高久広美
「
「はあ?」
同い年のユーフォニアム吹きが言ってきたのを聞いて、あたしこと
何かと面倒を見ている不肖の弟子だけれども、だからといってあの子と付き合おうという気は、あたしには全くない。
よくしゃべっているイコール、恋愛感情の芽生え、では全くないのである。けれども周りにはそう思われていないようで、うっかりぽっちゃりのユーフォ吹きは重ねて言ってくる。
「ね、ね。でも気は合ってるよね? 案外とアリだと思うけど」
「ないなー。大体あの子とそういう関係になるって、あたしにこれっぽっちもいいことがないように思えるんだけど」
「恋愛を損得勘定で考えるようになったら、だいぶ危険信号だよー」
「そうだけれども」
言いたいことは分かるけど、あたしとあの子にその考え方を当てはめるのはだいぶ違うと思うけどなー。
弟子とらぶらぶな師匠って何だよ。
確かに魔女を自認しているあたしだけれども、どうもあの子をそういう目では見られないのだ。
この辺り、
仲がいいからといって、そういう関係になるとは限らないという典型的な例だと思う。
まあ、そりゃ可能性はゼロじゃないけどさ。その些細な可能性も、観測し続けてきたあたしだ。
未来視の魔女。分かっている人間はあたしのことをそう呼ぶ。
大木のような本来の流れ以外にも、
「うーん、やるだけやってみるかい?」
剪定されてなくなった枝葉のごとき、『ひょっとしたらあったかもしれない未来』。
じゃあ今からそれを拾い出して、改めて組み立ててみようか。
###
「先輩。コーヒー買ってきましたよ。飲みますか?」
部活終わりに、自販機でコーヒーを買ってきてくれる我が不肖の弟子、湊鍵太郎。
ちなみに買ってくる銘柄は、あたしの好きなダイ〇ーのものである。師匠の好みまできっちり把握している。うむ。いいだろう。
眠気覚ましにコーヒーを常飲するあたしはすっかりカフェイン中毒であり、夕方であっても頭がはっきりしなければ飲むことがある。
合奏ではこの子はあたしの真後ろにいるので、調子のいい悪いはすぐに分かったはずだ。
プルタブを開け中身を一気に流し込むと、目が冴えて多少は落ち着いてくる。その様子を、弟子は穏やかな眼差しで見守っていた。
うーん?
「俺も一本買ってきました。一緒に飲んでいいですか?」
「うん、いいよ」
生意気にもこの後輩も、同じものを買ってきたらしい。
昔はミルクと砂糖をたっぷり入れたコーヒーしか飲めません、なんて言っていたこの子も、今ではあたしと同じものを飲めるくらいになっている。
朱に交われば赤くなるっつーか、親の背を見て子は育つっつーか。師匠の真似をして背伸びをする、弟子の様は可愛かった。
初めは無理して変な顔をしながら飲んでいたのが、懐かしいもんだ。缶コーヒーに残された少しの量と、人工的な香りを楽しんでいると、弟子は言う。
「あの、先輩ってコーヒーメーカーとか持ってたりしないんですか?」
「ああ、あったら便利だろうね。けど自分じゃ淹れないだろうし、後片付けとか大変そうだから缶コーヒーのままでいいや」
「そうですか。だったら俺が淹れてあげますよ。毎日」
買うのも面倒だしなー、と思って答えると、後輩はどこか遠くを見つめるような眼差しでそう言ってくる。
毎日って、あれか。こいつ学校にコーヒーメーカー持ってくる気か。
音楽準備室の水道で淹れてくれるのか。それはそれで本町先生がずっと飲んでるんじゃないかなー、なんて想像していると。
湊鍵太郎は、首を横に振った。
「やだなあ。先輩の家に行くに決まってるじゃないですか」
「……ん?」
ずっと感じてきた微妙なズレが、ここにきて決定的なものになった。
IFの世界線の我が弟子、どうも熱のこもった目でこちらを見てきている。
それはそう、かつて彼と同じ楽器の先輩に向けていたような目で――
「ずっと、師匠と弟子でいようと思ってました。けどそれは、無理だってことに気づきました」
深く信用している者に向ける眼差し。
暗部をお互いに共有し、分かり合っているからこそ生まれる親愛の情。
ボロボロに傷ついていたこの子を拾ったとき、あたしもそれなりに世話をしてあげた。
恩義を感じてくれた彼は、いつしかこちらを師匠と呼ぶようになった。
裏で暗躍するあたしを追いかけ、ついには同じ地点まで――。
「大切なものは、ずっと傍にあったんだって思って」
陰謀策略で疲れ果てていたあたしを、彼はぎゅっと抱きしめる。
何も言わない。口に出さずとも分かっている。
そんな関係のあたしたちだけど、それでもあえて言わなければならないことだってある。
たとえばそう、ずっとずっと隠してきた気持ちを表に出すような。
「好きです」
その感情を確かめるように、弟子は少しだけ腕に力を込めた。
かつて死んだように倒れていたときより、その手はだいぶ力強くなっている。
目の前の存在を追いかけ、走り続けるうちにいつしか大きくなった心と背中。
その全部を持って迎えに来た、と言わんばかりに彼はこちらに少し照れ臭そうに微笑んだ。
「俺とずっと一緒にいてください」
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「気色悪いわああああああああああ‼」
そこまでログを追いかけて、あたしはちゃぶ台をひっくり返しそうな勢いでそう叫んだ。
いや、何? IFのあたしたち。ていうかあの子。いつの間にあんなイケメンになりやがったの?
逆についていけなくて、こっちの世界線とのギャップに鳥肌が立っちゃったよ。一体なにがあったらあんな結末になるんだい?
現実世界のあの子が今のを見たら、拒絶反応で吐くんじゃないか?
「騒がしいですよ広美。一体なにがあったんですか」
「うっせえ
ていうかおまえも頑張れよ。このままだと
「なっ⁉ どうしてそんなこと言い切れるのですか⁉」
「どうしてもこうしても、今見たおかしな幻の中にそんな光景も混じり込んでたんだよ」
下手をするとあの子とあたしが付き合った未来、なんてよりよっぽど高い確率でな。
だからこの先も面白おかしく楽しませてもらうために、優にはがんばってもらわなくてはならないのだ。
この部活周り、っていうかあの子周りはひどく居心地がいいので、できれば長続きさせてほしいよ。
いつまでもわちゃわちゃやっててほしいね。そしてその様を、ぜひ後ろから観察したい。
「ああ。結局そのくらいの距離感がちょうどいいのさ。あたしたちは」
もしもの可能性を目にして、改めて今の世界線のありがたさを思い知ったよ。
同い年たちはコイバナに花を咲かせていて、あたしはその横でコーヒーをすする。
カップから立ち上る香りはやはり缶コーヒーにはないもので、混乱していたあたしの頭を少しだけ、落ち着かせてくれた。
「……コーヒーメーカー、買おうかな」
別に誰かが淹れてくれることを期待してるわけじゃないけれど。
脳裏にまだ焼き付いているあの子の供養のため、そんなIFの可能性を考えてやらなくもない。
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