第50話
侍女達にフリードとの明日の約束を話し、調べてもらう事を確認したり相談したりと色々打ち合わせたから、ちょっと疲れてしまい、早めに寝る事にする。
お弁当箱はフリードと一緒に選んだ方が良いだろうと侍女達も言うし、私もそうだと思うから、明日がとても楽しみだ。
浮かれているのは、否めない。
楽しみすぎて眠れない等という事態には、幸いならなかった。
心が温かなまま、気持ちよく眠りに落ちていったのだから。
いつもの前世の事を夢に見ている感覚とは違う、ざわざわと心を侵食してきそうな、おかしな夢を見ている。
夢だと思うが、周りが暗く、何も見えない。
圧迫感のある闇なのに加え、寒々としてもいる様で、居心地は、凄く悪い。
どうしたら良いのだろうと困惑していると、突然、スポットライトが中った様に、光が中り、その中に誰かがいる。
だが、その人物は、黒い影にしか見えず、男か女か、子供か大人かも分からない。
黒い影の人物について、何だか上手く考えられない様な気がする。
感覚でしかないが、認識が阻害されていると言うか、感覚が遮断されていると言うか……
何をしたらいいのか分からないので、奇妙な感覚をしつつだがそのままその人を見ていると、不意に、この暗闇の中全てから響いてくるような、嗤い声の大合唱がした。
その嗤い声は、黒い影にしか見えない人物を、ただただ嘲っているのが、不思議と分かったのだ。
黒い影の人物が、蹲り、耳を塞いでいる様な、気がする。
声は嗤う。
その声が聞こえるようになってから、スポットライトの周辺に、人がいるらしいのが分かった。
影にしか見えないが、シルエットは何とか判別できる。
手足の無い影。
極端に頭の大きな影。
極端に小さく、子供の様なのに、頭だけが大人の様な影。
頭が異常に小さい、大人の影。
手足のある所に、指の様なものがある、影。
とても身長が高く、頭も普通よりずっと奇妙に長い、影。
手足が、カニの様に見える、影。
一つの体に、二つの頭がある、影。
その影達は、スポットライトの中心にいる、黒い影を嗤い続ける。
まるで、黒い影の人物だけが、ここから抜け出すのは許さないとでも言いたげに。
黒い影の人物だけが、幸せな夢を見る事さえ、許さないと宣言する様に。
温かな記憶を黒い影だけが持つなど、ずるいのだ、許せないのだと詰る様に。
その嗤い声は、嘲っているのに、怨嗟に満ち満ちていた。
そう、蜘蛛の糸に縋る人を、地獄に引きずり込もうとしている様で、心底、怖い。
嗤い声達に私の存在を気が付かれたらどうなるか分からないと不思議と思えて、怯えてもいた。
きっとあの影達は、私を見たら、絶対に地獄に引きずり込む。
それが分かったから、全身が小刻みに震えて止まらない。
だが、あの黒い影の人物に対して、あまりにも酷いと思うから、なけなしの勇気を絞り出す。
せめて、あの黒い影の人物を抱きしめて、嗤い声達から守ろうと、一歩踏み出そうとした時だった。
黒い影の人物が、哂った。
すると、嘲笑っていた影達が、溶けていく。
徐々に溶けていくからだろう。
もの凄い苦痛に苛まれているのか、耳を劈きそうな叫び声を上げながら、溶けていく。
のたうち回っているのも分かり、私は慌ててその溶けている人達の方へと向かう。
何か出来ないかと思えたし、無効化を使えば、助かるのではないかと思ったのだ。
自分があの影達に捕まった場合の事は、この際置いておく。
兎に角助けなくてはと思い、近づこうとした。
だが、身体が突然動かなくなる。
どうやっても何も出来ない。
これは私の夢の筈なのに、どうにも私の自由にはまったくならない。
そう、これは夢だと何故か分かるのに、私は単なる観客でしかいられないのだろうか……
私の思考を置き去りにし、影達は溶けていく。
耳を思わず塞ぎたくなる様な、痛々しい叫び声がするのに、私は何も出来ない。
その事が、腹立たしいし、情けなくて、泣きそうになっていた時だった。
叫び声が突然止み、ドロドロに溶けた液体が、スポットライトの人物に吸い込まれていくのが、見える。
呆然としている内に、全部吸い込み終わったスポットライトの人物は、また、哂った。
この展開に付いて行けない私は、ただ、見ているしか出来ない。
ただ分かったのは、先程より闇が圧力を増し、寒々とした様子も段違いに強くなった事だろうか。
居心地の悪さは、もはや実体でも持ったかの様に私を攻め立てている。
そんな私を、スポットライトの人物が、見ている気がした。
そして感じるのは、嫌悪感。
何故かは分からない。
だが、あの人物には嫌悪感が湧いてくる。
私は、理由もなしに誰かに嫌悪感を抱いた事は無い。
なのに、何故だろう……?
あの嗤っていた影達を、吸い込んだから……?
ごちゃごちゃと考えていると、スポットライトの人物が、近付いて来ている様な、気がした。
嫌悪感はいや増し、何とか逃れようともがく。
だが、私の身体は動かない。
焦っても、身体は微塵も動かず、どんどんスポットライトの人物は近付いてくる。
恐慌状態に成りながら、何とか気が付いたのは、これは夢だろう、という事だった。
なら、目覚めれば良い。
そう、目覚めるしかないのだ。
だから、意識を統一する。
だた、目覚める事だけを考えるのだ!
まるで滴る雫から染みが広がる様に、ゆっくりと、だが確実に近づいてくるのを感じ、悪寒が止まらない。
だから、必死に願う。
目覚めろ、目覚めろ、目覚めろ! 目覚めろ、目覚めろ目覚めろ!! 起きるんだ! 兎に角、起きろ、私!!!
意識をそこにだけ一心不乱に注ぎ込み、スポットライトの人物の手が届くかどうかという距離で、私は夢から脱出することが出来たのだった。
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