第404話 あのコンクールはなんだったのか
「というわけで
「無理ですー!」
「だよねえ」
コンクールが終わって、自分の学校に帰ってきてから。
大会が終わりました、さて今日から次の役員へ引き継ぎです――そんな風に言われて、はい分かりましたとは普通ならないだろう。
まして、この物事をはっきり言う後輩ならなおさらだ。まあ、だからこそ次期部長に選ばれたわけだが。
鍵太郎がそう思っていると、朝実は困ったように言ってくる。
「だって、次の学校祭ではOBOGの先輩たちも来るわけじゃないですか。わたし半分くらい、知らない人ばっかりですよ。少なくともそれに関しては、湊先輩に取りまとめをお願いしたいです」
「まあ、そっか」
次の学校祭のステージには、卒業した先輩たちもやってきて演奏をする。
それは鍵太郎が一年生だったときの三年生も含む。ということは朝実とは入れ替わり、彼女にとってはほぼ名前しか聞いたことのない人たちだ。
なら彼ら彼女らを直接知っている部員であり、今の部長でもある鍵太郎が取りまとめをするのは、当然の流れだろう。
ただでさえ部長という役職に慣れていない朝実である。余計な仕事を与えてしまっては混乱するだけだ。
そしてその動きはひいては、学校祭のステージの成功にも関わってくる。なら、その辺りのあれやこれやはこれまでどおり、こちらで手配した方がいい。
いきなり全部を任せるほど鬼ではない。
鬼といえば先代部長である鬼軍曹だが、彼女だってぎりぎりまで面倒をみてくれたような節がある。
そしてその前部長は先日突然、OBOG演奏に参加すると言ってきた。いったい、どういう風の吹き回しなのか――まあ、参加してくれる分にはいいのだけれども。
それを機に、続々と学校祭には人が集まりつつある。その全てを朝実に投げるわけにもいかない。
なんだか、急に状況が動いて頭が追い付いていかない。三年生の自分ですらそんな調子なのだから、この後輩はもっとそうだろう。
甘いものが食べたい。甘栗とかがいい。そう思って、鍵太郎がすっかり秋めいてきた空を眺めていると、朝実が言う。
「なんでみんなそうやって、すぐに次、次ってできるんですか。わたしにはまだ無理です。そんな早く切り替えなんてできません」
「……まあ、俺もそうだよ」
一生懸命やっているうちにいつの間にか季節は切り替わって、自分たちは浦島太郎のように置いてけぼりをくらっている。
先日の大会で少しばかり燃え尽きてしまって、今は休憩する時間なのかもしれない。けれど、学校祭は来月末。正味あと一か月ほどだ。
現実は、きみの成長を待ってくれるほど甘くないんだよ――そう、去年の今頃あの楽器屋に言われたことが脳裏をよぎる。
確かにそれは正しいと思う。だからこそ、自分たちはこの間のコンクールで夏を終えた。
けれども、それだけじゃなかった気がするのだ。
あの最後の夜。
打ちのめされて疲れ切っていた自分をもう一度走らせてくれたのは、そんな急き立てられるような感情ではなかった気がするのだ――そんなことを、うろこ雲をぼんやりと眺めて考えつつ。
鍵太郎は言う。
「そうだねえ。切り替えなんか、そんなすぐにできるわけないよな。だからさ――ゆっくりでいいよ。本番に向けてゆっくり、立て直していこう」
それは後輩に向けたセリフであり、自分に向けた言葉でもあった。
あのコンクールがなんだったのか。未だに自分の中でも整理できていない。
理想はバラバラに崩れてしまって、行き場を失った。
けれどもそれをもう一度立て直すくらいのことは、してもいいと思う。
「本当に大変だったよなあ。俺もそうだし、みんなもそうだと思う。だから別に、ひとりで全部をやろうとしなくていいんだ。どこかは、人に任せて――どこかは、自分でやってみて。そうやって本番までに、手分けしてまた違うものを作っていこう」
圧壊してしまったからこそ、新しいものを作り出すことができる。
元々あったものを、違った形に組み直すことができる――散ってしまったガレキを丁寧に拾い直すような気持ちで、鍵太郎は朝実の頭を撫でた。
この次期部長もいずれは独り立ちしなければならないが、今はまだその途中なのだ。
だったらその瞬間まで、自分は彼女に付き合おう――部長としても、先輩としても。
ギリギリまで、一緒にいたいと思うのだ。
最後まで。差し当たって、こちらのやることはOBOGとの連絡の取り合いだが――まあ、結局今までやってきたことと、あまり変わらないのだろう。
段々と後輩に譲り渡していくものはあるが、それもおいおい、だ。
そう思っていると、朝実が言う。
「そうですよ。だいたい卒業した先輩たちとの取りまとめって、ものすごく面倒じゃないですか。だからそーいうのは、先輩にお願いしたいんです」
「散々いい感じにしといて結局本音はそれかなー? んー?」
「ほっぺをつねるのはパワハラでふー」
撫でていた手を頬まで下げて、失言しか出てこない後輩の口を思い切り引っ張る。
部長としての仕事を引き継ぐというより、まずはこれの矯正が先な気がする。というわけで鍵太郎は今までどおり、朝実に笑顔でお説教をすることにした。
そんな普段どおりのことが、自分たちの時間を前に進めてくれると信じて。
今の部長と次の部長は、他愛のないやり取りを繰り広げる。
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そして、他にも自分たちの身にあったことを、すぐに噛み砕けない部員はいて――
「……結局、あのコンクールはなんだったのかしらね」
三年生の副部長、
栄光と恋。その全てをかけて臨んだあの舞台は、自分たちに何をもたらしたのか。
時間はないのかもしれない。そんな場合ではないのかもしれない。
けれども、次の舞台に向かうために――
「……私も。未だに情報が整理できていない。あのコンクールはなんだったのか――私たちは何を得て、何を失ったのか。現状の把握に付き合ってくれる? 千渡」
OBOGが来る前に。
最後が来る前に――自分たちの気持ちをもう一度、確認しなければならない。
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