第51話

 目が覚めた瞬間、ベッドから飛び降り、辺りを忙しなく見回し、ここが寮の自室だと認識した瞬間、安堵の息を漏らした。



 もう、大丈夫だ。

 ここは現実なのだから、大丈夫、追ってこない。

 追ってくるはずが無い。



 ――――本当に……?



 そう考え、思考が凍結した瞬間、


「――――エルザ様! 大丈夫ですか!?」


 侍女達が、勢い込んで寝室に入って来たものだから、純粋に驚いたのもあるし、知り合いの登場に、固まっていた身体と心が解れていくのが分かった。


「――――……どうしたの? 何かあった?」


 私の問いに、侍女達は顔を見合わせた後、


「エルザ様がベッドから飛び降りられるなど、今までありませんでしたので、様子を見に参りました」


 侍女の一人であるグネルのその言葉に、恥ずかしくて、頬が赤くなる。


「……ごめんなさい。ちょっと、その、夢見が悪くて……だから、大丈夫よ」


 私の答えを聞いて、侍女達はまた顔を見合わせ、


「――――エルザ様。ファイヤーターク皇家の第一皇子殿下に、早急にご報告した方が宜しいかと存じます」


 侍女のセンテの言葉に、戸惑い、訊ねた。


「どういう事? 今の時間では、ヨハネ殿下に迷惑ではないかしら……」


 侍女達は、真剣な面持ちで


「殿下より、何かエルザ様に異変があった際は、早急に連絡する様にと承っております。時間も場所も考慮する必要は無く、兎に角、何かあれば、即、連絡する様に、との事です」


 だが、まだ私は自信が無い。


「でも、単なる夢よ? それを報告なんて、失礼ではないかと不安で……」


 侍女達は、言葉に力を込める。


「エルザ様が、今まで夢を見て、ベッドから飛び降りるなど覚えがありません。これは立派に異変だと思われます」


 その力強い言葉に夢を振り返ると、確かに、今までとは何もかもが違ったと思う。

 これを異変だというのなら、確かにそうかもしれない。


「分かったわ。直ぐに殿下にご連絡申し上げます」





 朝食を摂りながら、ヨハネ教官に連絡した時の事を思い出していた。



 着替えるより、直ぐに連絡した方が良いという侍女達の勧めもあり、寝間着にガウンを羽織り、すぐさま連絡した。

 以前ヨハネ教官に、文章では無く、直接の音声で伝える様にと言われていたので、その通りにする。


「エルザか。何があった?」


 ヨハネ教官が即出てくれて、こちらが恐縮してしまう。


「あの、教官。上手く言葉に出来ないのですが、今まで見たことのない様な、異質な夢を見たので、ご報告をと思い、連絡しました」


 私の言葉に、教官の顔が緊張する。


「夢? 詳しく話してくれるか?」


 私は、思い出しながら、話す。


「夢だと分かっていたのですが、いつもとは印象が違いました。暗くて寒くて、圧迫感もあって、居心地は悪かったです。それで、突然スポットライトが中って、誰かが照らし出されたのですが、黒い影で、性別も年齢も分かりませんでした。そのスポットライトの周辺に、こう、普通の人とは違う感じの人達が沢山居て、スポットライトが中っている人物を嘲笑っていました」


 教官が首を傾げる。


「普通の人とは違う感じとは、何だ?」


 それをどう言ったら良いものか悩みながら


「えっと、手足が無い影や、頭だけ大人で身体が幼児の影や、一つの体に頭が二つあった影、身長も頭も以上に大きかったり長かったりとか、そういう感じです」


 私の言葉に、教官はズパッと答える。


「ああ、身体障碍者か。続けろ」


 その言葉に、どこか居心地の悪いものを感じながら、話を続ける。


「それで、スポットライトの人物を放って置けなくて、何とかしようとしたら、身体が動かなくなって、その間に、嘲笑っていた影達が徐々に溶けてしまって、それを何も出来ずに見ているしか出来ませんでした」


 教官は難しい顔。


「そのスポットライトの人物を庇う事が、危険だとは思わなかったのか?」


 思わず、おずおずとなりながら答える。


「……あの、嘲笑っていた影達に気が付かれたら、無事にはすまないのは分かったのですが、でも、その、放って置けなくて……」


 教官は嘆息しつつ


「……だから、馬鹿かとお前は。まあ良い。続けてくれ」


 叱られてしまったが、当然だろうなぁと思うから、怒りは湧かず、申し訳なさだけが湧いてくる。


「ごめんなさい。それで、その嘲笑っていた影達が溶けたモノを、スポットライトが中っていた人物が、全て吸い込みました。それから私の方を見て、近付いて来たのが感じられたので、必死で目覚める様に願って、起きる事が出来ました。でも、目が覚めたらベッドから飛び降りてしまって、侍女達に心配されてしまい、申し訳ないなと……」


 私の言葉を聞き、教官は眉根を寄せる。


「夢の中で、夢だとは分かっていたんだな?」


 それには即座に肯く。


「はい。それは最初から分かっていました」


 教官は、深く息を吐く。


「……エルザ。それは明晰夢という奴だろう。ノンレム睡眠の時に見るとも言われているものだな」


 教官が何を言いたいのか分からず、ただ肯く。

 ノンレム睡眠は、前世で聞いた事があったと思う。

 確か、浅い睡眠の事を言うのではなかっただろうか。


「あの、ノンレム睡眠は、浅い睡眠の時の事ですよね?」


 私の言葉に、教官は肯く。


「ああ。それでだな。ノンレム睡眠時と言うのはだ、高次の存在を始めとした様々な存在からのメッセージを受信しやすいんだ」


 首を傾げるしかない私を見て、教官は苦笑した。


「高次の存在、つまりはだ、人間以外の何かの存在だな、それ等の放つ、何らかの情報を受信しやすい、という事だ」


 何とか分かったかもしれない。

 ただ、ビックリはしているのだが……


「……あの、神様とかからの、何らかのメッセージや情報を受信しやすい、という事ですか?」


 私の言葉に、教官は肯き、難しい顔。


「ああ。他の世界では守護霊だったか? そういう存在からや他の何かの存在からの接触もあるらしいな。それでノンレム睡眠は、明晰夢や予知夢を見やすいし接触を受けやすいんだよ。だからこの夢も、何らかの意味がある、と思うんだが……」


 私は教官の言葉に、驚いてしまう。


「予知夢って、あるのですか……? 他の存在からの接触とかも……?」


 教官は思案顔になってから、意を決した様に


「予知夢を見る人間はいる。接触を受ける人間も。それでだ、エルザ。ここからは誰にも話すな」


 教官の言葉に、オドオドと訊いてみる。


「……あの、リーナに話すのも、ダメ、ですか……?」


 教官は、溜め息を吐いた。


「チューリンゲン侯爵家のカタリーナか。エルザの場合、心の持ちようが大事らしいからな。あまり溜め込み過ぎるのも問題か。彼女なら口外はすまい。良いだろう。許可する。だが、それ以外には絶対にダメだ」


 ホッと安堵して、息が漏れる。


「ありがとうございます。ヨハネ教官」


 教官は肯き、渋めの表情に。


「実はな。帝国には、必ず、神々からのメッセージを、啓示や予知夢という形で受け取っていた人がいたんだ。メッセージは夢を通してが一番多かった。啓示という形で、真昼間に突然映像が流れ込む、なんて事もあった。兎に角、そういう人が、必ずいるはずだったんだ」


 教官の話に驚愕しつつ、考える。


「あの、いた、や、いるはずだった、って、その、今は居ないのですか?」


 教官は難しい顔をする。


「ああ、そうだ。今は居ない。これは、帝国始まって以来の異常事態だ――――本来は、問題は無い、筈だったんだ。あの方が、能力を失うまでは……」


 教官の言葉に、首を傾げてばかりで申し訳ないが、一体どういう事なのか分からない。

 ……つまり、元々、神様達からメッセージを受け取っていた存在が居たのだが、その存在は、能力を失った、という事だろうか……?


「その能力を持っておられたのは、マルガレーテ様。つまり、お前の祖母だ」


 私はただ、耳から入って来た言葉を聞き、目を見開く事しか出来なかった……

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