第104話

 つまり、ルーと弟さんを身籠った女性は、二人を産んだら自分が死んでしまって、夫であるルー達の父親と一緒にいられないのが嫌だから、ルー達兄弟を産みたくなかったと、そういう事だろうか……?



 話は理解できたと思う。

 思うが、私は混乱した。



 どうしたらそういう思考になるのかが私には全く分からない。

 愛した人との間に出来た子供を殺す?

 しかも愛した人と一緒にいたいから?



 自分が死ぬと分かっていたのなら、子供を遺したいと思うのはおかしいのだろうか……?

 愛する人を残して死ぬのなら、その人との子なら、余計に遺したいと思うものではないのか?



 だって遺してしまう人を一人にしてしまうかもしれないのだ。

 ならばせめて何かをその人に遺したいと思うのは、身勝手なエゴなのだろうか……?



 ――――ああ、でも、死ぬのだから遺していく人に負担はかけたくないというのならば分かる。

 子供を遺しているのは相手にとっての負担になり得ると思うから。



 遺していく大切な人には幸せになって欲しい。

 だから自分の事は忘れて欲しいと、私なら思う。



 思うから、うん。

 子供は遺さないなぁと新たに結論付けたはいいが、ルーのお母さんの考えがまるで謎だ。



 私には理解の範疇外。

 自分のエゴで子供を殺す意図が分からない。

 だって自分の子供とはいえ別の人間だ。

 身勝手に命を弄んでいい理由にはなり得ない。

 


 子供をそもそも身籠らない様に私ならするだろうし、身籠ったのなら隠れて産む。



 だから分からない。

 分からな過ぎてパニック状態。



 ただ、何となく感じる事が出来たのは、もしかしたらルー達兄弟を産んだ女性は、子供に嫉妬したのかもしれないという事だ。

 もし産んでしまったのなら、自分は一緒にいられない。

 けれど子供達は愛する人とずっと一緒にいられる。

 その事が許せなかったのではないだろうか?



 それとも純粋に、愛する人と生きるためには邪魔な腹の子供達を一刻も早く排除しようとした……?



 ルーの話を聞いていて気になってしまったのは、アルブ殿下は、奥さんではない人が好きだったという事。

 アルブ殿下の正室のはずだよね、ルー達兄弟を身籠った人は。

 それとも違うのだろうか?

 愛しているという人が正室?



 母親である事しか分からないから余計に気になる。



 ルーを産んだ人は、自分が愛されていなかったから、だから子供を遺したくなかったのだろうか……?



 だが、ルー達の父親であるアルブ殿下は、ルーをとても大切に思っているのが視線や動作から滲み出ていた、と思う。

 だから子供であるルーを愛しているのだろうと思ってきた。



 愛した人の子供ではなくても、きちんをアルブ殿下はルーを思っている。

 それは母親である彼女も分かっていたのではないだろうか……?

 そう、子供を産んだらその子供を愛してくれると。



 けれど、ルー達兄弟を身籠った女性にとっては、それこそが許せなかったのだろうか……?



 本当に分からな過ぎてどうして良いか分からない。

 思考の迷路をグルグルとしてしまっている。



「私を産んだ女は魔力無しだった。男爵家の娘だったが魔力無し故に父の正妻に抜擢されたのだ。あの女にとってはそれこそが奇跡だったのだろう。本来ならば叶わぬ相手だ。それが叶ったのだからな。故にその立場に、父の傍らに正式に立てる権利に必死にしがみついたのだ」



 続けられたルーの言葉を噛み締める。



 ……奇跡。

 決して叶わないと諦めていた振りをして、けれど心の奥底では絶対に諦めきれなかった、たった一つの望み。



 ――――ああ……それが叶ってしまったのだとしたら、それ以外は見えなくなってしまったのかもしれない。

 それさえあれば後はもう全てを捨ててしまったのだろう。



 側にいたい。

 ただ彼の側に立っていても誰にも何も言われない権利。

 愛されなくても、構わないから。



 それだけで、ルーのお母さんは狂ってしまったのかもしれない。

 喪わない為なら手段なんて択ばなかったのだ。



 邪魔をするなら容赦せず排除しようとしてしまったのだろう。

 例えそれが愛した人との子供でも……



 ……何が正しかったのだろう……?



 私の前世の母の様に、産むだけ産んで後悔して、その産んだ子供に当たり散らすのが正しいとはどうしても思えない。

 それは身勝手が過ぎると思う。

 子供の事を所有物としか思っていなくて、人格を無視した行為だとも思えるのだ。



 けれどルーのお母さんが正しかったとも言えない気はする。

 結局は自分の願いを押し通して、その為に自分の子供という他人を犠牲にしようとした。



 どちらにしろ、自分のエゴに他人を巻き込んだことには変わりがない。

 ――――けれど、それ程の思いや願いを、私は抱いた事があっただろうか?



 私は、自分の全てをかけて願う程の事を何か思った事があっただろうか……?



 私が色々と思ったところで、結局はそれも私の個人的な意見に過ぎない。

 当事者ではないのだ。



 社会常識的に間違っているから、という理由で全て片付けて良いとは思ってはいない。

 人それぞれ大切な物や価値や基準は様々だ。



 だから頭ごなしに間違っているとそれを押し付けるのも違う気がする。



 結局のところ、私はルーのお母さんや前世の母の様に、自らの全てを何かの願いに込めた事が無いのだ。

 だからその激情も、思いの深さも、執着も、妄執さえ感じた事が無いのだろう。



 いつか、私は自らの身勝手な願いの為に全てをかける事があるのだろうか……?

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