第30話
その叫び声を聞いた時、何故か解ったのだ。
アレ等は不浄で不快。
そしてルディフリードと、私、そしておそらくは勇の敵だと。
不思議とストンと胸に落ちてきた。
そう、アレ等もアレ等を喚び出したモノも、私達の敵に他ならない。
そんな思考に囚われ、呆然自失していた私が我に返ったのは、宿営地に幻獣が大量に雪崩を打って飛び込んで来た事でだ。
しかも幻獣達はまだ幼いのではないかと感覚が告げる。
見た目でもまだ小さい子達ばかりだった。
幼い幻獣達は宿営地を右往左往、鳴き声を上げながら動き回る。
どうも我を忘れている様で、せわしなくグルグルとしていた。
その騒動に思わず、皆動くことも出来ず呆然と見とれてしまっている。
何せ訳が分からない。
あの声が原因なのは何となく分かるのだが、幻獣の子供達が何故ここにいるのかが理解の外である。
「黙れ」
一言、ディート先生が告げた声で、幻獣達は静かになって動きを止めた。
あれ程狂乱していたのに、一斉に動かなくなったのには驚く。
動きを鎮めたディート先生の声は、静かなのに圧迫感がある、形容が難しい不思議な声だ。
それに従わなくてはいけないと何故か思ってしまう。
「――――自分の幻獣と連絡はついたか」
ディート先生は護衛の人達に向けて言う。
「繋がりません。こんな事は初めてです」
「異常です。少しも存在を感じ取れない」
次々に護衛の人達が言い募る。
「通信機もダメですね。外部との連絡がつきません」
クー先生の言葉にディート先生は肯き
「宿営地と幻獣の森の転移門発着港を含めた間は防御結界に覆われている。とはいえここで籠城は愚策だ。相手の正体が不明な現状、通信が復帰しない限り取り残されて終わりになりかねないからな。アレとの距離が離れている内に、結界が壊される前に全員発着港まで退避だ」
アレって何だろう? あの不快な声の主達かな。
ディート先生、声の主を見たのかな? どうやってだろう?
って、全員退避って!!
「ディート先生、二人がまだ森の中に!!!」
私が猛然と訴えたらディート先生は笑って
「順番に話す。皇子方は俺が必ず連れ帰る。だから心配すんな」
その言葉に安堵と、不安が頭を過る。
先生一人でなんて心配だ。
アレはとても危険なモノなのに。
声を上げようとした私の言葉を封じたのは、クー先生だった。
「ディートリッヒ様、お供いたします」
静かに言うクー先生にディート先生は苦笑しつつ
「クーか。そうだな、任せた」
ディート先生の言葉にクー先生は
「御意」
嬉しそうに跪き了承した。
しかし、何だか凄く仰々しい。
クー先生、普段からディート先生を立てているけれど、ここまでじゃないのに。
「ヒルデ、指揮は任せた。全員ヒルデに従え。恐らく発着港ではこの通信妨害はおきない筈だ。そこまでの範囲のものじゃないのは見えにくいが解析で分かる。転移は不可能だな。さっきから発動させようとしてもピクリとも反応しない。発着港に着いたら直ぐに護衛を援護に寄こせ。それから速攻で救助要請」
その言葉の後にディート先生は幻獣の幼生達を見つめ
「今、おそらく保護者役が戦っているんだろう。幻獣のお子様方、人間について行け。それから通信が可能になり次第、王に救助要請だ。出来るな?」
幻獣の幼生達は一斉に頷く。
それを見届けた後、
「じゃ、俺等は行く」
そう言うとディート先生とクー先生は目にも留まらぬ速さで宿営地を出て行った。
それにしても、ディート先生、いつもと雰囲気が違う。
普段は気安いお兄さんって感じなのだ。
それが何というか、一角の武将みたいな、大将なような、そんな印象を受けた。
言う事に逆らっちゃいけない、って不思議とそう思える威圧感があったのだ。
「スヴェン、先行して下さい。幻獣達はその後に。次に子供達。殿はオイゲンとビョルン、頼みましたよ。それ以外は幻獣と子供達の両脇を平行に」
ヒルデ先生はそう言うと私を見つめ、
「エルザ様、幻獣は?」
しまった! ルディとフリードを心配し過ぎたのと、意味不明な事が脳内に流れたから他が疎かになってしまっていた。
「ルチル?」
呼ぶと浮いたルチルが私の肩に留まる。
急いで肩から下ろし抱き上げた。
その直後、
「エルザ様、背負って参りますので、負ぶさって下さい」
ヒルデ先生が言ってしゃがんだので急いで、負ぶさった。
ルチルは私が掴んでいる状態だ。
ルチル自身もヒルデ先生に掴まっている様だから、大丈夫だろう。
「皆さん、全力で走りますよ。幻獣達も頑張って急いで下さい。数が多すぎて抱き上げていけませんから、自力で走って頂かなくてはなりませんからね。さあ皆さん、行きますよ!」
ヒルデ先生の掛け声で、護衛の人が先行して、次いで幻獣達が走りだす。
私を抱えたヒルデ先生が子供達の先頭だ。
私達は慌ただしく宿営地を後にした。
ルディもフリードも、ディート先生もクー先生もどうか無事で……
そう願うしかない、無力な自分がひたすら憎い。
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