第444話 未来のカケラたち
「そうか、
昨日今日と起こったことのあらましを、
顧問の
OGが大変な目に遭っているならば、手を貸してくれる。
そう思って鍵太郎は、顧問の先生に言う。
「さっき、後輩とも話し合いました。豊浦先輩にしばらく、学校に来て楽器を吹くことを許してくれないかって」
「まあ、それに関しては問題ねえよ。音楽室が開いてるときにアタシがいて、その範囲で吹いてくれる分には。トランペットだったらウチの学校でも、一台くらいは余ってるからな」
OGがひとり、ふらっと来て遊びで吹いていく分にゃ支障はねえさ――と本町は、相変わらず頼もしい笑みを浮かべてくれた。
昨日の夜やってきた先輩は、現役の頃とは見る影もないほど元気がなくなっていたのだ。
色々と原因はあるのだろうが、彼女の不調は楽器を吹けない――好きなことができないというのが大きい。
なので鍵太郎たちは、楽器を吹けるくらいの環境はせめて整えようと奔走している。幸い顧問の先生は、生徒たちのその動きを快く受け入れてくれるようだった。
「まあ、いつまでもってわけにはいかねえだろうけどさ。アタシがこの学校にいるうちは、せめて大丈夫なように計らってやるよ。もちろん、
「ありがとうございます!」
卒業した以上部外者にはなってしまうが、それでもOGはOGである。
ちゃんと身分を明らかにした上で、目的をはっきり記載して校内に入ってくれれば、学校側もさほど文句は言うまい。
彼女は楽器を借り、音楽室という場所を得て。
再び吹くことができる。後輩たちに指導もしてくれれば、御の字だ。
次の部長も最初は大変だろうが、後々先輩が来ることで助かることもあるはずだ。
一緒に演奏する仲間ができれば、先輩も張り合いができて――
「――って、え?」
と、そこで。
脳内に『ある光景』がふっと浮かんで、鍵太郎は声をあげた。
いま一瞬、何かもっと大きなビジョンが見えたような。
しかしその映像は、手を伸ばそうとした瞬間、幻のように消えてしまった。
思い出そうにも、無くしてしまったら戻ってこない。
だがそのひらめきは、鍵太郎に『まだ何かできる』ということを確信させて――
なのにはっきりと口にできなかった以上、『そこ』に至るにはまだ足りないものがあるということなのだろう。
まだ、考えるべきこと、やるべきことは残っている。
自分には、何ができるだろう。そう思っていると、本町は言ってくる。
「さて。豊浦のことはとりあえず片付いたとして。当面は、アタシらの本番の話だ。湊、今日は時間になったら宣伝演奏に行くんだろ?」
「ああ、そうでした。二日目は俺ら自身のステージがあるんでした」
顧問の先生の言葉に、鍵太郎は意識を自分たちの本番の方に傾けた。
先輩のことも、今の浮かんだビジョンのことも気になるが、まずは目の前の本番のことだ。
学校祭二日目となる今日は、吹奏楽部単体で宣伝演奏を行うことになっている。体育館でステージがあることを、広く一般客にも知ってもらうのが目的だ。
ビラを配るよりもやはり、実際に演奏を聞いてもらった方が印象に残る。
昨日は指揮者の先生に頼んでいたのでこちらの出る幕はなかったが、今回は自分たちの番だ。
生徒会に申請して、場所と時間は押さえてもらった。なんだかんだと世話になっている、金髪の元生徒会長の顔を思い出して、鍵太郎が笑っていると。
本町は言う。
「おまえも、今日で区切りだからなあ。そろそろ
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二日目の宣伝演奏の場所は、一日目と同じく学校の正面入口だった。
学校祭に訪れる人が、まず最初に目にする場所であり、つまりは最も人通りが多いところでもある。
そこに用意された簡易ステージに向かいながら、鍵太郎は隣を行く
「そんなわけでさ。宮本さん、お願いできる? 何かあったら俺が助けるから」
「お任せくださりませ!」
相変わらず無駄に元気いっぱいの次期部長は、はきはきと返事をしてくる。
鍵太郎としてはその猪突猛進っぷりが逆に心配になるのだが、今日で引退となる以上、彼女には強く育ってもらわないとならない。
習うより慣れろ。
まずは現場を経験させてみることだ。朝実にとっては、今回の学校祭が新部長としての、初めての本番になる。
舞台のセッティングや諸々、全体を見て指示を出してもらわないとならない。
果たしてそれが、できるのだろうか。娘の授業参観に出る父親のような心境で、鍵太郎は後輩の背中を見守った。
部員全員の大移動となった今回の宣伝演奏だが、事前に打ち合わせをしていたことも相まってか、準備は滞りなくスムーズに進んでいる。
椅子の数もピッタリ、これは生徒会側の手腕が発揮されているからだろう。予想外の事態を想定してか、舞台横にはかつての生徒会長お付きの、元書記の姿もあった。
薄く微笑まれて会釈されたので、こちらも目を合わせてぺこりと頭を下げておく。
こういった目に見えない多くの人たちによって、このステージは作られている。
そのことは、自覚して感謝しておくべきなのだろう。特に、部長という身分であるならば――と思って朝実を見るが、彼女はステージ上のことで手一杯のようだった。
まあ、無理もない。初めての実践なのだから――後でこういう人もいたんだよと、言って聞かせよう。そう思って鍵太郎は、楽譜を広げた。
椅子の準備、OK。
譜面の準備、OK。
楽器の準備、並びに部員たちの準備――OK!
若干バタバタはしたものの、全ての準備は整った。全員が着席したのを見計らって、朝実が立ち上がり、マイクを取る。
『えー、えー。こんにちはみなさん。マイクのテスト中です。吹奏楽部です。これからみなさんに、素敵な演奏をお届けしたいと思います!』
「テストと本チャンが、絶妙に入り混じってる……」
次期部長のセリフに、鍵太郎は舞台の外には聞こえないくらいの声でつぶやいて、そっと頭を抱える。
他の部員たちがしっかりセッティングをやっていたため、気づきにくかったが――実は彼女、結構テンパっているのではないだろうか。
勢いだけでどうにかしている感がすごい。まあ、焦って何もできなくなるよりはマシなのだろうが。
鍵太郎がハラハラと朝実を見つめていると、彼女は変わらぬテンションで元気よく、ステージの周りにいる観客たちに向かって言う。
『今日の二時から、体育館で演奏を行いまーす! みなさん来てくださいね! けどその前に、ちょっとだけ曲を披露しちゃいます!』
カンペも何もなしにここまでしゃべれるのは、確かに朝実の才能なのかもしれない。
さすが、思ったことをすぐに口にしてしまう後輩である。彼女のそれは場合によっては悪癖だが、こういうときは裏表がない、素直な本音としてよく響く。
目を見て話す一生懸命さが、周りにいる人間を惹きつける――
だからこそ部長に選ばれたのであろう朝実は。
それ以外は何も考えていないと言わんばかりに、これからやる曲の名前をコールした。
『では、「ディズニー・プリンセス・メドレー』です! お聞きください!』
叫んだ次期部長は急いでマイクを切って、自分の席に座る。そんな彼女と入れ替わるように、演奏はスタートした。
『ひとりぼっちの晩餐会』。メドレーを全部やると長いので、宣伝演奏のためにここだけ抜粋したのだ。
朝実の雰囲気に乗せられたのか、曲はどこかアップテンポで進んでいく。
歌うように繰り広げられるメロディーが、今はどこかスキップしているかのようだった。急ぎ足、駆け気味――そんなテンポに落ち着けと長めに合いの手を入れて、鍵太郎は苦笑いする。
こちらの音に反応して少し勢いを緩めたものの、発射したロケットは止まらない。
浅い息のまましゃべり続けるように、演奏は次の段階へなだれ込む。
それは脇目も振らず任されたことをやろうとする朝実そのもののようで、彼女とこの先の部活のことが、ちょっとだけ心配になった。
やり遂げようとする意思そのものは立派だが、どうにも粗削り感がすごい。
もうちょっと周りを見てくれれば、いいんだけどな――と、先日パンフレットの件で朝実がやらかしたことを思い出し、改めて生徒会のメンツに対して頭を下げたくなった。
叫ぶように主張する旋律は、そんな先輩の思いなど振り切って。
全てを巻き込み、進んでいく。
けれどもその熱量は、後輩が必死だからこそ出るものでもあった。
だからこそのこの演奏に、ひたむきな彼女の姿勢に、観客は心を動かされている。
それはそれでいいのだ。結果的にプラスになっているし、朝実のがんばりを否定するつもりはない。
ただ少しだけ余裕を持って、方向性も少しだけ変えてくれないかな――と、考えていたところで。
「――おや」
鍵太郎の視界に。
盛り上がる観客たちに紛れて、厳しい顔で舞台を見る、ひとりの女子生徒が入ってきた。
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