第12話

 朝起きたら、勇がいない事が、無性に寂しく感じた。

 心に穴でも開いたような、隙間風がそこから吹き込んでくるかのような、感じ。

 ずっと一緒にいる、と言ったのに、約束を守れなかった事も、本当に申し訳ない。



 かなりどんよりしてしまったが、今日は、例の子に会うのだからと気合を入れ直し、朝食に向かった。





 ディート先生とディルと一緒に馬車に揺られる。

 アデラはお留守番。

 高位の妖精はその子にはまだ不味いという事らしいのだ。

 ルチルは赤ちゃんだから、大丈夫、らしい。

 どうも、まだ色々その子は大変な状態らしいから。

 それでも、その子に会うのが楽しみだと思っている。

 不思議と私と会う事でその子が良くなる気がしたのだ。




 ディルを連れて来たのは、平民の中で暮らしていたのなら、彼と話が合うかもしれないと思ったからだが、どうかな。

 仲良くなれたら良いと思うのだが。



「ディート先生、あの、その子、どういう感じの子ですか?」


 訊ねた私に楽しそうに笑ったディート先生。


「なんというか、ちょっとぼーっとしてる感じっつうか、ポヤンな感じなんだよな。後、根は真面目な印象かね。それと責任感もある様に思ったな」


 それから指輪型の空間収納から、私の力を沁み込ませた魔導結晶を加工した物を取り出し


「ほれ、これがエルザ用のブレスレット。こっちがルチル用のネックレス。成長しても付け足せるようになってる」


 そう言って掌に乗せてくれたのだが、


「綺麗ですね」


 思わず見惚れてしまう。

 神秘的な輝きに絶妙な発色。

 神域の妙、だと思う。


「お前の魂が格別綺麗なんだよ。まあ、エルザにはちょっと石が大きいかもしれないが、成長したら大丈夫だろ」


 苦笑しつつ私に言うディート先生。


「はい、そうですね。ディート先生、ありがとうございます」


 身に付けつつ確かに成長したら大丈夫そうだと思う。

 しかし、本当にキラキラで色も綺麗で、凄く嬉しいな。

 魔導結晶が最高品質だから、綺麗に見える、というのもあるのだろう。

 ……自分の魂は、どうしても大した物には思えない。





 朝食を一緒に摂ったお父様曰く、


「その子に罪はないのだから、仲良くするのも良いかもしれないね。エルザが守ってあげるのなら、それも良い。私は賛成だよ」


 である。



 それ以外にも色々教えてもらったのだが、その子の祖父が当主を務める伯爵家は、どうやらその一件以来、貴族達から距離を置かれているらしい。

 父も心配していたのだとか。



 その子の両親は成人していたのだから、当主夫妻の責任はそう無いらしいのだが、やはり色々難しいみたいだ。

 やはり一族の不始末だから、当主に責任が求められてしまうらしい。

 幸い、婚約者もいなかったことから、罰せられるとかはないのだが、それでも何かとあるらしい。



 我が家とも親しい家らしく、その伯爵家当主夫妻の人格は承知しているから、息子の行状をお父様も嘆いていたという。

 その息子の子供を引き取るかどうかで、一族が色々揉めていたらしく、当主夫妻としては今回の事は良い機会だったらしい。



 その子の魔力量は問題が無いばかりか、上位貴族としても多い方で、下手な高位貴族など問題にならないレベルらしく、引き取るのに良い材料になったみたいだ。

 魔力検査自体は攫われる前に行っていたし、学校も特別な所に通っていたらしいのだが、その子の性格が出奔した父親と同じだったらと、色々一族で大変だったらしい。

 とはいえ、幻獣を得る事が、伯爵家に居られる第一条件である事には変わりがないみたいだが。





 その子は、体調がまだ不安定だと言う事で、ベッドの住人である事も多いとか。

 だが今日は体調が良いらしく、ベッドではなく応接室で会える、と言う事らしい。




 何だが、昨夜の夢の続きの様な感じを受けてしまう。

 勇に初めて会った日の事を、夢に見たからだろうか……?



 ディート先生に促され、応接室に入る。

 そこにいたのは、とても綺麗な子だった。



 見つけた時は勇の気配ばかりに気を取られて、良くこの子を見ていなかったが、とても綺麗な少年だ。

 薄紫色の髪も、若竹色の瞳も、見事に容姿に映えて申し分ない。

 ただ……



「エルザです。よろしくお願いしますね」


 貴族としての礼をとってから、自己紹介。


「……あの、ロタール・クレーフェ、です……よろしく、お願い致します」


 ぎこちない礼をとってから、彼が自己紹介してくれた。


「ディルク・シュタール・ベッカーと申します。平民ではありますが、紫の瞳を所持する関係上、名乗らせて頂きました」


 ディルは紫の瞳を持つから、皇族や、貴族に名乗っても良いのだ。

 普通の平民だと、訊かれなければ名乗ってはいけないらしいと習った。


「あ、はい。よろしくお願い致します」


 ロタールは、ちょっと私の時よりはホッとした様な表情で挨拶していた。



 彼の祖父母であるクレーフェ伯爵家の当主夫妻はすぐに席を外したのだ。

 子供同士の方が良いだろうとの事らしい。



 ディート先生は、一応護衛扱いだから同席したままだ。

 もしかしてロタールは、まだ祖父母と一緒な事に緊張とかするのだろうか。

 一朝一夕に貴族に慣れるのは平民には難しいらしいという事は、シューから聞いていたから納得ではあるのだが。




 ソファーに座ったら、お茶とお菓子が用意された。

 おお、私の好きな桃のケーキだ。

 美味しそう。

 って、そうじゃない、この子と仲良くなりたいのに、お菓子に気を取られてどうする。

 ルチルはいつもの様に私の肩の上に着陸して、キョロキョロしていた。


「私……を、見つけて下さった、と……聞いております。改めて、御礼申し上げます」


 ロタールは、私に深々と頭を下げる。


「偶然見つけただけですから、お気になさらないで下さい。それより体調の方はどうですか? 不安定と伺いましたが……」


 うん、まだちょっと子供にしては細い印象だ。

 伸び放題だった髪は切って整えられているのが目に入る。

 見つけた時はガリガリだったから、随分、肉が付いた感じかな。

 それでも心配だ。

 子供があんなに痩せているなんて、絶対後々まで影響が出かねない。

 本当に、攫った人は酷い。

 どうしてそんな事を……



 その子に酷い扱いをした人に対して、怒りが沸々と湧いてくる。


「はい、その、今日は大丈夫ですが、まだ、少し悪い時もあります……えっと、復元魔法? を、特別に使って下さったとかで、酷い後遺症とかは……無い、らしい、です」


 考え考えロタールは答えてくれた。

 思わず笑顔が漏れる。


「それは良かったですね! 食事の方はどうですか? 吐いたり、等はございませんか?」


 絶食していると、胃腸が弱るからね。

 あれ、でも復元魔法を使ったのなら、大丈夫なのだろうか。


「食事は……その、最初は流動食でしたが、今は普通に食べられます。あの、流動食も、一応、様子を見て、という感じでしたから……復元魔法は本当に凄い、様です」


「そうですか。一安心致しました」


 しかし、ロタールって私と同い年、じゃなかったかな。

 身長、そんなに変わらないって、心配だ。

 私、前世でもこの国では余計に小さい方だし……



 それにしても、ロタールに会ってから、気になっている事がいくつかあるのだ。


「敬語が話しにくいのなら、話さなくても大丈夫よ? その、学校とか、お茶会とか、園遊会とか公式の場は気を付ける事になるけれど、それ以外は見知った人達ばかりなら、普通に話しても問題ないと思う」


 私の言葉に目を見開いたロタールは、


「でも、私、の場合、気を付けて気を付け過ぎる、事は、ない、と、思います。祖父母に迷惑をかけたくないですし……」


 真摯に、一生懸命に話してくれた。


「祖父母、って今お世話になっている?」


「その祖父母にも、とても感謝していますが、えっと、母方の、方、も、です。色々大変だったのは、知っていますし、だから、えっと、両方の祖父母は、とても大変だったと、思うんです。だから、私、のせいで、これ以上の迷惑は、かけられません」


 根が真面目、って確かにそうかも。

 こうして話していて思うのは、何だかこの子といると、凄く温かくなる感じだ。

 空気が優しくなるというか……

 こういう雰囲気を纏える、って一種の才能だろう。


「でも気を張りすぎたら、ピンと張りつめた糸みたいに、ちょっとの衝撃で切れてしまうかもしれないわ。適度に息抜きも必要だと思う」


 目をパチパチさせながら、ロタールは答えた。


「そう、かもしれません。でも、気の、抜き方、が、良く、分かりません。えっと、どうしたら、良いでしょう?」


「深呼吸を、してみては? 私やディルの前では気張らずに、普通にして大丈夫だって思ってくれると嬉しいけれど……うーん、他に何したら良いかな。ルチルを撫でてみるとか?」


 私が言った言葉に微かにロタールは笑った。


「撫でても良い、のですか? 幻獣には、凄く、憧れがあって……」


「ええ。って、あ、ルチル、ロタールが撫でても良い?」


 遅ればせながら、ルチルに確認。


「キュウ」


 どうやら了承してもらえた様だ。


「どうぞ」


 肩から抱き上げて、ロタールの手に乗せる。



 ロタールはルチルを持ち上げて、色々な角度から眺めていた。

 とても嬉しそうで、今までより表情が柔らかい。



 おずおずと撫でだしたのだが、ルチルも気持ちよさそうだから、一安心。

 ロタールは、顔が綻んでいるのが分かって、何だかほっこりした。





 十分堪能したらしいロタールは、ハッと気が付いた様に慌てて私にルチルを返そうとする。


「申し訳ありません! あの、随分長く、お借りして……」


 そう言いながら、私の手にルチルを乗せたのだが、その時、ロタールの指が、私に触れた。


「あ、申し訳ありません!! 勝手に触れて、本当に、ごめんなさい!」


 今にも泣き出しそうなロタールを安心させるために、強張った表情筋を何とか動かす。


「大丈夫よ。ロタール、ぶしつけで申し訳ないけれど、握手しても良い?」


 私の提案に、目を白黒させながら、ロタールは、手を差し出す。

 その手を握って、確認。



 やっぱり、気になっていた事は、気のせいじゃなかった。

 この子、何かに憑りつかれている。

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