第31話

 異能力の特訓を学校で初めて行った日は、寮へ帰る時間になると雨が降り出し、今日は昨日見つけた場所へは行くのを止めた。

 理由は三つ。

 その内の一つは、雨が降っていたのでは座ってぼんやりも無理だし、あそこで出会った彼も今日は行くのを止めるだろうというもの。



 雨にけぶる景色はそれはそれで見応えがありそうだが、何だか肌寒いし、やっぱり異能力の訓練は精神的に、肉体的にとても疲れてしまうから、座れないのでは長時間いる事も今の私には難しいし、行かない方が休めるとも思ったのが、一つ目と理由は重複するが、これが理由の二つ目。



 最後の、最大の理由は、雨が降り出してから、どうも異常に気持ちが悪くなったからだ。

 気持ちが悪いというのは、体調が悪いからではなく、何かに干渉されている様な、おかしな感じを受けたのである。



 部屋で一人、気持ちを落ち着かせ、魂の力を強化し事なきを得たが、どうにも嫌な感じだ。

 リーナに相談した方が良いのだろうか……?



 それともヨハネ教官に言った方が良いのかなぁ。

 緊急用の連絡手段も得ているので、教官と連絡を取ろうと思えば取れるが、こんな事で相談したら迷惑じゃないかなぁとも思えて、思案中。



 そんな中、リーナが夕食には早い時間にやって来た。

 アデラも目をパチクリとさせているのだが、ルチルは雨だから眠いのか、スヤスヤ睡眠中。

 リーナが相手だからか、ルチルに起きる気配は微塵もない。


「どうしたの? 今日は早いね」


 座ってから私が驚いて問えば、リーナは苦笑し


「いや、なんかさ、エルザ、帰り際具合悪そうだったから、気になってね。大丈夫?」


 リーナの心配そうな顔に、申し訳なくなった。


「うん、ちょっと、その、また何かに干渉されている感覚がしてね、気持ち悪くなっちゃって……」


 リーナは眉根を寄せ、心配げに


「え!? また? あの、舐め回されるてる様な感覚の奴?」


 リーナの言葉に首を振る。


「違う違う。何かに操作されそうな感じのものだよ。雨が降りだした頃からかな」


 リーナは心配そうに私を見つめ、


「その感じ、今もしてるの? 大丈夫? 殿下方に連絡する?」


 矢継ぎ早に訊かれて、苦笑してしまう。


「大丈夫だよ。帰ってから対処したから。幸い、今日も訓練したばかりだったから、感覚は掴みやすかったし」


 リーナは首を傾げた。


「対処ってどうやって?」


 そういえば、この前の気持ちが悪かった際の対処法、言ってなかったと気が付いた。

 ちゃんと説明しないと分からないよねと、申し訳なく思ってしまう。


「あのね、異能力って、魂を強く意識すると、自分や周囲にも影響を及ぼせるんだって。それで、私の異能力は無効化だから、魂の力を意識する事で干渉を無効に出来るみたい」


 リーナは目をパチクリとさせ、驚いている様だ。


「ああ、エルザの異能力って無効化だもんね。しかし、魂の力を強く意識するとそういう事出来るって、やっぱり異能力って凄いんだね」


「私には、それしかないからね。魔力無いから……その代わりの力かもしれないとは思うよ。あの、それでね、教官に、小さなことでも良いから、何か気になった事や気が付いた事とか違和感を感じたら報告してくれって言われてるの。以前の事も、乙女ゲーム関連や前世関連は言わずに報告したところなのね。だから、今回の事も言った方が良いのか悩んでしまって……こんな事で報告されても、迷惑なだけじゃないかなぁ……」


 リーナに相談したら、リーナは溜め息を吐いて苦笑した。

 それから、真面目な顔で私を見る。


「あのファイヤーターク教官って、絶対にエルザの為に派遣された人だと思う。その人が小さな事だろうと何か気が付いたら教えて欲しいって言ってるんだから、報告すべきでしょ。エルザの力ってさ、エルザが思っている以上に重要視されてるみたいよ、国から。それに現在は異世界からの干渉もあるって言うんだから、国の方としても実績のあるエルザに、どんな小さな事でも教えて欲しいって思ってるんじゃないかな。エルザは、もっと自分の力の大事さを認識するべきだと思うよ。普通の人は勿論、魔力の強い貴族を始め、皇族方でも気が付けない様な事が分かるって私の耳にも届く位には、エルザの力って有名なのよ。無効化以外にも、何かの違和感に気が付く才能があるってね。だからさ、エルザも、しっかり自分の力を認識すべきじゃないかな。自分で自分を把握するっていうのが難しいのは分かるけど、いざって時に役に立たなかったら、それこそ宝の持ち腐れだし、後悔してもしきれないと思うよ」


 リーナの真摯な言葉に、私は自分の事を振り返る。

 思い返せば、前世の時から私は自分に対してまるで自信が無いし、信用も無い。

 自分の事をたいした存在には思えないし、自分の持っている力だから、異能力やそれ以外の能力にしても、それ程優れているとは思い難い。



 理由はなんだろうと考えれば、前世の最初の保育園で疎外され、次の幼稚園でも最初距離を置かれた事と、両親の事情を人伝に聞いてから、だと思う。



 これは自分が思っている以上に私に深刻な影響を与えている、のかもしれない。

 だとしても、どうしたら良いのだろうか……



 この国のカウンセラーに相談するなんて、前世の事が絡むから相談しにくいし、別の国の人にカウンセリングを受けるといっても、どういう経路で話が家族に伝わるかも分からず不安だしで、対処の使用が無い感じだ。

 そもそも、前世の記憶が丸っと残っていて転生したのが原因だから、どうしようもない感じが濃厚、かなぁ。



 こんな時、思うのだ。

 私が、前世の記憶の無い、普通のシュヴァルツブルク大公爵家の娘だったら違ったのか、と。



 それを今更思った所で、どうしようもないのに、それでも頭を離れない。



 私は本当に、この家に生まれて来て、良かったのだろうか……?



 もし、私でなければ、もっと家族は、嬉しかったのかな……

 そう、私の所為で、本来生まれるはずの子の居場所を奪ったのかもしれない……

 前世の乙女ゲームの登場人物だという、本来のエルザが、いたのかもしれない……



 乙女ゲームに世界が類似したのか、乙女ゲームがこの世界に類似したのかは分からないが、ゲームの登場人物に転生したと知ってから、その思いは、以前より余計に鎌首をもたげ、私を責めさいなむのだ。

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