第17話 エドヴァルド

 捕らえられてからどれだけたったのか。

 意識を取り戻し、同じ部屋にフェルがいた事に驚いた。



 意識を集中させ、魔力を使って探査する。

 指定範囲内の全てを把握出来る優れモノだ。

 魔導具で代用も出来るが、それだと精度はどうしても落ちてしまう。



 探査の結果、ここにエルザがいる事がわかった。



 何としても彼女とフェルは脱出させなければ。

 彼女等は帝国にとって重要な存在だから。

 後、ちょっと色々心配だし。

 エルザは何処か抜けてる所があるからなぁ。



 彼女を助け出しに行って彼女の話を聞き驚いた。



 魔力を奪う能力。

 そして、本来なら紫の瞳。



 確かに裏付ける存在はいる。

 何せ周囲には精霊達が沢山いるからだ。

 これは魔力が強い証。

 もしくはよっぽど精霊に気に入られたか。

 魔力を奪うなど聞いたこともないが、実際にあるのだとしたら脅威だし研究材料に丁度良い。

 親が隠した存在だし問題ないだろう。



 そう考え、連れて行くのを了承した。

 フェルも同じ様な結論に達したのだろう。

 否やはないようだ。

 まあ、フェルの場合、残していけないというのもあるのだろうが。



 敵国の仕業、ね。

 まあ、自分達を攫うようなのが帝国人だったら驚く。

 裏で糸引いてるのは居そうだけど。




 夜目が利くようにして森の中を走っていたら、エルザが転びかけて思い出した。

 彼女は魔力無しだ。

 解っている。

 だが失念していた。

 魔力無しは身体が弱く、強化もできないのだったという事を。



 どうやら動転していたらしいと息を吐く。

 柄でもないが、自分の意識が奪われた事や魔力を奪う存在に心が乱されたみたいだ。



 背負ったほうが早いと思うが逡巡する。

 それを察してフェルが進み出る。


「私が彼を背負います」


「だが自分のほうが魔力の扱いも上手いし、力も体力もある」


「どちらが大切かわかっていますから」


 確かに何処の誰とも知れない少年より、魔力無しで、将来皇妃となる、皇女の孫でもある大公爵令嬢であるエルザの方が大切だ。

 紫の瞳だというが、魔力を感じ取れない今の彼よりエルザを優先するのは当然の事。



 より強い方が重要な存在を守るのがこの場合正しいから。



 フェルはこういう場合において陥りがちなプライドで目が曇る訳ではないらしい。

 さすがだと心の内で感嘆し、片膝をつく。





 彼女を背負い走りながら思う。

 彼女は、自分の容姿について自覚が無さすぎる。

 自分がルディアス殿下と並んでも見劣りしないと解らないのだから。

 フリードリヒ殿下と並んでも問題ないだろう。



 容姿がすこぶる整っているから、魔力が桁違いに強いのかとも思ったが、瞳が赤や紫系の色じゃない。

 だが、フリードリヒ殿下の例もあるから、魔力が強いのだとばかり思っていた。

 それがより希少な魔力無しとか想像もしていなかったのだ。

 そういえば体調が悪くなりやすかったなと思い出す。



 魔力が強い人間はその強さに応じるように容姿が整う。

 帝国以外の国の人間もそうらしいとは聞いている。

 魔力無しも容姿が整っているとは聞いていたが、実物を見ると納得だ。



 ルディアス殿下もフリードリヒ殿下も優秀で、魔力も容姿も飛び抜けている。

 どちらかといえばルディアス殿下が上だろうが、性格的にはフリードリヒ殿下の方が皇帝には向いていると思う。



 だが、ルディアス殿下はエルザと出会ってから少しずつ変わり始めている。

 良い変化に思えるからどうかこのまま上手くいって欲しいと願っているのだ。

 エルザはフリードリヒ殿下と気が合いそうな感じがしないでもないけれど、ここはルディアス殿下に頑張って頂こう。

 皇帝陛下次第なのは言うまでもないけれど。



 エルザといえば、彼女のようなのを絶世の美貌の持ち主と言うのだろう。

 顔は小さく、部品は絶妙な配置と大きさ。

 透き通るような白い綺麗な肌。

 瞳は艶があり、輝いている。

 艶々していて、口紅をひかなくても淡く桜色に色づいた唇。

 サラサラでまるで金糸のような艶やかな長い髪。



 非の打ちどころがない優美な正統派の絶世の美少女なのだが、本人はまるでわかっていない。

 まあ、中身は残念なんだけど。

 それでも嫌な感じはしないしね。

 礼儀作法も立ち振る舞いも親しく無ければ完璧だし。

 本当に筆頭大公爵家の令嬢としては申し分ない所作と品格なんだけど、殿下の前で残念なのが本当にエルザらしいとは思う。



 皆が口を揃えて、いずれは春の女神の再来となるだろうと言っているのだから、将来が楽しみだ。

 曲者のわが父上でさえ、神々の中で最も麗しく美しいとされる春の女神に例えるのだから間違いない。



 あの皇女殿下と呼んで良いのか、判断に困る存在とは真逆の印象を受ける。

 


 エルザといると、凄く心が安らぐから。

 ホッとするというか、心地良いのだ。

 何とも言えず荒れていた心も落ち着く。

 後、エルザといると不思議とまた頑張ろう、やってやる、と思えるのが不思議だけど。



 それにエルザは何故か良い匂いがするのだ。

 甘い香りだと思うが甘ったるい訳では無くて、心が落ち着く香。

 凄く品が良いしいつまででも嗅いでいたいくらい。

 


 あの皇女殿下は吐き気がする甘い臭気。

 間違いなく毒だろう。



 あの皇女殿下も容姿は悪くないとは思うが、何か気持ちが悪いというか、違和感を感じるのだ。

 どうも受け付けない。

 警戒心がわき上がる。

 そう思っているのは自分だけではなくて、四大公爵家の内、紫の瞳を持つ者全てがそう感じている。

 あれはいつか帝国に災いをもたらしそうで、気を付けなければならないと思う。



 父上や魔導師総長閣下は気が付いていると思うが、何が悪いとは具体的に言えない感覚的なモノだから始末が悪い。

 かといって仕出かされた後では目もあてられないし。

 本当に難しい存在だ。

 先代のブラウンシュヴァイク公爵は本当に余計な事をしてくれた。

 命を懸けたものだったから、皇帝陛下も断るに断れなかったと推察されるが、ここは心を鬼にして断って頂きたかった。





 なんだ、この違和感は。

 そう、考えてみれば自分の意識を刈り取る魔法を奴等が使えるとはおかしい。



 自分の一撃を何故、奴等が受け止められる。

 そんな武器は持っていなかったはずだ。

 文明レベルは我々の足元にも及ばないのに。



 それも変だが、驚倒したのは、自分に気が付かれず追手の男達に囲まれていた事だ。

 本来ありえない。

 自分の感知領域が鈍っていたのか。

 常に魔力感知して調べながら進んでいたのにどういう事だろう。



 おかしいにも程がある。

 更に重ねて、魔法の隠蔽でこちらを認識できないようにしていたはずが、何故見つけることが出来たのか。

 自分の魔法をを上回る探知技能でもあるというのかと舌打ちしたくなる。



 元の場所に戻ったとも考えられない。

 魔法で方位磁石を作りだし、使っていた。

 磁力が強い物があっても問題ない物のはずだ。



 とにかくエルザを助けなければ。

 彼女は国に有益な存在で、重要で、自分の主であるルディアス殿下の大切な人で、面倒くさいけど放っておけない存在だから。





 俺の一族は国に侵入してくる敵対勢力を時に狩り時に泳がせ自国を守ってきたのだ。

 自分はその瞳と資質故に幼くとも任務に携わってきた。



 それに俺は夢想家でも自信過剰でもない、はずだ。

 今までの経験から違和感はいや増すばかり。



 本来なら、自分の魔力を込めた剣で攻撃して、相手の剣が砕け散らないのは何故だ。

 そんな魔力も武器も敵国の国々の人間には無いはずだった。

 国といって良いレベルでもない、小さな集団が大半だったはずと記憶している。



 剣を強化しているにしても限度があるのに。

 帝国製の武器や防具ではないのだ。

 再生能力も無いようだし、魔力が込めやすい訳でもないだろう。

 そもそも、鉄さえ加工する事が出来るかどうかで、輸入品の非常に貴重なものだったはず。



 何よりおかしいのは、囚われてからどうも自分の力が弱くなっているのではないかという事だ。

 始めに出した、魔法で作った剣の威力が全体的にどうにも弱すぎる。



 その上、自分とフェルの動きに奴等が付いて行っているという点だ。

 魔法で強化した俺とフェルの身体能力には、普通の人間なら絶対に追いつけない。



 身体を強化した自分についてこられるという事は奴等は相当の技量がなければ不可能のはずが、打ち合ってみると大した事はないのだ。

 何度も殺した経験から違和感が拭えない。



 彼らはそれなりに腕がたつだろう。

 だがそれなりだ。

 自分に迫る技量とは思えない。

 なのに何故、動きについてこられる、剣が折れない砕けない。

 ただ力任せの魔法と剣に過ぎないのに、何故、仕留められない。

 俺が魔力で強化したのなら力が拮抗するなど在り得ない。



 もしやと思うが、ありえないと否定する。

 そんな事は、他人の魔法を弱めるなど不可能だ。

 帝国人では無いのだから。

 魔力が俺達より上な訳が無い。

 自分より魔力量が少ない相手は、多い相手の魔法の威力を弱める事は到底無理だ。

 いやむしろ、魔力そのものが弱められているような……それこそ不可能のはずだ。人間には・・・・

 これは幻獣達から教えられたこの世界の法則。



 幻獣達が嘘をついた等と思う事自体、幻獣達への背信行為だ。


 

 幻獣と妖精の同盟者であるアンドラング帝国人としてそれは認められない。


 

 ならば幻獣達でさえ知らない何かが起こっている――――そういう事だろう。



 捜索隊が遅いのもそれが関係しているのだと推察せざるを得ない。

 発信器を俺もフェルもエルザも付けているはずにも関わらず、遅すぎる。



 余りに遅いから、このまま囚われていた場所にいる事自体危険すぎて逃げ出したが。

 あのままあそこにいたら今頃船の中だろう。



 勘が告げたのだ。

 このままここにいる事も船も不味いと。

 何故かはわからないが今までその勘が外れた事はないから、これが正解だとは思うが……






 なんとしても生きて帰って報告しなければ。

 これは、帝国にとって大事になる。



 出来れば男達を生きたまま捕獲したい。

 こんな人間が多数いたら帝国を脅かすことになるかもしれないのだから。



 その為には余力を削ってでも奴等を無力化しなければ。

 否、まずはエルザの奪還が第一だ。

 目暗ましの大技を使い、その隙にエルザを確保して脱出。



 ディルクは無理だな。

 そんな余力は無い。

 エルザは悲しむだろうが仕方がないな。



 目で合図し防御は任せると隙をみて溜めがいる大技を繰り出した――――筈だった。



 魔法が出ない! 

 解るのは、妨害され、魔力を無駄に消費したという事だ。

 魔法の妨害は超高等技術な上に、魔力が上でなければ出来ない。

 だというのに、何故出来た!!?



 驚愕は隙となり攻撃を受ける。

 俺の魔力で編んだ防御装甲を抜けて。



 本来、起こる筈のない事の連続に頭が混乱する 。



 やはり、異常だ。



 何とかエルザだけでも逃がしたいが……

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