第139話
周りは暗闇で、私は何処かに墜ちて行く。
何故そうなっているのか訳も分からないし意味も分からず大混乱。
しばらくただただ墜ちて行って、ようやく分かったのは、私がおそらく転寝をして夢を見ているのだろうという事。
お祖母様との通信を終えたのかどうかも朧気で、話の途中だったのなら申し訳なくて、起きようと手足を動かし自分なりに必死に藻掻くが、効果は全くない事に心から落ち込んでしまう。
暴れる力も無くした時だった。
いつもの前世の夢だと高らかに宣言する様に、膜を貫いた瞬間光に包まれたのは……
「勇は曼珠沙華も似合うかな。真紅の大輪の薔薇と、厚物の大きな菊も似合うけれど」
あれは……入院する少し前、だろうか……
勇の部屋で、私の作ったメレンゲクッキーとヨーグルトケーキ、チョコレートムースを並べて、お茶をしていた時だろう。
手作りの紫蘇ジュースも持って行っていたはず。
「曼珠沙華……」
勇が眉根を寄せて渋い顔になっている。
「嫌だった……? 綺麗でこの世のものではない感じが特に勇みたいだなぁと思うのだけれど」
あの何とも言えない美しさというか、禍々しい妖艶さは勇に似合うし、花で例えたらぴったりだと思う。
思うけれど、勇が嫌ならもう言わないつもりだった。
「……彼岸花の事だろう?」
勇は何とも言えない表情で私を探る様に見詰める。
「うん。毒もあるよね」
誰そ彼時や、何も見えない暗闇に咲いていたら凄く勇だと思う。
一面に咲いているのが理想だ。
きっと良く似合う。
毒まであるところと不吉で危険などうしようもなく妖艶な様がピッタリだ。
勇が、何故探る様に私を穴が開くほど強い眼差しで見詰めているのかが分からないけれど……
「知っていて何故それを選択する」
勇は忌々し気に大きくため息を吐きながら、すこぶる不機嫌そうな表情。
「え? 不吉で危険で綺麗で、見ただけで引きずりこまれて戻れなくなりそうな感じ、プラス毒まであるのが凄く勇らしいなぁと……」
うん、考えれば考える程凄く勇だ。
何故勇がそこまで不機嫌そうなのかが分からず首を傾げる。
「……それで?」
勇は心底複雑そうな表情で私を見詰める。
しかもまた大きく重々しいため息を吐いてから。
「それでって?」
勇が何を訊きたいのかが察せられない自分が情けない。
けれど本当に分からないのだからオウム返しになってしまう。
「だから、瑠美は彼岸花、ああ曼珠沙華か? 好きなのか?」
やけに真剣な表情と声音の勇に瞳を瞬かせながら素直に答えた。
「勿論。綺麗だって言ったでしょう?」
曼殊沙華は本当に綺麗なのだ。
夕焼けで真っ赤に染まった群落は格別だろう。
禍々しささえ感じる程の見事さだ。
「不吉で毒があるのにか?」
勇はまだ表情も声音も酷く硬いままだ。
「不吉で毒があっても好きよ」
うん、勇みたいだと思ったら、嫌いになれる訳がない。
「……瑠美の髪に挿したら綺麗だろうな」
ポツリと勇が思わずという風に呟く。
「ありがとう!」
有毒でも構わない。
勇みたいだと思える花を髪に挿したらとても幸せで嬉しいのだ。
それを勇に言われたら余計に。
「嬉しそうだな」
どこか呆れたように勇が呟く。
「嬉しいもの」
好きな花を勇に髪に挿したら綺麗だと言われたのだ。
純粋に浮かれてしまっている。
「桜の枝と、真っ青な薔薇と、純白の牡丹も、瑠美に似合う」
勇が訥々と真面目に告げる。
「どれも大好きだから嬉しいな。ありがとう、勇!」
勇がどこか不安そうに目を伏せ、私から視線を初めて逸らした。
「瑠美」
強張った声音に戸惑ってしまう。
「何?」
勇の気持ちがまったく分からず困惑しきり。
「真紅の薔薇は、何故似合うと思った?」
本当は何が訊きたいのだろうと悩みながら、それでも正直に答えた。
「勇は赤が似合うなぁと純粋に思っているからかな。赤ければ紅い程、間違いなく似合うよ」
血が滴るくらいの赤が、きっとどうしようもなく似合うと思う。
不吉で禍々しく危険で妖艶なのが勇なのだから。
「大真面目に言ってのける瑠美に素直に感心する」
ようやく視線を私に合わせ、呆れたように苦笑する勇。
「え? 本当に勇に似合うと思っているし、私は大好きよ」
不吉で妖艶で、ついでに危険でも禍々しくても、この世の物ではなさそうでもこれっぽっちも関係ない。
それが勇に似ているのならば、私は心底大好きだから……
「――――……だから、瑠美は性質が悪い」
勇は片手で顔を覆うと、また心から憤っている様に大きくため息。
「私、何か勇が嫌な事を言った?」
不安になって訊いていた。
勇を傷つけるつもりは毛頭なかったのだ。
思わずいつも考えていた事を言葉にしてしまった事で、勇にとっては不愉快な事を言ってしまったのなら謝らなくては。
私はその一心だった。
「違う……――――ただ、怖くはないのか?」
顔を片手で覆いながら、声音が揺れて不安そうな勇に困惑する。
「勇を怖いと思った事は今まで一度もないよ。あ、私が嫌になったら言ってね。ちゃんとすぐいなくなるから」
迷惑を掛けるつもりは一切無かったのだ。
勇が私を目障りだったり嫌ならばいなくなろうと素直に思っていた。
「――――……何故そうなる」
勇は片手で顔を覆いながら心底呆れたように呟いた。
「勇は人に纏わりつかれるの、嫌いでしょう?」
纏わりつく人を全力で嫌悪していたのは知っている。
私をダシにして自分に近づく人にも。
「……――――瑠美を嫌だと思った事はただの一度も無い」
顔を覆いながらだけれど張り詰めた糸のように真剣に、思わず零れ出たように答える勇。
「そうなの? ありがとう! 良かった……でも嫌になったら言ってね。私は色々鈍いから、 きっと勇が思っていても全然察せられなくて、はっきり言われないと分からない可能性が高いから」
勇に嫌がられたい訳では決してないのだ。
悲しいけれど、心が引き裂かれるようでどうにかなりそうだけれど、勇が嫌ならもう近づいたりしないし即座に目の前からいなくなる。
そうとっくの昔に決めていた。
「何故瑠美はそうなんだ」
漏れ出た様な勇の言葉は絶対零度に凍っていた。
「勇……?」
理由がまったく分からず思わず名を呼んだのだが……
「瑠美。私は、もし瑠美と離ればなれになったとしたら、例え血河を創ろうと屍の山を築こうと、必ず見つける。探し出す。どんなに瑠美が変わっていたとしても。約束だ」
手を顔から離し、今まで見た事のない静かで透明な表情で告げながら、私の小指に自らの指を絡める勇に訳が分からないながら、思わず肯いていた。
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