第74話

 治療が終わり、医務官の先生に三十分位ベッドで大人しくしている様に言われたので、ヨハネ教官に運んでもらい、診察台からベッドへと移動した。

 ヨハネ教官が医務官の先生や看護師さんにちょっと席を外してくれる様に頼んだので、カーテンで仕切られた私のベッドの周囲にはルーとフリードしかいない。

 実はヨハネ教官も近くで待機はしているそうだが、三人で話した方が良いと言われ、この状態だ。


「えっと、先程の話だけれど、お弁当、要りますか……?」


 私が口を開いたら、ルーとフリードは渋い顔になる。


「何故そうなった?」


 ルーが表情を凍らせた様にしながら訊いてくる。


「あの、レストランが自室とかの指定した場所でも料理を提供してくれる様になったと聞いたから、それなら私がお弁当を作るのは迷惑かなと思って……」


 ルーもフリードも表情が険しい気がする。

 ……私、何か二人にとって嫌な事を言ったのだろうか……?


「――――では、弁当を我々に作るの自体は嫌ではないのだな?」


 ルーの静かな確認に、首を傾げつつ肯く。


「それは勿論」


 フリードが、不安そうに訊いてきた。


「何故、迷惑だなどと思ったのだ……?」


 何故フリードが不安そうにしているのか分からず、瞳を瞬かせつつ、答えた。


「レストランの食事が自由に摂れるのなら、私の料理なんて要らないかなぁと思って……きちんと確認を取ってから作るって言えば良かったのに、私って駄目だね……」


 折角二人の力に成れるかなぁと思ったのに、やっぱり迷惑なだけだったと気落ちする。


「エルザ、私は例えエルザにとって迷惑だったとしても、エルザの作った物が食したい」


 唐突に意を決した様なルーの言葉に、目を白黒させるしか出来ない。


「ルー……? えっと、どういう事……?」


 ルーの言葉に反応したのは私だけでは無くて、


「ルディアス!? 何を言っている。エルザに迷惑を掛けるべきではないだろう?」


 ルーはフリードの言葉を聞いて、フンと鼻を鳴らし、


「馬鹿馬鹿しい。フリードリヒ、其方はエルザの作った物が要らぬと言うのか? エルザの迷惑であるのなら、諦めると?」


 フリードは、苦悩する様な表情になり、


「だが……私は……」


 ルーは呆れた様に


「時には自分に素直になるのも必要だと思うが? 私は、エルザの事で諦めるのはごめんだ」


 フリードは目を閉じてから、長い息を吐き


「――――そうだな……私も、エルザの作った物であれば、食べたいと思う」


 事態に付いて行けない私は、首を傾げてばかりだ。


「つまりはだ、我々は、エルザに何としても弁当を作ってもらわねばならないと、そういう事だ。理解したか、エルザ?」


 ルーが何故か意地悪っぽい表情で、これで決まりという様子。


「……ああ、エルザに作って欲しい。駄目だろうか……?」


 フリードは申し訳なさそうだが、引く気は一切なさそうな感じがする。


「……えっと、私が作るのは、嫌じゃないの? 負担だったり、迷惑だったりは、その、しないの……?」


 不安で言葉が溢れてくる。

 自分に自信が無い所為だろう。

 二人がどうしてそこまで私の作る物に拘るのかが分からない。


「せぬ。エルザの作る物でなければ意味が無い」


 ルーは苦笑しつつそう言うし、


「そうだな。エルザでなければ駄目だ」


 フリードも意を決した様にそう言うのだ。



 ――――喉に引っかかっていた小骨が、取れていく様な気がする。



 私は、二人が常に大変なのは知っていた。

 彼女が入学してから余計に色々積み重なっているのも、見たり伝え聞いたりで分かっていた。



 だから私は何か二人の力に成りたかったのだ。

 いつも能力や立場で過酷な二人に、何か出来れば良いなと思っているのに、私は無力で、出来る事を探していても何も無くて、それが常に悲しかった。

 だから少しでも力に成れる事が嬉しくて、お弁当を作るのは楽しみだったし、嬉しかったのだ。



 でも、私が作らなくても問題は無いのだと知って、結局力に成れない自分が情けなかった。

 私は結局の所、二人の力に成れず、無駄な事を思い付いて二人に負担を掛けるしか出来ないのだと思い至り、心底自分が役立たずだと思ったのだ。



 だが、二人が欲してくれるのなら、喜んでくれるのなら、純粋に、嬉しい。

 こんな私でも誰かに必要とされて、力に成れるのは、嬉しいのだ。



 誰かの、何かの力に成れるのは本当に心が温かくなる。

 それがルーとフリードであれば格別だ。


「……分かったわ。なら、約束通り、お弁当、作るね。精一杯作るから……!」


 私が嬉しくて心がポカポカして思わず微笑んでいたら、ルーもフリードも安心した様に微笑んだ。



 その微笑みを見て、ふと思う。

 私はきっと、二人が居たら、地獄だって奈落の底だって平気だろうとそう思うのに、そこに勇も居てくれたらと思ってしまう自分がいて、呆れてしまうのを禁じ得ない。

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