第125話
頭の中は、積載超過で沈んで溺れそうな船さながらだ。
どうにか積み荷を整理して軽くしないとどうにもいけないと、半ば義務感から消化に努める。
そうして消化作業中に、アギロの話の中での事だったけれど、ふと不安になった事が脳裏を過った。
ディート先生は、幻獣の仕事や役目を知っているのだろうか……?
またアギロに訊く勇気のない私は、ディート先生に向けてどうにか声を絞り出す。
「――――あの、もし、もしもですけれど、元々この世界に存在していたのに、不要になるという事もあるのですか……?」
例えば、ゲームに関わったりしたらルーやフリード達はどうなってしまうのだろう……?
そして”月華のラビリンス”という乙女ゲームでの攻略対象者や、殺されてしまうお父様は……?
心から不安になるのは、私と関わってしまった所為で運命が変わってしまったりはしないのか……?
運命を変える事でお父様の場合はより最悪な展開になりはしないのだろうか……?
ディート先生はちょっと目を瞬かせた後、当たり前の様子で
「そりゃあるだろ。通常の細胞だって癌細胞になったりアレルギーおこしたりする。幻獣は免疫だからな、がん細胞になったら駆除だわな。アレルギーの原因やら何やらは世界にとって不要な要因だから薬や外科手術的にやっぱり幻獣の出番」
言葉を聞いて、より一層不安になる。
ゲーム通りの”世界”であるのなら、その通りに動かない者が排除されてしまうという事は無いのだろうか……?
そう、”世界”が、あまりにもゲーム展開と変わる様な事が起こった時、その原因になる者や思う通りに動かない者を要らないと、そう判断する事は……?
けれどこの”世界”の全てがすべて”月華のラビリンス”というゲーム通りの訳でもない。
だからどうなるかは分からない……
ああ、けれど今は明日の花見のレシピを考えないと。
ディート先生を待たせているのだから、早くしなくては……
そう思い、どうにか息を吐いて考えを纏める事に努めた。
ディート先生に必要な物を送り終わり、先生の入れてくれた紅茶にお父様が持ってきて下さった薔薇ジャムを飲んでホッとする。
お風呂は明るい内にお入りくださいと言われているから、花見に持っていく物を作り終わってから入ったら良いかなと思案中。
先生の話では、直ぐに必要な物はそろえてもらえる様に要請したらしく、朝早くに全て持ってきて下さるとの事で、本当にありがたい。
お礼も言えたけれど、持ってきて下さった時も言おうと決意し、本日は疲労困憊の脳味噌を労わるために難しい事は考えず就寝しようかなぁ……
「エルザ、眠るまで手を握ってようか?」
先生に疲れたろうから横になっている様にと言われて、申し訳ないけれどベッドに身体を横たえながら瞳を瞬かせる。
「……あの、大丈夫です。ただ……」
私が横になっているベッドの横の椅子に腰かけつつ、ディート先生は私を愉し気に見詰める。
「ただ?」
私は今日の先生は何だかいつもより笑顔だけれど、笑顔が怖い気がすると思いつつ
「何かお話が聞きたいです」
ディート先生は私の言葉に面喰ったらしく目を瞬かせてしまっている。
「――――さっきも話してたと思ったが」
ちょっと今日は疲れすぎてしまったのだ。
アギロの話もディート先生の話も私には重すぎた。
だから、さざめいている心をどうにか鎮めたい。
ディート先生と一緒に居るのは、本当に心がザワザワと落ち着かない時でもホッとするのだ。
手を握っていてくれるという言葉を聞いて、少しだけわがままを言ってみようかとなけなしの勇気を絞り出す。
「でも、眠るまで先生の声が聴きたいです」
聴いていたらきっと悪い夢を見ずに寝れそうだとも思うのだけれど……
「仕様がないな。じゃ、何話すか……」
ディート先生は私の頭を撫でながら苦笑しつつ足を組みなおし、何やら考え込んでいらっしゃる。
「なあ、エルザ。エルザは、自分が産まれてきちゃいけなかったとか思ってるか?」
ズバリと私の核心を抉る様な言葉に、知らずに身体がびくりと震える。
ずっと、ずっと長い間思っている。
前世からずっと。
私が産まれなければ、前世の両親も違う道があったのかもしれない。
そうすれば、前世の叔父や従姉妹も、両親の祖父母や家族も、異なる未来をたどったのかもしれない。
この世界での母も、私の様な異物を産まなければ、もっと長生きしたのかもしれない。
アギロとディート先生の話を聴いて、余計にそう思うのだ。
私の様な外れた存在が家族に産まれなければ……と。
可能性に過ぎなくても、脳内を常に占めている事柄は、アギロやディート先生の話で更に強固に範囲を広げ、最早私は息も出来ずに沈みそうだ。
「俺は自分が化け物だと知っている。だが、産まれてきてはいけない命は無いとも思っている。産まれてきただけでも奇跡だ。産まれた後で産まれたくなかったと思うのも、死にたいと願うのも自由だしな。結局、産まれた後で何を感じるか、何を成すかじゃねえか?」
思わずディート先生の顔を必死に見詰めてしまった。
ぎゅっと握った手は、血が出そうなほど。
「そりゃな、幻獣やらこの世界の神々にしてみたら、存在するだけで害悪だっていうのがいるのも分かる。分かるけどな、だからってそいつの可能性全てを無かった事にはしたくないだろ。出来るなら丸く何とかならないかって思うが、それを見付けるのが難しいんだろうなあ」
ディート先生が本当に温かく優しい眼差しで見詰めてくれるものだから、涙が思わずポロリと零れ落ちた。
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