第40話

 林を出たのに、私を抱いたままのエドに慌てる。


「エド! 林は出たよ! もう大丈夫だから、歩けるよ」


 私の言葉に、エドは溜め息を吐き


「危ないから医務室までこのままで運ぶよ。大体面倒だし」


 面倒って、それはそれで酷い様な……


「でも、あの、大変だし、重くない?」


 そう、私を抱き上げたまま結構歩いている。

 心配もするし、申し訳なくもあるのだ。


「大丈夫。エルザは軽いし、以前も言ったけど、魔力で強化すればどうって事ないよ」


 エドは何でもない事の様に言うのを聞くと、やっぱり思う。


「魔力が有って良いなぁ」


 思わず呟いてしまっていた。

 偽れざる素直な気持ちだ。


「俺はエルザの力の方が羨ましいよ」


 エドはさも当然と言う風に言って、ちょっと思案顔。


「うん。エルザの力の方が、俺的には良いと思うな」


 そんなエドに、首を傾げる。


「でも、魔力の方が、応用範囲も広いし、凄いと思うよ」


 私がしみじみと言ったら、エドは苦笑した。


「ま、あれだね。持ってない人は、持っている人が良く見えるものだし。あれだ、隣の芝生は青く見えるとも言うしね」


 そういうものかなぁ。

 眉根を寄せ、悩みだした私に、エドはちょっと笑った。


「エルザはさ、どうして自分だけがこうなんだ、とか思ったり、相手が妬ましいから奪ってやろう、不幸になれば良い、って思ったりとか、誰かを憎んだりした事とかはある?」


 ちょっと真剣に考えてみる。

 エドは笑いながら言っているが、どうも目がかなり強い光を放っていて、真面目に訊いている様だし。


「そうだなぁ。どうして自分だけが、っていうのは、思わないかな。そうなったらそうなったで受け入れて、自分に出来る事を探すよ。自分に自信はこれっぽっちもないけれど、そこで立ち止まっても何もならないと思うし、やれる事を見つける、かなぁ。相手を妬ましいって思った事は、無い、と思う。良いなぁ、凄いなぁとは思うけれど、妬むは無いかな。それに、誰かのモノを奪うって、私には出来ない。しちゃいけないと思うし、無理。誰かが不幸になれば良いっていうのは、そういう風に思った事も無いよ。見ず知らずの人でも、不幸になれ、なんて思えない。誰かを憎む、も無いかなぁ」


 私の言葉を聴いて、エドは、楽し気な表情で訊いてきた。


「ふうん。ならさ、目の前で、自分の大切な人に危害を加える様な相手でも、憎くはないの?」


 その場面を想像すると、肝が冷える。

 だが、私はこう思うだろう。


「目の前で大切な人が傷つけられたら、まず、その傷つけられた人の心配をする、と思う。それから、どうしてこんな事をするのだろう、って思うかな」


 エドは、更に重ねて訊いてきた。


「それだけ?」


「ええ。それだけよ。大体、大切な人が傷つけられたら、その人の心配以外出来る程、私器用じゃないもの」


 うん。

 他に頭が回る程、器用ではないのだ。

 だから、傷つけられた人の心配をして、後でどうしてその人を傷つけたのだろうと思うだけで、憎んだりはしないと思う。

 そもそも、自分を殺した相手にも、私、疑問しかなくて、憎しみは無いしなぁ。

 自分よりも大切な人を傷つけられたとしても、心配と疑問だけで、憎む余裕なんてない、と思う。

 復讐……はおそらく、全てが終わって落ち着いてからだろうし、その理由も、自らへのけじめで、憎しみは無いだろう、と思えてしまう。

 むしろ、もし憎むというのなら、自分を責めて憎むだろうなぁ……


「あははっ、はっ、ははははは」


 エドが何故か爆笑しだした。

 目を丸くするしかない私に、エドは本当に心底楽し気に涙の滲んだ目で私を見ながら


「人はさ、皆エルザみたいに綺麗じゃないんだよ」


 綺麗と言われて、首を傾げざるを得ない。

 容姿の事を言われていないらしいのは分かるが、何を持って綺麗と言ったのだろう?


「綺麗って、何が?」


 そう訊ねた私に、エドは苦笑し、しみじみと言うのだ。


「ま、気が付いていないならいないままで良いと思うよ。エルザは、そのままで良い」


「あの、自分について、自覚が無いのは問題だと思う。自分をしっかり把握は大事だと思うのだけれど……」


 そう、能力にしろ、性格にしろ、分かっていないといざという時に大変だと思うのだが……


「変に意識しない方が良い事もあるって思うけどね、俺は」


 エドはそう言って、答えてくれる気はなさそうだった。





 エドは、どうなのだろう?

 どうして自分だけが、とか、奪ってやろうとか、憎い、とか思ったりするのだろうか……?



 でもエドは、自分の一族の事を受け入れているのだと、思う。

 なら現状を受け入れている、という事だろう。



 大抵の貴族や士爵、騎士家の人間は、自分の現実を受け入れ、それにそって生きている、のだと思う。

 それに反するような人は、貴族や士爵、騎士家ではいられないのだろうというのは、私でも分かる。



 自分の事を考えてみる。



 私には、格別望みは無い。

 あるとすれば、家族を大切にしたいや、誰かに優しくしたい、大事な人の力に成りたい、位だ。

 それ以外だと、誰かの涙や悲しい気持ちを癒せたら良いとも思ってはいる。

 自分にそんな事が出来るとも思えないが、せめて、少しでも誰かの気持ちが癒せたらなぁと願っているのだ。



 それは生まれ変わった直後からの変わらぬ願いで、このまま行けばそれは叶いやすい、と思う。

 長生きしたいとは思っているが、魔力無しに加え色々生命力を使ってしまったらしく、復元されても短いだろうし、これは、まあ、保留。



 これ等は、家族や大切な人達に迷惑を掛けてまで叶えたい願いではない。

 私にとって優先すべきは家族や大切な人達で、自分ではないからだ。

 私はそれで満足で、無理している訳でもなく、自然な事。



 皇妃になる事は、国にとっても家族にとっても良い事だし、大事な存在であるルーやフリードの力に成る事だ。

 誰かに優しくしたい、というのは、出来ているかどうか謎ではあるが、エリザベートの事以外、何とかなっている、と思いたい。



 そう、優しくする、が、エリザベートに対して出来ていないのだ。



 私は、格別目立とうと思った事は無いし、何かの歯車で良いと思っている様な人間だ。

 そんな私には、改めて自分の望みと彼女の現況を鑑みるに、エリザベートは、本当に難しい。

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