ掴んで思いを告げようとしたのだが、ルディアスは途中で私の言葉を遮ってしまう。


「もうよい」


 ザックリと切り捨てすっと体を翻し、私の顔を視ず唐突に消え去ってしまう。


「ルディアス、待って!」


 虚空に言葉が空しく響く。

 ルディアスは戻ってこない。



 呆然となる。

 そう、結婚が嫌な訳ではない。

 まったくこれっぽっちもそれはない。



 いつかはしなくてはならないし、それは家にとっても有用でなくてはならず、そういった観点からも彼との結婚は皇帝陛下の許可さえあれば問題はない訳で――――



 ってそうじゃない!

 彼が言いたかったのは絶対それじゃない!



 頭がぐるぐるしているし思考が纏まらない。

 思考は果てしなくとっ散らかって別の方向へと転がり落ちる。

 思いもかけない事を言われたからだとどうにか結論を出す。



 おそらくルディアスは誤解した。

 普通の状態ならば私の心も読めただろうが、きっと通常の精神状態ではなかったのだと思う。



 少し時間が欲しかったのだ。

 ルディアスの事だから真剣によく考えて結論を出したかったのだと思う。



 ――――だというのに……

 ああ、どうしたら……――――



『家族になると言ってくれたのだがな』


 ボソリとルーが去り際に呟いた言葉が不思議と心に反響する。

 何かが浮上してきそうな気がする。

 私には、とてもとても大切な言葉だった、はず……

 そうだ、確か――――



 突然、靄がかかる。

 何かが蘇ってきていたのを阻害してしまう。

 霧散する。

 大切な何かが有耶無耶になる。

 ……消えてしまう。

 溶けていく。

 ……誰かが嗤った、気がした――――



 ――――私は、今、何を考えていたのだろう……?

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