第140話

 突然、暗闇に包まれ堕ちて行く。

 先程の光景が泡沫さながらで、手放したくないと手を伸ばす。



 ふと、脳裏一面に青い薔薇のイメージが占める。

 すると、急激に意識が浮上していくようなイメージを感じた。



 あれ? リーナが持ってきてくれた青い薔薇。

 青い薔薇って確か帝宮か我が家にしかなかったはず……



 もしかしてお父様かルーかフリードが取り寄せてくれたのかな……?



 後でちゃんとお礼を言わないと……

 学校にいる皆にも行ったら言おう!



 そう思いながら浮上していく意識の中で、何故かとある事が気になった。



 愛、って、何なのだろう?

 私は前世、家族に愛されていたと思っていた。

 けれど、今考えるとそれは違うと思う。

 前世で私を愛してくれていたのは、勇と伯父と叔父、舞ちゃん?



 分からない。

 分からないけれど、勇はいつも私が悲しい時にただ側に寄り添ってくれていた。

 勇は頭が良かったけれど、格別饒舌ではなかったと思う。

 ただ側に居てくれたのだ。

 何か言う事もあったけれど、大抵は静かに隣に居てくれていた。

 まるでルディアスみたいだと思って、ちょっと息を吐く。



 ――――その瞬間、誰かが後ろに居る様な、気がした。



 耳元で、息がかかりそうな近くで、誰かが囁く。


「マルガレーテが力を喪ったのは、彼女の所為じゃ、ないんだなあ」


 思わず後ろを振り返りそうになるけれど、身体が動かず声も出せない。


「何でだと思う?」


 悪意に濡れた、愉しそうな嗤い声がする。


「アイツのせい。彼女の兄の!」


 それは、どこか奈落の秘密を告げるよう。


「彼女はなーーんにも知らない。当然さ。アイツが秘密にしたからね」


 お祖母様の兄……?

 ――――それは、皇帝陛下だ。

 陛下が何を……


「でも、この”世界”の”管理者”達は騙せない」


 ”世界”の”管理者”とは、確かこの”世界”の”神々”だったはず。


「”ここの管理者”は頭が固くて規則が大事。妥当な結果だよ」


 、という事は、”別の世界”の”神”、”管理者”は違う性格だという場合もあるという事なのだろうか……?


「ああ、本当に楽しみだ! 君が、底の底の底の全てを知っても、誰も憎んだりしないのか!? 」


 どす黒い愉悦を滲ませながらそこで言葉を切り、滴る悪意を隠しもしない声がした。


「みーんなを、赦すのかが!!」


 笑い声が谺する。

 濡れた悪意が牙を鳴らす。



 まるで、堕ちてくるのが愉しみだと言いたげに、底無しの冥さで、速く早く溺れろと睦言を囁く様に、いつまでも消えずに汚染された澱みさながら響き続けた。




 ――――寒気がする。

 此処は寒い。

 凍えてしまう。



 浮上しているはずなのに、奈落の底に堕ちて行く感覚。



 早く温まらないと引きずり込まれてしまうのに、此処には何も無い。



 必死に探す。



 私にとっての温もり。

 大切なモノ。

 そこにあるだけで、側に居られるだけで、心が温かくなる存在。



 それは何だったろうかと考えた時、何かが浮かんできて、それに縋る様に摑まった瞬間、意識が覚醒する。





「エルザ? 目が覚めたのか?」


 優しい声に目をパチパチとさせると、目の前には華麗な絶世の美貌の主。


「フリード?」


 名前を呼んだらホッとした表情になる彼に首を傾げる。


「ええと、フリードが何故此処に?」


 回らない頭でぼんやりと言うと、呆れたようにため息を誰かが吐いた。


「エルザ、寝ぼけてるでしょ。今日は皆で花見だって約束だったはずだけど」


 この声と口調で直ぐに頭が回転しだす。


「エド?」


 思わず声の主を探すと、思ったより近くから顔を覗き込まれていた。


「はいはい、そのエドですよ。って、本当にぐっすり寝てたね。起こさない方が良かった?」


 意地悪な口調と声音プラス表情で言われたけれど、慌てて首を振る。


「起こしてくれて助かったわ。ありがとう」


 エドはまたため息を吐いて私を見る。


「まあ、魘されていたからね。それに気が付かれたのがルディアス殿下。エルザを直接起こされたのがフリードリヒ殿下。お礼を言うのは両殿下にだよ」


 エドに言われて大慌ててルーを探したのだが、近くに居なくて困惑する。

 いつもなら、こういう時にはすぐ近くに居るはずなのだが……


「ルディアスならばあそこだ」


 フリードが顎で示した、かなり離れた桜の木の陰に居たらしいルーを見付け、駆け寄った。



「ルー? あの、ありがとう。気が付いてくれて本当に助かったわ」


 近づいても私を見もしないルーに不安になったけれど、とにかくお礼をと言葉にした。


「…………」


 しばらく沈黙をしてから、私を一瞥もせずに離れてしまうルーに戸惑う事しか出来ない。

 私、何かルーにしてしまったのだろうか……?



 訳が分からず途方に暮れていると、肩に手を置かれて意識がそちらに戻ってきた。


「エルザ、気にするな、と言っても無理であろうが、ルディアスはここの所あの調子だ。私も訳が分からぬ故、対処のしようがないのだ。すまぬ」


 フリードが肩を落としながらの言葉に、慌ててフリードに告げた。


「フリードの所為じゃないと思うし、あの、大丈夫。フリードが謝る必要は無いからね。それから起こしてくれてありがとう。本当に助かったから」


 遅ればせながら、フリードに微笑んでお礼を言う。


「大丈夫か? あまり良い夢見ではなかったようだが」


 心配そうなフリードには申し訳ないけれど苦笑でごまかし、キョロキョロと当たりを見回した。



「皆、心配をかけてごめんなさい。もう大丈夫だから。色々ありがとう! あの、一杯作ったから食べてくれると嬉しいです」


 フリード、ギル、エド、イザーク、フェル、アンド、リーナ、ユーディ、シュー、ディル、ロタール、カーラにアイク、ハンバート、それからルー。

 いつものメンバープラスハンバートがそろっている事が嬉しくて、顔を見るのも久しぶりで、声が上ずってしまう事に呆れながら満面の笑顔で皆に告げた。

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