第265話 ギャルが来た!

 そして、吹奏楽部における最低音楽器、チューバに人が入った次の日――


「……入部希望、デスカ」


 湊鍵太郎みなとけんたろうは、思わずカタコトで入部希望の新入生を見た。

 カールした茶髪に、短いスカート。

 入学して間もないはずなのに、もういい感じに着崩している制服。

 さらに化粧もしているらしく、目力めぢからがすごい、その女子生徒は――


「ハーイ! フルート希望で一年の、赤坂智恵理あかさかちえりです! なんか楽しそうなことやってるなーって思って、混ぜてもらいにきました!」

「うわあ、なんかコミュ力高そうな子が来たあ!?」


 見た目通りのギャルギャルしい口調でそう言ってきて、鍵太郎は悲鳴をあげた。

 先日入部したあの一年生もそうだが、吹奏楽部というと団体行動が多いということもあってか、比較的真面目系の生徒が集まりやすい。

 この学校の吹奏楽部にも、そういった傾向はある。しかし目の前の女子生徒――赤坂智恵理は、まるでその逆を行っていた。

 なので慣れない人種にどう対応しようか、部長として、何より個人的な事情で鍵太郎は頭を抱える。どうにも彼女のようなキラキラした子には、気後れするというか苦手意識があるのだ。

 低音楽器という裏方を担当しているせいか、自分のような性格の人間とは馬が合わないのではないか、という先入観がどこかにある。

 地味さ加減で言ったら、こちとら魔法でいえば土魔法なのだ。対してあちらは、なんだか先の尖がった靴をナチュラルに履きこなしていそうなイメージがある。

 そんなこんなで頭の中の「ギャルが来た! ギャルが来た! Warning! Warning!」という警報音をどうにかこうにか押さえつつ、鍵太郎がどんな言葉をかけるべきか悩んでいると――

 横から打楽器の双子姉妹、越戸こえどゆかりと越戸みのりが、ひょいひょいっと顔を出してくる。


「あれー? 智恵理ちゃんだ」

「おや、うちの学校に入ったんだね」

「おっ、ゆーゆーにみのみのじゃないっスか。お久しーッス」

「ん? なんだおまえら、知り合いなのか」


 同い年たちと新入生が、意外なところで繋がっていた。

 一体どこで知り合ったのかは知らないが、世間は狭いなあと実感する。この二人のことだ。どこかで遊んでいるときに会ったとか、そういった関係なのかもしれない。

 そう考えていると、ゆかりとみのりは顔を見合わせ、思わぬことを言ってくる。


「んー。ていうか、湊もたぶん見てるはずだよ」

「そう。わたしたちがお囃子やってた、お祭りのときに」

「え?」


 二人の返答に、鍵太郎は智恵理に目を向けた。

 こんな目立つ人間を、果たしてどこで見ただろうか。

 お囃子――というと、振り返るに去年あのトロンボーンのアホの子と行った、夏祭りのことだろう。

 コンクールが終わった直後に、気分転換にと連れていかれた祭り。

 確かにあのとき、ゆかりとみのりは山車だしの上で太鼓を叩いていたはずだった。

 そしてその祭りは、練り歩く山車同士が祭囃子で対決するという、珍しいことをしていて――


「――って、あーっ!? あのときの金髪ギャル!!」

「あ、見ててくれたんスか? 光栄ッス☆」


 と、そこで一気に記憶と目の前の姿が重なって、鍵太郎は驚愕の叫びをあげた。

 そう、あのとき山車の上で、ゆかりとみのり相手に横笛で勝負をかけた金髪ギャル。

 それが、この赤坂智恵理だった。


「え……あれ、中学生だったの……?」

「そうだよー。化粧の力って恐ろしいよねー」

「女は化けるよねー」

「えー……?」


 同い年二人の実にあっさりした受け答えに、鍵太郎はむしろ顔を引きつらせた。

 いくら夏休みとはいえ、あの格好は弾けすぎだ。言われなければ気がつかなかっただろう。

 智恵理は純粋に照れているようだが、こっちとしてはそれどころではない。

 心配を通り越してもはや戦慄すら覚え始めたので、ゆかりとみのりを抱き込んで、三人でこっそり相談をする。


「……大丈夫なのか、あれ。うちの部活に入れて」

「うん? 大丈夫なんじゃない? そんなに問題ないと思うけど」

「お囃子隊でも人気の子だよ。何より、湊も見たでしょ? 智恵理ちゃん、超うまいよ」

「まあ、それはそうなんだけどさ……」


 二人の返答に、言い淀む。言われてみれば確かに、あの新一年生はゆかりとみのりに匹敵するほどの実力者なのだ。

 それはあのとき彼女の演奏を聞いた、自分自身がよく分かっている。甲高く突き抜けるよな横笛の音に、堂に入った節回し。智恵理のことをすぐに思い出せたのは、それだけ彼女の演奏が印象的だったからだ。

 むちゃくちゃ上手い。

 だけど、部活の中で一緒にやっていけるかと訊かれると、正直考えてしまう。

 いくら吹くのが上手くても、みなと馴染めなければただの悪目立ちだ。今までにないタイプの人間だけに、鍵太郎がその辺りの判断をしあぐねていると――智恵理はそんな先輩三人に、全く物怖じせず近寄ってきた。


「え、何スか何スか。みんなして何話してるんスか?」

「い、いや!? お囃子隊の子が、なんで吹奏楽部に来たんだろうなと思って!?」


 目を輝かせて訊いてくる一年生に、思わずそんな誤魔化しのセリフが出てしまう。

 こういう、グイグイくるところもちょっと苦手なんだよな――と思いつつも、彼女自身には特に悪気はなさそうなので、こっちの方が後ろめたくなってしまった。

 ともあれ、智恵理がどうしてこの部活に来たのかは気になるところなのだ。

 彼女くらいの腕になれば、吹く場所は他にもたくさん選べるはずだった。

 なのにどうして、わざわざここを選んだのか――そんな鍵太郎の問いに、新一年生はあっさりと答えてくる。


「『八木節』」

「へ?」

「昨日の放課後、やってたじゃないスか。それ聞いて、なんか楽しそうだなーと思って。あたしも混ぜてもらいたいなーと思って、こうやって来たんス」

「え、まさかのテーマパークじゃなく、民謡目当て……!?」

「そうだよー、智恵理ちゃんはそういう子なんだよ」

「じゃなきゃ、おじいちゃんおばあちゃんいっぱいの、お囃子隊なんて入ってないよー」

「ま、まあ、そうか……」


 ゆかりとみのりも補足で説明を入れてきて、それが至極真っ当なものだったので、鍵太郎は呆然としつつもうなずいた。

 てっきりこのノリから、今度演奏で行くテーマパークが目的なのだと思い込んでいたのだが、どうやらそうではないらしい。

 むしろ、この言い方からして彼女は、ひょっとしてこちら側に近いのではないか――そう思っていると。

 智恵理はキラキラした瞳の奥に火を灯し、そのまま続けてくる。


「あたしは、楽しいことはマジでやりたいんスよ」


 そう言い切った新一年生の目に、どこか見覚えがあって。

 鍵太郎は、智恵理のことをじっと見つめた。

 そう、それは彼女と同じくフルートを吹いていた、あのひとつ上の先輩も持っていた熱――


「お囃子も、ファッションも。やりたいことはとことんまでやった方が楽しいっしょ。最初は吹奏楽部ってなんかお硬そうだなーと思ってたんスけど、ここはそうでもないみたいだし。だったら、やってみよーって思って」


 そう言って笑う智恵理は、あの人とは似ても似つかないけれど。

 それでも同じ楽器のせいか、人種は違えど途方もなく突き抜けた『強さ』が伺えた。

 そういえばあの人とも、最初は全然分かり合えなくて――そこから本当に色々あってようやく話せるようになったのだ。

 この一年生とも、そうなるのだろうか。

 そう思って、鍵太郎がこれまで接してきたことのなかった、未知の存在を眺めていると。

 ゆかりとみのりが両サイドから、肩を叩いて言ってくる。


「大丈夫大丈夫。智恵理ちゃん、ちゃんと練習する子だから」

「平気平気。なんかあったらわたしたちも協力するし」

「あー……うん。そうだな」


 同い年二人にフォローされ、そんな自分に苦笑いをして、鍵太郎はうなずいた。

 人を見かけだけで判断してはいけないというが、この新入生は自分を表現する方法が、こちらと少し違っているだけの話なのだろう。

 それだけで、特に構える必要はない。

 考えてみればあれほどの演奏が、中途半端な練習でできるはずがないし――だったら楽しそうだから来た、なんて嬉しいことを言ってくれる新入生を、ここで追い返すわけにもいかないのだ。

 そう思ったら、やっと智恵理にちゃんと声をかけることができた。


「よろしく、赤坂さん。俺は部長の湊鍵太郎。お察しの通り、ここはそうそう上下関係も厳しいところではないし、そうしたくもないからさ。何か言いたいことがあったら、遠慮なく言ってくれ」

「はーい! どーもッス!」

「やったあ! 智恵理ちゃんと一緒にできるぞー!」

「これで今度の慰問演奏、百人力だね!」


 イエーイ! とハイタッチするお囃子組を見て、この三人が組んだら、確かにある意味無敵だろうなあと本気で思う。

 楽しいことはマジでやる、と豪語する人間がこうも顔をそろえたのだ。そう考えると、若干の不安はありつつも、心強い気がしないでもなかった。

 横笛をやっているということも相まって、智恵理にはフルートというより、もっと高音域のピッコロをやってもらいたい。

 どんな行動に出るか分からないので、先行きは全く未知数だが。

 これは案外、楽しいことになるのではないか――そう考えていると、後輩は言う。


「そういえばなんか、さっきこの人にものっすごい、覗きこまれてたような気がするんスけど。え、部長? 実は結構陰キャっスか?」

「うん。もしかしなくても陰キャだよ」

「だからわたしたちが、まとわりついて盛り上げてるんだよ」

「悪かったな!? どうせ俺は地味で目立たない方が落ち着く、暗い人間ですよ!?」


 さっそくこちらの予想外のことをされて、鍵太郎は叫び返した。こんな風に言いたいことを躊躇せずズバズバ言ってくるところも、あの先輩とどこか似ている。

 そして、考えすぎな自分とは正反対なのだ――そう思ってやっぱり頭を抱えていると、智恵理はそんな自分などおかまなしに、陽気に笑って言ってくる。


「ま、いいや。これからよろしくお願いしまーす、センパイ!」


 こうして、吹奏楽部における最低音楽器、チューバに人が入った次の日。

 こちらの予想もつかないほど高く高く突き抜けた、新一年生がやってきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る