第25話
話も決まって、私の体調を気遣って皆帰る事になった。
だから、改めて三人に言う事がある。
ルーを真っ直ぐに見て伝える。
「助けに来てくれて、ありがとう、ルー。あの時もお礼を言ったけれど、改めて言わなきゃと思って」
フェルとエドを交互に見つめた。
「フェルとエドにはあの時ちゃんとお礼を言えなくて、ごめんなさい。助けてくれて、我が儘も聞いてくれてありがとう」
そう言って、深々と頭を下げる。
「気にしなくても良いよ。それに女性の多少の我が儘を聞くのも男の甲斐性だと思うし」
「エド、それってどうなんですか? エルザ、気にしなくても構いませんよ」
エドもフェルも笑って私の言葉を聞いている。
良かった。
独り善がりかもしれないけれど、きちんとお礼が言いたかったから。
何かプレゼントした方が良いのかな。
それをすると仰々しすぎるのだろうか。
悩むけれど、二人が笑ってくれて良かった。
何かクッキーかチョコレートでも後で持って行こうかな。
徒然とそんな事を考えていたら、意を決したようなルーの瞳とかち合った。
「フェル、エド、先に帰れ。私はまだエルザに要がある」
何だろう? まだ何かあるのかな。
二人はルーに礼を取ってから退出した。
ルーと二人っきりになった訳だけれど、表情が凄く真剣だ。
本当に何だろう?
「エルザ、眠れているか?」
私を案じてくれているのが良く分かるルーが、心配そうに訊いてきたから、動揺してしまった。
「だ、大丈夫。平気。うん、平気!」
頑張って言ったのだが、表情は固まっていたかも。
目も泳いでいたかもしれない。
上手く嘘が付けない自分が恨めしい。
疲れていた当日はよく眠れたが、それ以降は少ししか寝付けなかった。
ここ数日まともに眠っていない。
暗闇は追い詰められた森を思い出してかなり怖くて、ベッドサイドの明かりを付けて、本を読んで夜を明かしていた。
元気な振りをしないと心配する。
心配して、自責の念で心を痛められるくらいなら嘘くらい平気だ。
「今日はシュヴァルツブルク大公爵家に泊まる。良いか?」
私を真っ直ぐに見つめて逃げ場を無くす。
反論を許してくれる感じではない厳しい表情だ。
許可を求めているのに決定事項みたい。
思わずうつむいてしまった。
ルー相手に嘘は付けないけれど、私は誤魔化すのが下手過ぎると思う。
「あまり無理をするな」
表情を和らげて頬に手を添え、ルーから優しい声が聞こえる。
どうやら私を案じてくれたようだ。
嬉しくて泣きたくなった。
本当はまだ怖くて、誰かに側にいて欲しかったのだ。
しかし意地を張り通せない自分が情けない。
家令のツィルマールにルーが今晩泊まる事を告げて、お父様にも伝えるように言った。
皇族だから、基本的に言った事が実現するのが凄い。
ルーは父親のアルブレクト殿下に連絡して許可をもらったみたい。
便利だよね。
通信手段が整っていると。
しかし、テレビ番組とかあるのかな。
立体映像を映し出す機械とかがあるのは知っているし、授業で使うから分かるのだが。
こちらの情報入手や娯楽って何なのだろう。
まだ教えられていない気がする。
音楽は何か装置を操作すると聴けるのは分かっているのだが。
思考にふけっていたら、視線を感じてそちらを見てみると、ルーが見ている。
何かな?
「どうしたの?」
「否、アデルの件は伝えた。おそらく明日か明後日になる。良いか?」
「ありがとう。準備とか何かあるかな」
伝えてくれたていたのか。
ありがたい。
それに結構早い。
何かする事あるかな。
「特には無い。力を使えるように精神の集中する位であろうな」
「分かった。ありがとう」
そうか、精神の集中か。
大丈夫かな、寝不足だし。
悶々と悩んでいたら、ルーがこちらを見つめている。
「ルー?」
「何やら、埒も無い事を独りで悩んでいそうなのでな。気楽にせよ。そう難しい事ではない」
頬に手を添え、こちらの瞳を覗き込みながら安心させるように暖かな声がした。
「ありがとう」
それ以外、言えなかった。
今にも泣き出しそうだったから。
優しい気遣いはやっぱりありがたいし、心が温かくなる。
ついでに涙腺を刺激する。
私は結構涙もろい。
映画や小説等創作物で直ぐ泣く。
それはもう、鼻水が出たり嗚咽が漏れたりと大変だ。
だから人と居る時に見ると心配される。
心苦しいので一人で見るようにしているのだ。
映画館とか行けない。
恥ずかしすぎるから。
応接室から、私の遊戯室というか休憩所と言うかそんな部屋で、二人でソファーに座って本を読んでいた。
図書室に二人で行って、持って来た本だ。
私達じゃなく、従僕が運んでくれたのだけれど。
テーブルの上には、侍女が置いて行った紅茶のセットとお菓子の温かいタルトタタン。
バニラアイスが添えてあって美味しい。
こちらにも紅玉という林檎があって、紅くて熱を通すととても美味しいのだ。
ルーの瞳の方が濃い紅で綺麗だと思う。
ルーの読んでいる本の説明を受けたが、私には読むだけでも難しそうだ。
魔力の効率的な使い方とか、軍事における補給論とかが載っているらしい。
魔力の無い私には関係のないのは分かったけれど。
後、今の私には難しいのも。
私は幻獣の種類が載っている本にした。
色々な幻獣の姿のイラストが描いてあって、眺めているだけでも綺麗で面白い。
ドラゴンが幻獣の最高位らしい。
幻獣の王は漆黒で深紅の瞳のドラゴンで、他にも色々なドラゴンはいるという。
他にも獅子とか虎の様なネコ科の肉食獣や狼、狐等のイヌ科の肉食獣に、梟や鷹の猛禽類。
果ては蜘蛛や蠍とかの獣か? っていうのも、幻獣の森で生まれたモノは原則的には幻獣のくくりらしい。
それにしても、と思う。
普段は私の隣には来ないで、別のソファーに座るルーが、今日は同じソファーで直ぐ近くにいる。
ちょっと手を伸ばすと触れる事が出来る距離だ。
何だか凄く嬉しい。
安心する。
心遣いなのだろうけれど、ありがたい。
ぽかぽかと暖かい気持ちが湧いてきて、不思議と眠気が襲ってきた。
気が付いたらルーに寄り掛かって夢も見ない程熟睡していた。
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