第3話
レムリア王国への援助の話は聞いている。
かなり大変らしいとも。
映像を見ても、その被害に胸を痛めたものだ。
それより酷いとは、他の大陸はどうなっているのか、とても怖い。
敵国とはいえ、恐ろしい被害が出ているというのは、何とも心をざわつかせる。
何か出来る事は、あるのだろうか……
重々しい沈黙を軽快に破り
「さあ、着いたぞ。降りろ、降りろ」
楽し気に言いながらディート先生は止まった馬車から降り、私を降ろしてくれた。
それをもの凄く忌々しそうにルディとフリードとイザークが見ていた。
どうしたのだ、三人共。
「どうしたの? 降りないの?」
私の問いかけに
「「「降りる!」」」
そう言って、三人共降りて来た。
本当にどうしたのだ、三人は。
今は思考を切り替えよう。
欝々と考え込んでも何も発展しそうにない。
何より海である。
心が躍るというものだ。
見回してみると、所々防風林が無くて、そこが道になっていたりする。
「海、見たいのですが、良いでしょうか?」
ディート先生に訊ねたら
「おう。海見るの、初めてか?」
頭を撫でながら言うディート先生に
「いいえ。帝都に初めて来た時、第二転移門発着港にしたので、海は見えました。でも間近に見るのはこれで二回目です」
うん、今世では間近に見るのは二回目だ。
「では、エルザ、行くとしよう」
ルディが言って私の右手を取る。
「ふむ。帝都の海に入るのはまだ早い時期だが、潮風は気持ちが良いな」
フリードは私の左手を握る。
手を繋いで歩き出して思う。
二人共、身長が凄く伸びた。
出会った頃から背が高めだったとは思うが、今、ルディが十二歳で、フリードが十一歳だったかな。
私と誕生日が近いから、二人共、誕生日は過ぎていたはず。
私は相変わらず背が低いのに、二人はとても高い。
海辺には人が結構いるのだが、その中の成人女性達の平均身長的な感じより、二人は身長が高いと思う。
まだこれから伸びるのだろうし、どれだけ背が高くなるのだ、二人共。
良いなぁ。
私はやっぱり前世と変わらない感じだ。
きっと成長後も前世と変わらないと思う。
だって身長、確か前世の同じ頃と変わっていない様な気がするのだ。
――――成人して百五十センチ前半、って絶対こっちの世界で、もの凄く低いのではないか……?
不安は尽きない。
二人と並んで不格好になったら、二人に申し訳がないのだが、こればっかりはどうしようもなさそうだ。
ごめんね、ルディ、フリード。
あまり一緒に歩かない様にすれば、そう二人に迷惑を掛けないのではないかと思うのだが、どうなのだろう。
しかし、海は綺麗だ。
真っ青で澄んでいる。
とても首都の海とは思えない美しさと透明度を湛えているのが、凄い。
浄化技術とか進んでいるのだろうか。
寄せては返す波の音が海だと告げている様で、とても楽しい。
海の匂いもどこか懐かしい感じがする。
潮干狩りとかも出来るのかな。
やった事ががないから興味はあるのだ。
釣りとかも演習であるとかきいたのだが、私、どうしたら良いかなぁ。
その場で調理もあるというのだが、殺せるだろうか……
しかし色々考えているのだが、その思考を突き破らんとするものが、とても気になる。
要するに、視線が痛いのだ。
ディート先生やクー先生、ルディもフリードもイザークも、勿論バルドも容姿が整っているから、熱い視線を集めている。
ヒルデ先生は男性の視線を一身に集めているのだ。
皆、凄いなぁ。
私は海を眺める事で、肌を刺し貫きそうな視線の痛さをやり過ごした。
公園沿いの通りを歩く。
色々な店が並んでいて、目に楽しい。
こちらの世界に来て初めて街の通りを歩いている。
普通の店も見て回れるのだ。
とても嬉しいし、楽しさが後から後から泉の様に湧いてくるのが実感できる。
相変わらず、ルディとフリードに手を握られているのだが、通りから店を覗いた時、可愛い小物が目に入った。
陶器で出来ている様だが、とても小さく、可愛いバスケットにクッキーが乗っている、愛らしい物だ。
私が穴が開くほど熱心に見ているからだろう。
ルディとフリードが同時に私から手を離し、店へ入って行く。
「お前ら、二人同時でどうする気だ」
呆れた様なディート先生の言葉に、ちょっと笑った瞬間、もの凄い眩暈を起こしそうな違和感を感じて、その方向を見た。
――――勇?
何故か、勇の気配をその違和感に感じて、思わずその違和感の方へ全力で駆けだしていた。
脇目もふらず、全速力で走る。
勇だ、前世の従兄弟の、勇の気配だ、間違いない!
頭は勇の事で一杯で、他は考えられない。
いくつ通りを曲がったのかも分からない。
その、違和感の発信源の人通りの無い通りに到着。
そこには、やせ細って伸び放題の長い髪の、裸の少年がうつ伏せに倒れていた。
勇?
その少年から、勇の気配がして、思わず抱き起した。
「違う……」
思わず零れ出た言葉は、色を失うほど失望していた。
だって、勇ではない。
こんなに勇の気配がするのに、この子は勇では無いと確信できる。
そうだ、考えてみたら、勇がここに居る訳がないではないか。
どうやって世界と世界を移動するのだ。
無理に決まっている。
でも、あの幻獣の森で襲ってきた怪物は、勇にも間違いなく敵なのだ。
私や勇と根本的な部分から、相容れない、敵。
その怪物が、前世居た世界にも居た事を、先日気が付いたばかりだ。
勇は、無事なのだろうか。
先日視た、黒い靄に包まれた勇の姿が思い出される。
勇は、どうなったのだろう。
幸せに、暮らしているのだろうか。
もう、私にはそれを確かめる手段が、何も無い。
それでも、心配なのだ、勇が。
堪らなく、心配なのだ。
『エルザ、どうしたの? この子、知り合い?』
アデラの声に我に返る。
「……違うよ。違和感を感じたから、ここに来たの」
少年を見ていたら、彼の握られた、右手、に、もの凄い眩暈を引き起こしそうな違和感と吐き気を催す禍々しさ、勇の気配、を色濃く感じた。
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