第107話
「何故、私なのでしょう?」
疑問が思わず口から漏れていた。
本当に不思議で分からない。
「そりゃお前が同類だからだろ」
ディート先生の言葉に頭の中が疑問符に占領される。
思考回路は大混乱中。
「……同類、です、か……?」
ディート先生はさも当然と言う風に私を見ながら
「ルディアスにもフリードリヒにもそう認識されてんだろ。俺もそう思ってるけどな」
ますます訳が分からず途方に暮れる。
しかし今日は途方に暮れてばかりだなぁと思考が明後日の方に逃亡しだした。
「エルザ、なんか凄い一杯一杯だな。もう限界だろ。ちょっと寝た方が良い。ほれ寝た、寝た。睡眠で脳味噌整理だ。起きたらまた話してやるから。疑問にも出来得る限り答えるし。色々ルディアスに思う所もあるだろ。俺で分かる事は説明するから」
そう言いながら頭を撫でてくれるディート先生の手のひらが気持ちが良い。
伝わる気遣いと優しさに、ホッと漸く真面に息が吐けた気がした。
ディート先生は私が眠るまで居てくれるらしく、心から安堵しながら眠りについた。
もう大丈夫だと思ったからか、脳みそが色々もう限界だったからなのか、それともその両方かは定かではないが、瞼を下ろしたらあっという間に眠りに墜ちて行った。
深く深く墜ちて行く。
真っ暗な闇の中をただただ墜ちて墜ちて行く。
このまま墜ちて行ったらどこまで堕ちるのだろうとぼんやり思っていたら、突然の光に包まれた。
飛び込んできた映像を見て目を丸くする。
あれは確か私が前世で入院して結構経ってからの病室だ。
私は秋晴れな上丁度体調が良かったのも手伝って、良い事を思いついたと楽しそうに勇を見ながら
「勇は、黒で金色に輝く大きくて厚い菊が似合うよ」
勇はベッドの隣に座りつつ呆れたように私を見詰めて
「なんだそれ」
私は思いついた事が本当にぴったりだと心が弾みながら
「うん、勇の髪は光も反射しないくらい真っ暗だもの。だから、黒い菊。牡丹とか彼岸花、薔薇でも良いけれど」
興味がこれっぽっちもなさそうにため息を吐く勇。
「金色は?」
私は何のてらいもなく言葉を続ける。
「えっとね、勇の瞳がね、時々金色というか、黄金色? に見えるから」
勇は表情を真剣なものに変えて私を見詰める。
「――――それで?」
私は勇が言いたいことが分からず首を傾げた。
「それで、って、何?」
重い溜息を吐いてから勇は心底呆れかえったように私を見詰め
「……金色に光る目を見て、何かないのか?」
私はますます勇の言わんとする事が理解の範疇外で、キョトンと問い返した。
「どうして?」
勇も訳が分からないというようにまたため息を吐いてから
「……どうして、って……――――瑠美に嫌われるには、どうしたらいいんだろうな?」
これは理解できると私は真剣に答えていた。
「私は何があっても勇を嫌ったりしないよ」
ぼそりと、勇は恐々と零れ落ちたように言葉を紡いだ。
「……本当に……?」
私は勇が何を恐れてるのかが分からず途方に暮れ、思わず名を呼んだのだ。
「……勇?」
その場面が終わった直後、また私の視界は暗転した。
再び何処かに墜ちて行く。
走馬灯の様に何かが過っては消えていくけれど、それが何かは分からない。
どれくらい通り過ぎただろうか?
突然また光に視界が包まれる。
広がっていたのはこれまた前世の病室で、しかも死ぬ当日だった。
その数日前からあれ程悪かった体調がすこぶる良くて、個室だったけれど体中の管が取り除かれているから気持ちが楽だったのだ。
だから、伝えようと思った。
運よく勇と二人っきりになった時に。
「私が死んだら、私の事は忘れてね」
そう言ったのだ。
今の世界でも寝る前にもこれを思ったけれど、やはり私は思考が前世と変わらない。
遺してく人には幸せになって欲しい。
だから、それに私との記憶が邪魔であるのならば、私を忘れて欲しかった。
「……唐突にどうした?」
勇は怪訝な顔をしながら、ベッドのそばの椅子に座りながら私を真剣に見詰める。
「唐突じゃないよ。ずっと考えていたの。勇は、私が死んだら、悲しい……?」
呆れた顔をした勇は私を見詰めながら
「何故、それを訊く?」
私は考えながら言葉を紡ぐ。
「何となく……? 私は勇が死んだら悲しい。とてもとても悲しい。上手く言えないけれど、心が張り裂けてどうにかなってしまうと思う。それでね、勇も私が死んだらそうなったら嫌だなぁって。勇には幸せになって欲しいの。勇が大切でたまらないから、勇が幸せなら良いなぁと。だから、それが私が死ぬ事で阻害されたら……と考えた結果、私を忘れるのが一番かなと」
肯きながら私が言い終えたら、大きなため息を吐いた勇は私を愉しげに見詰めると
「なら、瑠美が死んだら、黒い薔薇を贈ろう。九百九十九本の、漆黒の薔薇を」
博識の勇と違ってどういう意味かが分からず首を傾げながら
「……えっと、何故?」
勇は悪戯っぽい表情をしつつ私を見詰め
「瑠美が忘れろというからな。その答えだ」
そう言われても分からず途方に暮れる。
なにせ調べようにも本が無い。
「……あの、何か薔薇の色と本数に意味があるのは分かったけれど、教えてはくれなさそうよね……」
色々諦めた私を心底楽しそうに見詰める勇。
「当然だ」
その表情が張り付いて離れない。
殺された時も、浮かんでいたのは最後に見た勇の楽しそうな顔だった。
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