第75話
三十分が過ぎ、医務官の先生から部屋に戻る許可が下りたのだが、ちょっと一悶着があった。
簡単に言えば、私を誰が運ぶかで揉めたのだ。
ルーは自分が運ぶときかないし、フリードも控えめに自分がと言うし、ヨハネ教官はというと頭を抱えていた。
私が思ったのは、もう治療も終わったのだし、自分で歩いて戻ってはいけないのかという事だったのだが、医務官の先生曰く、長い距離を治療後直ぐに歩くのはちょっと問題であるらしい。
それならば仕方がないと諦めた次第だ。
ただ、私が自分で歩いて戻るのを諦めた事で、二人の争いが明らかに激化したらしいのが謎ではある。
溜め息を吐いたヨハネ教官が、おもむろに私を見ながら真面目な顔で
「エルザ、誰に部屋まで運んで欲しい?」
突然聞かれ、瞳を瞬かせながら答える。
「それでしたら、ここまで運んで下さったのはヨハネ教官ですし、私は、帰りも迷惑でないのでしたらヨハネ教官でお願いしたいです」
うん、単純な話だ。
やっぱりルーもフリードも図書室に行く予定だったのだから、連れて来てもらったヨハネ教官で良いと思うのである。
教官には迷惑かなぁと心配になる。
朝早くから起こしてしまった上に、医務室に私を運ぶという面倒事に巻き込んでいるのだから。
だが医務室までわざわざ来てくれた、ルーとフリードをこれ以上巻き込むのもどうかと思うのだ。
二人の負担には、これ以上はなりたくはない。
「そうか。なら行くぞ。それでよろしいですね」
そう言うが早いかさっさと私を抱き上げ、医務室を出ようとするヨハネ教官。
「また何かありましたら、遠慮なくいらして下さい」
医務官の先生の言葉に肯いたのだが、気になったのはルーとフリードだ。
先程から突然沈黙し、どうも硬直しているらしいのだが、一体どうしたのだろう……?
心配から凝視してしまったが、まだ凍り付いているかの様に固まっているままだ。
「世話になった。また何かあったら頼む」
ルーとフリードの心配をしている内に、ヨハネ教官はそそくさと医務室を後にしてしまう。
「あ、あの、ヨハネ教官。ルディ様とフリード様、大丈夫でしょうか……? 一体どうしたのでしょう……?」
ヨハネ教官は私の問いに苦笑しつつ
「まあ、大丈夫だろう。ほら、来たぞ」
その言葉が聞こえたら、ドアを乱暴ではないけれど高速で開けて閉める音と共に、複数の人間が近付いてくる気配がする。
後ろを何とか見てみると、近付いて来たのはルーとフリードの二人だった。
「どうしたの? もう大丈夫なの?」
どうして付いて来たのかが分からず思わず訊ねてしまったし、何故停止していたのかも分からず心配する。
「寮の前まで共に行く。もう問題は無い」
ルーがさも当然と言った様子で答えるのに、目を見開く。
「そう? なら良いけれど……あの、私なら大丈夫よ? ヨハネ教官もいらっしゃるし……」
私が二人を心配して言った言葉に
「我々が付いて行くのは迷惑だろうか……?」
不安そうなフリードに、また目を瞬かせる。
「それはないわ。でも、一緒に来たら、もしかしたらって事もあるかもしれないし……」
そう、女子寮に近付いたら、彼女とかち合ってしまう可能性があるのだ。
だから二人を、特にフリードを案じてしまう。
「まだ早い時間だ。問題は無い」
きっぱりとルーが言う言葉に、フリードもしっかりと肯いた。
「そう……? ありがとう」
一緒に居てくれる事が嬉しくてお礼を言ったら、ルーが苦笑した。
「我々の我が儘故、エルザが礼を言う必要はない。嬉しいがな。必ず毎日エルザに会える訳ではないのだ。故に、少しでも共にいられたらと思っての行動だ」
フリードも真面目な顔で肯き
「そうだな。有り体に言えば、エゴで間違いないだろう。エルザが嫌でなければ良いのだが……」
私は思わず微笑んだ。
「迷惑じゃないわよ? 嬉しいだけだもの。私も一緒に居られるのは嬉しいだけだから、我が儘やエゴじゃないと思う」
私の言葉を聞いて、ルーもフリードも嬉しそうにしている様で、ホッとする。
どちらも一緒に居たいと言うのならば、それは我が儘ではないと思うのだが、どうなのだろう……?
ヨハネ教官は、私達の会話を苦笑しつつ口を挟むわけでもなく静観の構えらしい。
そういえば、ヨハネ教官とルーとフリードの仲ってどうなっているのだろう?
仲が良いと嬉しいのだが……
そんな事を考えていたら、寮と校舎の間の入り口に到着する。
先ず驚いたのは、ブランシェ達侍女が待っていた事だろうか。
ルーとフリードの二人は寮の入り口まで一緒に来てくれていたが、それ以上は流石に許可されなかった様だ。
忌々しそうなルーの表情と、無念そうなフリードの表情が不思議と目に入り、首を傾げるしかなかった。
「ご苦労。エルザ、部屋まで運ぶ。先程許可は得た。まだ人は居ない時間だ。そうそう目立たないはずだが、一応、エルザの体調がまた少し崩れて治療を受けた事は皆に知らせておこう。これで大丈夫だろう」
そう侍女達に言いながら歩みを進め、私の部屋まで運んで下さったヨハネ教官に感謝しかない。
きちんとお礼を言ったのだが、教官は手を軽く上げて颯爽と帰って行ってしまった。
何かお礼が出来たらいいのだが……
教官、甘い物とか好きだろうか……?
色々ごちゃごちゃと脳裏を過り、考えてしまうのを止められなかった。
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