第64話

 リーナはお茶を一口飲み、息を吐く。


「うん。紅茶、美味しいね。私や瑠美が好きな、甘い紅茶だ。私、前世でも割と甘党でさ。だけど、日本酒が好きでね。大吟醸とか、欅の精と一緒に飲んだりしてた訳。うん、そうだなあ。初めから、話そうか」


 思い出しているのだろう、リーナは遠い目に成りながら、


「さっきも言ったけど、家の母方の一族ってさ、皆視える人達、なんだ。嫁いでくる人も、皆視える人。欅の精が気に入らない人とは、母方の人達は、絶対に結婚できなかった、らしいのね。無理に結婚すると、必ず早死にするか、破たんして不幸になるんだってさ。それに母方の一族にとって欅の精って絶対で、逆らうって思考が及ばない位、なんかもう、遺伝子レベルで欅の精を大事にしてるのね」


 そこまで話、ちょっと一口飲み、苦笑する。


「変な一族でしょ?」


 私は首を急いで首を振る。


「おかしくないよ。そういう一族が居ても良いと思う。それに、こちらの貴族とか士爵家と同じ様な感じだと思うけれど。欅の精か幻獣かの違いで」


 リーナは頬を掻きながら


「まあ、ね。だから、納得し易かったと言えば、納得は容易だった。何せ、瑠美の言う通り、生まれ変わっても、欅の精か幻獣かの違いだけだったから。チューリンゲン侯爵家は、猫系の幻獣なのね。幸い私の幻獣も猫系だし、魔力も高位貴族としてそこそこ、魔力の型も容姿も一族のモノだから、私に疎外される要因は丸っと無くて、家族にも、一族の皆にも、仕えてくれている人達にも大事にされてきた。だから、一族を大切にしたいと思って居るのね。でも、私は、前世も、そう願っていた、んだけどね……」


 そう言ってから、一口また紅茶を飲んで、続ける。


「前世の母方の一族ね、皆植物に関わりのある名前を付ける、っていうのが決まりみたいなものでさ、ひいじいちゃんは、って、曽祖父って言った方が良いのか。曽祖父の名前は葉太郎で、祖父は葉一、伯父さんは春樹で、従兄弟は正樹、母は葉子なのね。それ以外にも竹子とか、菊乃とか、菫とか、まあ、本当に植物関連な訳。それで、私も、そういう名前付けようかって話になったけれど、母が断ったの。自分は嫁に行ったから、って」


 表情の暗くなったリーナに、首を傾げる。


「リーナ? その事、気にしているの? 植物系の名前、付けて欲しかった、のかな……?」


 心配で、余計なことを言ったかとヒヤヒヤしつつ訊ねると


「……うん。そうだね。そうかもしれない。母が実家に対して異常な遠慮があるから、私も、遠慮していたんだと、転生してから気が付いた」


 それだけ言って、長いため息を吐き、また苦笑する。

 どこか悔恨の宿る、悲しい瞳で。


「母はね、そういう一族に生まれたのに、あんまり視えない人なんだ。欅の精曰く、今生きている一族の中では一番力が無い、らしいのね。ただ、勘は一族の人間らしい能力を受け継いでいるというんだけど、母にとっては、誇れる要素では無かったらしいの。そう、母は、凄く、こう、コンプレックスがあったのよ。自分の力の無さに。一族の落ちこぼれ、面汚しだって、そう、自分を責めていたんだと思う。今思い返せば、そういう所、あったしね。だから、私を妊娠して、この子をここで産むのはいけないって何となく勘が囁いても、ぐずぐずと何も出来ずにいたの」


 リーナは、外を見て、視界に映る木々に目を細めながら


「曽祖父がね、そんな母を心配して、欅の精も心配してね、その子を診てみるから、帰って来いって言った訳。それで、曽祖父と欅の精の見立てでは、一族で一番強い力の持ち主に成るだろうってものだった。まーちゃん、ああ、正樹の事ね、彼より、ずっと強いって判断されたのよ。まーちゃんはね、一族で、その時、曽祖父を除けば一番力が強い子で、跡継ぎ候補筆頭だったのよ」


 リーナは、外を見ていた角度のまま、瞳を閉じる。


「母方の一族はね、嫁に行って生まれた子だろうが、長男ではなかろうが、一族の血を引いていて、優秀なら跡継ぎなのね……でも、母は、自分のコンプレックスから、私の能力を、何故か恥じたの。家を出た自分の子が、跡を継ぐなんてって、ね……だから、私にも、それを強要した。勿論、曽祖父や祖父や伯父達の居る前では、決してその面を表に出さない。でも、私と二人っきりになると、私には、跡を継ぐ資格は無いんだって、言い聞かせてて……うん……私、苦しかったらしい、ね……欅の精も、あっちの家族も大好きで、だから、苦しかった……」


 首の角度を直し、瞳を閉じつつ苦笑しながら


「私は、欅の精の影響力の及ばない所で産んだら、間違いなく連れて行かれるって母方の一族一同と、欅の精が言うのよ。でも、母は、断って……それじゃ、私の命が危ういって、曽祖父が父に連絡した訳。父方の一族も古い一族でさ。だから父方の一族は、こう、霊能者というか、そういう霊関係に特化した代々の付き合いのある人達が居た訳。それで、父が自分の祖父とか父とかに相談して、そういう、何というのかな、霊関連やら占いやらの一族の人達? に、母を診てもらったらしいのね。そうしたら、皆共通して、何も守りが無い状態で産んだら間違いなく死にますって言われたんだって。うちの嫁に欲しい位だとか、まだ性別分かっていない段階で言われてたってさ。それで、父方の人達は、母と私を、母方の実家に任せる事にしたのよ。その間に、家の建て替えを行った訳。私が生き残れるような作りにね」


 リーナの言葉に、ちょっと思う。


「家を建て替えまでしてくれるって、凄いね」


 リーナは瞳を開けて、苦笑する。


「ああ、父方にも、結構視える人、生まれるらしいだ。それで、父の妹だった人がね、力が割と強い人で、連れて行かれちゃったんだって……だから、あっちの家族の人達、私を守るのに必死になったのよ。これ以上、自分達の所為で家族を失いたくないって」


 リーナは、どこか遠くを見ながら


「私ね、幼稚園まで、曽祖父の家で育ったの。四世代の大人数の中で。父は単身赴任みたいに、土、日、祝日に必ず来てくれて、父方の家族もそんな感じでね。私、幸せだった。うん、あの頃が、一番幸せだった。一歳上の従兄弟のまーちゃんとは、兄妹みたいな感じで。その妹の椿とは、それこそ姉妹みたいな感じでさ……母は、そんな環境が、許せなかったらしいの。早くでなくちゃって、そればっかり、私と二人だけの時にいつも言っていた……私は、欅の精とも……うん、まーちゃんとも、離れたくなかった……私、多分、ずっとさ、まーちゃんが好きなんだよ……私にとっての王子様。いつだって助けてくれた。だから、私が今度は助けなきゃって、ずっと、思っていて、でも、結局、何も出来ないままで……私はさ、母方の実家に帰りたかった。帰りたかったんだ。でも、そう決めた時に、父方でゴタゴタが起こって……その後も、色々遭って、最期まで、帰れなかった……それが……うん、心残りだったんだ。私馬鹿でさ、じっくり前世の自分の事考えるまで、まーちゃんの事がずっと好きだって、気が付かなかった。初恋はまーちゃんだって分かっていたけど、私どうも、父方の家に行く時に、こう、恋心を封印しちゃったらしいのね。だから、初恋以降、恋はしていなかったんじゃ無くて、私はさ、まーちゃんが、ずっとずっと好きなままで、だから、他の人は好きにならなかったんだよ。多分、母に色々言われて、だから、まーちゃんと一緒になれないんだって思い込んで、恋心を消したのだと思い込んでいて、でも、結局、最期まで、私は、まーちゃんが、好きなんだ……」


 一気に話してから、お茶を飲み、重く長いため息を吐き


「――――……うん、スッキリした。ありがとう、瑠美。しかし……難儀なモノだね、記憶があるって言うのは。ちっとも思い切れていないし、まだ鮮烈だ。十四年経っても、まだ色鮮やか過ぎて、ちょっと眩暈がしそう……」


 涙は流していないが、泣き笑いの様な表情のリーナに、私は抱き付いた。



 記憶があるというのは、本当に厄介なモノだ。

 色々思い切れなくて、前世むかしから、性格その他受け継いで、本当に、面倒だ……



 私にとっての、勇は、どういう存在、なのだろう……

 今、目の前に現れてくれたのなら、答えは、出るのだろうか……

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