第21幕 問題だらけのレギュラーメンバー
第284話 たかが部活、されど部活
「女子高と合同バンドとか、おまえマジでもげればいいのに」
チョコラスクを齧りながら、
先日のテーマパークでの本番。ゴールデンウィークにあったそれを終え、土産話と共にそれを渡した途端、これである。
確かに、女子高と一緒に活動する機会など、この野球部の友人にはないのだろうが。そう鍵太郎が思っていると、裕太は机に突っ伏して言う。
「あ~。おれも女子から応援されたいなー。そのためにも甲子園に行って、この学校にチアガール応援団を作らなくちゃー」
「高校球児が甲子園を目指す理由って、それでいいの? ねえ」
冗談か本気か分からない野球部キャプテンの物言いに、こちらも吹奏楽部の部長として突っ込みを入れる。
甲子園予選に吹奏楽コンクールと、お互い夏の大会を控えた身だ。
どう転ぶかは分からないが、そこに向けて力を尽くしたいというのはどちらも変わらないはずだ。まあ、どんな理由でも力になるなら、別に構わないのだろうけども。
仲間のためとか、どうしても勝ちたいからとか。
そういうお題目を真っ先に出してこないのが彼らしい。きっと部活でもこんな調子なんだろうな、と思っていると、裕太は「ま、それはともかく」と起き上がる。
「連休も終わって、そろそろ落ち着いてきたろ。で――分かったんじゃないか? 『誰がどのくらいできるか』って」
「……うん」
そう訊いてくる友人の眼光が、先ほどまでとは打って変わった鋭いものに変わっていて。
鍵太郎は、そんな野球部のキャプテンの言葉にうなずいた。
先日のテーマパークでの本番が終わった後に、こちらが考えていたこと。
それはもちろん、他の部活の代表者だって考えているはずなのだ。
例えば――吹奏楽部よりももっとはっきりとした『勝ち負け』が存在する、運動部の長などは。
「一年生が入ってある程度練習してきて、個々人の実力は大体掴めてきてる。その中から誰をレギュラーメンバーに選んで、誰を控えにするか。もうおおよその目星はついてるんだろ」
「……ついてる」
「ちなみに
ま、その方針には、おれも従わなくちゃならないんだけどな――と、それが自身のケジメだと言うように、裕太は苦笑した。
完全なる実力主義。
そこに容赦は一切ない。
結果が全て。できないやつはいらない。
そういう思考があることを、鍵太郎もこれまでの経験から、理解していた。
そしてこれからは、自分がそれを選ぶ立場にならなくてはいけないことも――
「……
それを考えながら、鍵太郎はコンクールの規定を口にした。
吹奏楽コンクールにはいくつかの部門が存在するが、川連第二高校が参加するのはその中の、高校B部門となる。
演奏人数、三十人以内。
それが絶対のルールだ。それを一名でも超えると失格になる。
いくら実力を示すことができても、そうなってしまっては意味がない。
そして、吹奏楽部には今、それ以上の人数がいた。
「大会には全員の名前を書類に書いて出すから、それまでにコンクールメンバーを決めないといけない。締め切りは六月の上旬。その頃までには……俺も結論を出す」
「ま、たまに何かのきっかけで、バカみたいに伸びるやつもいるからな」
おまえみたいに――と、裕太はこちらの表情をほぐすかのように、冗談じみた口調で言った。
そして彼は、同じ部活の代表として、そのまま続ける。
「なあ、湊。おれたちは『将』だ。プレイヤーであると同時に、チーム内での戦力分析も同時にしなくちゃならない。それは、当たり前のことなんだよ。おまえは悪くない」
「……うん」
「全員が納得できる形でのメンバー選びって、難しいよなあ。まあ、それがおまえの目指す基準なんだろうけどさ」
また、大変なところにチャレンジするよなあ、と野球部の友人はもう一人の部長を見て笑った。
明確な勝ち負けが存在し、それに沿った基準がある以上、運動部の方がある意味ではレギュラーメンバーを選びやすい。
そしてそれはひるがえせば、明確な判定基準のない文化部は、大会のメンバーを選びにくいということでもある。
よほど突出したものがない限り、一概に誰がいいとは言えない。
それぞれの考えがあり、正解がある。
そのことを承知した上で――鍵太郎は、口を開いた。
「……テーマパークでの演奏があるって題目で、一年生を多く入れたのは俺だ。だからそこは、俺が選ぶ」
それがこちらのケジメだ。
そう言い切った吹奏楽部の部長に対して、野球部のキャプテンはいつものように、笑って肩をすくめた。
「ま、あんまり肩ひじ張らずに、気楽にやろうぜ、気楽に。あーあ。お互いつまんねえことを話す立場になっちまったなあ」
「ありがとう、裕太。俺が迷ってるのを見て、あえて言いにくいことも言ってくれたんだろ」
「あ、それはこの土産のお礼ってことで」
そう言って裕太は、テーマパークの土産である、白と黒のチョコでコーティングされたラスクを振った。
夢を形にしたようなホワイトチョコレートに、現実を詰め込んだかのようなビターチョコレート。
その両方を、ガリッと齧って口の中に入れ――裕太は、笑って言う。
「たかが部活。されど部活。だったらみんなが納得するような形で、とことんまでやってみようじゃねーか」
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たかが部活、されど部活。
野球部の友人の言葉は、まさにその通りでもあった。
少なくとも自己紹介欄の『趣味』という項目に、『楽器演奏』と書くのに抵抗があるくらいには。
趣味と呼ぶには、あまりに自分のやりたいことは、心に根差しすぎている。
そして、それが育まれた場所の一つである、音楽準備室で――
「吹奏楽連盟の総会、ですか」
鍵太郎は部活の顧問である
これからそこに行くという本町は、部長に対して支度をしながら、うなずいてくる。
「ああ。毎年このくらいの時期にな、県の吹奏楽連盟での集まりがあるんだ。諸連絡とか、あとはコンクールの日程とか、色々話すことになる」
「へー」
あのテーマパークの職員も言っていたが、本当にそういった代表者たちの集まりがあるのだ。
『会場が爆破されない限り、コンクールはやります』――だったか。そんな大人たちの集まりに参加する先生を見ていると、本町はいたずらっぽく笑って言う。
「なんなら、おまえも来るか? 県内の吹奏楽部の、全顧問が集まるぞ。例えば
「結構です」
因縁浅からぬ相手の名前に、鍵太郎は半眼で応えた。
あの県内屈指の強豪校の指導者には、あまりどころか全くいい思い出がない。
一年生のときのコンクールで、リハーサル前に口論になりかけたことが脳裏をよぎる。あまりにも、こちらと主義主張が異なる相手。
そして、相手の言うことをまるで聞き入れようとしなかった大人。
絶対、あんな風になってやるものかと鍵太郎が意固地になっていると、顧問の先生は笑って言う。
「いやあ、今年は見ものだぞー。なにせ去年の東関東大会、宮園はついに県内トップの座から滑り落ちたからな。あんだけ威張り散らしてたあいつが、今日の総会で周りからどんな扱いをされるか、考えただけで笑えてくるわ。バーカバーカ、ざまあみろー!」
「あれ……? 俺一年生のとき、似たようなこと言って怒られたような気がするんだけどな……?」
本町の小学生のようなセリフに、高校三年生は本気で首を傾げた。
まあ、あのときの自分はあの強豪校の指導者に、半ば憎しみめいたものを持っていたのだ。それとこの先生の態度はだいぶ違うもののようだし、あまり気にしなくてもいいのかもしれない。
実際、本町は言うほどそちらには重みを置いていなかったようで、あっさりと元の調子に戻って言ってくる。
「ま、そんなわけで。今日の部活はアタシがいないけど、すまんがよろしくな」
「はい。いってらっしゃい」
そういった用事なら、この顧問の先生の領域だ。
部長のこちらは、言われた通り留守を預かることにしよう。そう思って、鍵太郎は部屋を出ていく本町を見送った。
上欠とは、できれば一生会いたくはないと思っている。
コンクールに出る理由。部員たちに対する姿勢。周囲への接し方。
そのどれもが、三年生になった今でも到底受け入れられない。二年前のあのときとはまた違った形になるだろうが、今話しても突っかかる自信がある。
自慢できるものではないが、そんなことを鍵太郎が考えていると。
同い年の
「……あれ? 先生は?」
「なんか、吹奏楽連盟の集まりがあるんだって。今日は俺らだけで練習しろとさ」
「そう」
それだけ言って、隣花はいそいそと棚に近づき、楽器を取り出す。
夢だ現実だと、二年生の後半からつい数日前まで、こちらと言い合い続けていた彼女であはるが――やはり、根本的に楽器を吹くのが好きなのだ。
たかが部活、されど部活。
ここには、自分たちの大切なものがたくさん詰まっている。先日の隣花の表情を思い出してそう思っていると、同い年は楽器を組み立てつつ訊いてくる。
「ねえ。湊、コンクールの楽譜っていつ届くの?」
「こないだ会議で決めた後、先生が頼んでたから、もうすぐ来るとは思うぞ」
大会で演奏する『プリマヴェーラ』は、隣花の吹くホルンもだいぶ目立つ曲だ。
なので、彼女としても早く練習したいのだろう。曲自体は音源があるので聞くことができるが、それと楽譜を見て実際に吹くのとは、また違っていたりする。
どんな譜面なんだろうな――と鍵太郎が考えていると、隣花に続いてどんどん部員が集まってきた。
顧問の先生はいないが、今日は自分たちだけで練習をしなくてはならない。さて、何をやろうか。全体での基礎合奏か、それともパートごとでの練習か。
目先を変えて、それ以前の楽器を吹くための準備体操をしてみても、楽しいかもしれない。身体が硬いと音も硬くなるものだ。
そう思いながら鍵太郎自身も、楽器を出していると――
ふいに、誰かとよく似たような、けれども知らない声がした。
「ああ、隣花。あなたまだ、こんなところにいたの」
その声の主は音楽準備室の扉、それを開けて立っている。
見たところ、四十代半ばといったところだろうか。すらりとした手足に、凛とした切れ長の目つき。
明らかに、知らない人間だった。
けれどもその全体的なシルエットは、自分の同い年とよく似ていて――
「……お母さん!?」
振り返れば片柳隣花は、今まで見たこともないほどの動揺した様子で、そう叫んでいた。
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