第450話 やってみなくちゃ分からない
やっぱりそうなるよな、と自分と同じ結論を出した先輩を、
学校祭、二日目。
引退まであと半日もないこの状況で、『来年もみんなで楽器を吹きたい』という結論を出したのは、ギリギリだったかもしれない。
けれど、間に合ったのだ。あと少しの本番に備えて集まった先輩たち、OBOGのど真ん中で。
笑う鍵太郎とトランペットのOGに、打楽器OGである
「いやいやいや。大丈夫ですか湊くん。ちゃんと展望があって言ってますか?」
「最低限の環境は押さえてます。ていうか卒業後も部活に入り浸ってる先輩に言われたくないんですがそれは……?」
基本的には夢物語は信じない、ちゃんと実現できそうな物理の方を信用する前部長は、当然ながらこちらの結論に口を挟んできた。
ただ優の場合は、しっかりとした計画を好むというだけであって、別に意地悪で待ったをかけているわけではない。
きちんとした根拠を示せば、必ず味方になってくれる――これまでの付き合いで分かっている鍵太郎は、OGにここに至るまでにあったことを説明する。
こうしたお互いの性格が分かっているところも、今後一緒にやっていくにあたってはプラスだよな――と思いつつ。
「先生に、楽器の貸し出しについては許可をもらっています。音楽室を使うことも大丈夫だと言われています。
まあ、今回みたいに大規模なものになったら、また改めて話を通さなきゃならなくなりますけど。でも、やってやれないことはないと思うんです。現に今、できてるんだから」
今日のOBOGが参加しての演奏に関しては、事前に必要な楽器の台数を数えて、足りない分を他校に貸してもらっていた。
音楽室も休日、集まれそうな時間に開放したのだ。
そして今まさに、結構な数のOBOGがこの場に集まってきている。楽器と、場所と、人――全ての条件が、既に整っていた。
また来年、もう一度、同じことはできるはずだ。
鍵太郎がそう言うと、優はその言葉を吟味するように小さなあごに手を当てて考え始めた。
他の卒業生たちも、ざわざわと話し合っている。「え、学校の楽器貸してもらえるんだったらよくない?」「平気なの? もし貸してもらえなかったら?」「んー、年イチでお固くない一曲とかなら、気軽に参加できるかも?」などと、その声も賛否両論だ。
だが、別に全員が全員参加しなくても構わないのだ――それでは趣旨に反する。
『誰もが演奏という名のもとに、自由にやりたいことをやれる場所』という目的に反するのだ。
こちらを見守る先々代の部長の視線を感じながら、鍵太郎は他のOBOGたちに自分の考えを言っていく。
「今回来られなかった人だってもちろんいますし、参加は別に強制じゃないです。いろんな事情がある人もいるでしょうし、演奏関係なく集まりたいって人もいるかもしれません」
現に二つ上のホルンの先輩だって、来たくても様々な事情があって来られなかった。
でも、それでも本番のことを気にかけてくれていたのだ。ステージに乗らない先輩たちだって、それぞれ聞きに来たり差し入れをくれたり、本番を通してつながっている感覚はあった。
年に一度。
それこそ同窓会のような感覚で来てもらえばいいのだ――久しぶりに顔を合わせた先輩たちを見回して。
この輪が来年もまた広がってくれれば、それはとてもいいことだと思う。
「でも、俺たちは音楽でつながったんだから、せっかくだから音楽で集まりたい。一年に一回、吹かなくてもみんながいるからって、学校祭のコンサートに足を運んでもらえればいいかなって。そうすればきっと楽しいんじゃないかって――そう、思いました」
先ほど知り合いのオーケストラ団員に会ったのだが、一年ぶりに話ができるのは、やはり嬉しかった。
そんな風に、楽器をやっている人もいない人も集まれる『機会』を作ろうと思うのだ。
多くの演奏者が集まれば、活気も出る。観客も集まれば、張り合いも出る――その日一日だけで盛り上がる、幻のような祭り。
自分に関わってきた人たち全てが出てくる、あの夢のようなステージ。
まあ現実にやってみようとすると、細々と解決すべきことは出てくるだろうけど。
やるだけの価値はあるはずだった。
目の前にいるトランペットの先輩だって、今日の本番があったからこそ救われたのだ。その実例があるからだろう。彼女の学年のOBOGたちは、わりと乗り気のようだった。
「イーんじゃないデスか。ワタシもいずれ楽器を買うつもりでいましたけど、それまでのつなぎということで」
「吹ければなんでもいい」
「本当に先輩たち、正直で助かりますよ、本当にね……」
下心すら隠さず言ってくる卒業生に、半笑いで応える。
まあ、その方がこちらとしてもありがたいのだ。それぞれがそれぞれの目的を持って、成立する舞台。
その実現のためには、この人たちのような分かりやすい人間がいてくれた方が良い。その分制御には苦労するかもしれないけれど。
あ、なんだか胃が痛くなってきた――と、言い出しっぺながらこの先が不安になってきて、鍵太郎が渋い顔になると。
一連の流れを見ていた優が、改めて確認するように言ってくる。
「なるほど。やりたいことは分かりました。まんざらアテがないわけでもなさそうです。ですがあと少し、案として煮詰める必要があるのではないでしょうか」
「ですね。その辺は付き合っていただきたいです、貝島先輩」
「む」
こちらとは立場も性格も違う、つまり考え方の違う先輩を引っ張り込もうと、話を向けてみる。
自分とは見方の違う人間と膝を突き合わせて話し合えることは、それだけで貴重である。
そういえば、去年のコンクールもそうやって緊張感の張り具合を調整し、金賞を取ったのだった。
懐かしい。そして心強い。
だってまだ何か、足りない気がするのだ。それがなんなのか指摘してもらえれば、漠然としていたビジョンもだいぶはっきりしてくる。
もう少しで、自分の描いてきた円がつながる。
その確信だけは鍵太郎が得ていると、優は難しい顔で、考えを述べてくる。
「今の段階だとなんとも、言えない部分はあります。差し当たって、実現可能かどうか――」
「なんだ、そのことだったら問題ないですよ」
先輩が言ってきたセリフに、今日が終われば同じOBとなる部長は、へらりと笑って言った。
「簡単です。
そんな鍵太郎のセリフに。
卒業生たちが途端にやる気になったのは、言うまでもない。
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何事も、やってみなくては分からない。
そんな言葉を体現するように、自分は初心者で
『みなさん、こんにちは。川連第二高校吹奏楽部です。これからみなさんに、素敵な演奏をお届けしたいと思います』
正面きってそう言われるとどうも『素敵』という部分に照れ笑いを浮かべてしまうが、もうお客さんはすぐそこにいる。
ここは堂々と、胸を張っていい演奏ができるのだという顔をしておこう。
顧問の先生が司会の口上を述べる中、鍵太郎は既に舞台の上にいた。
学校祭二日目。
最後の本番となるコンサート。
ステージには部員たち、そして客席には多くの人たちがいる。
野球部の元キャプテン、生徒会の面々、オーケストラの関係者。
他校の生徒に、生徒に楽器をやっていることを隠している生徒指導の先生。
さらに客席の一角には、最後の最後まで出番を待つ、OBOGたちがいて――
『がんばってくださいね、湊くん!』
その中でこちらをずっと見守ってきた、
「もちろん!」
鍵太郎は楽器を持ち上げ、これまでで一番やる気に満ちた答えを返していた。
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