第241話 生徒会の陰謀

「はえー、来年度の部活の予算会議ですか。先輩も大変ですねえ」


 と音楽室を出て行く湊鍵太郎みなとけんたろうに言ったのは、一年生の宮本朝実みやもとあさみだった。

 新学期早々、部活に顔を出すのもそこそこに、部活の予算会議に向かわなくてはならないのだ。

 楽器を持ったままきょとんとしている後輩に、鍵太郎は苦笑して言う。


「まあなー。でも部長になっちゃったからには、出ないわけにはいかないんだよ、こういうの」


 本当は自分だって、朝実と同じように楽器を吹いていたい。

 でも、今回ばかりはどうしようもないのだ。

 今日の会議は川連第二高校、全部活の部長が絶対に顔を出さなければいけないものなのだから。

 面倒だからといってサボるわけにもいかないのである。それに来年度の部活の予算は、顧問の先生が大筋を作ってくれていた。

 一度目を通したときはその金額の大きさにぎょっとしたものの、説明をされると流石に納得がいくものだった。

 だからそこまで、大変な会議にはならないはずだ。

 そう思っていると、今度は同い年の宝木咲耶たからぎさくやがうんうんとうなずきながら言ってくる。


「お金を稼ぐのは大変で、でも尊いことだと思うんだよ。うん」


 彼女は先日のアルバイトでまた何か一つ悟ったのか、こちらの心情を察してくれているようだった。

 初めての、全部長が顔を突き合せての会議。

 そして来年度の部活の未来がかかっていると言っても過言ではない、部費の確保――

 そんな鍵太郎の頭の片隅にあった不安とプレッシャーを振り払うように、咲耶は笑顔で声をかけてくる。


「だからこっちは任せておいて、湊くん。練習はきっちりやっておくから」

「ありがとう宝木さん。助かる」


 だったらそんな彼女たちのためにも、自分はやるべきことをやらなければならないのだろう。

 楽器を吹くのは、それからでも出来る。

 なら今は、自分にしかできないことをやればいい――鍵太郎がそう思っていると。

 朝実が何かを思いついた顔をして、こちらも笑顔で提案してくる。


「先輩先輩。会議だったらきっとメガネをしていった方が賢そうに見えて、有利だと思うんです!」



###



 一方その頃、生徒会室では――


「さあ、今日からがわたくしの、本当の出番! 無知蒙昧な大衆たちを、わたくしがこの手で導いていかねばなりませんわ! ほーっほっほっほっほ!」


 長い金髪をツインテールにし、青い目をした女子生徒が、高らかに笑い声を上げていた。

 彼女の名前は、アリシア=クリスティーヌ=ド=大光寺だいこうじ

 この川連第二高校の、生徒会長である。

 日本人とフランス人とのハーフであり、歴史ある家系に生まれた、れっきとしたお嬢様だ。

 比較的ユルい生徒の多い川連第二高校で生徒会長として立候補し、「言ってることは正しいから、まあいいか」というユルい理由で信任された、ある意味奇跡の存在だった。

 しかしその言に見合う判断力と、実行力があるのは確かである。

 彼女は金髪をひるがえし、傍らにいた女子生徒と、これから行う会議の話を始める。


「若松。言っておいた資料は準備できていて?」

「はい。ここに」


 そう答えた女子生徒は、アリシアとは対照的に黒髪黒瞳の、秘書のような人物だった。

 彼女もまた、生徒会役員――書記、若松知恵璃わかまつちえり

 アリシアに小さな頃から付き従い、「お嬢様を一人にしておくと、何をしでかすか分かりませんので」と言って役員に立候補し、当選した人物である。

 そんな主を尊敬しているのか貶しているのか分からない彼女だが、執事然としたうやうやしい態度は崩さず、アリシアへと書類を差し出す。


「来年度の予算案において、前年度を大幅にオーバーしていた部活――吹奏楽部と、野球部。そちらの部活と部長の資料は、こちらに」

「よくってよ。見せて頂戴」


 今回の会議においてはどの部活も前年度を上回る予算案を提出してきたものの、その中でも特に目に余るほどの金額を出してきたのが、この二つの部活だった。

 予算を削れとは言うつもりだったが、しかしそれを通すにはある程度、部活に対しての知識が必要な場合もある。

 何が必要で、何が必要でないか。

 それは当事者でなければ分からない。

 しかしそのことを理由にされて、こんなたわけた金額を承認するわけにもいかないのだ。

 なので彼女たちは、極秘裏にこの両部活の情報を探っていた。書類には加えて、部長二人のプロフィールと、顔写真も添付されている。

 主と同じものを見る知恵璃は淡々と、彼らの個人情報を読み上げる。


「野球部キャプテン――黒羽祐太くろばねゆうた。成績は中の上。部活でもクラスでも、派手な活躍はあまり聞くことができませんでした。プレイヤーとしての技術も、突出したものではありません。しかし優れた洞察力と的確な行動には定評があり、それを監督に買われ代表に選ばれたそうです」


 野球を始めたのは小学生のときから。

 小さな頃は両親の仕事の都合で転校が多く、状況に応じた立ち回りの上手さは、そこで培われたのではないか――などと。

 そんなプライバシーもへったくれもないことが記された書類をさらにめくり、知恵璃は続ける。


「そして吹奏楽部部長――湊鍵太郎。成績は上の中。こちらもあまり目立った功績はありません。中学までは野球部に所属しており、吹奏楽を始めたのもこの学校に入ってからです。ただ……去年の吹奏楽部の躍進には深く関わっているという情報もあり、部長に抜擢されたのはそれがあってのことと聞き及んでおります」


 女性ばかりの部活の中で、数々のやり取りを経て長となった知将。

 何でも、最近はメガネをお召しになることもあるとか――と部下が言ったところで、アリシアは書類を見つめながら言う。


「運動部と文化部、双方のゆうというわけですね。いいでしょう。相手にとって不足はありませんわ」

「そしてこの両名、小学生のときからのご学友ということです。一緒に組まれてこちらに楯突かれると、少々厄介かと」

「そうね、作戦としてはお互いを争わせ、予算を削り合わせる方向でいきましょう。勝手知ったる者同士、指摘もしやすいでしょうしね」


 特にこの、湊という庶民でしたら元野球部ということで、相手の予算のあらも見つけやすいでしょうし――などと。

 鍵太郎の写真を一瞥し、そしてその写真ごと書類をバサリと机に放り投げ、アリシアは言う。


「いい機会です。この学校の最高権力者は誰か。この学校において、ひざまずくべき存在は誰か。この初陣でもって、存分に思い知らせてさしあげますわ! ほーっほっほっほっほ!」


 そして――そんな高笑いをする主を見て、知恵璃はこっそり小さくため息をつき、ボソリとつぶやく。


「……これさえなければ、良き為政者でいらっしゃると思うのですが」



###



「……なあ湊。なんか今日、寒くね?」

「奇遇だな祐太。なんか俺も風邪は治ったはずなのに、背筋がゾクゾクする」


 生徒会室でそんな密談が繰り広げられているとは露知らず、鍵太郎と祐太は学校の大会議室にやってきていた。

 大きな部屋には机が四角く並べられており、そこには他にも各部活の部長たちが顔をそろえている。

 サッカー部、バスケットボール部、茶道部に書道部、写真部――などなど。

 全部活の部長が一堂に会するのは初めてだ。うちの学校、こんなに部活あったんだなあと思いつつ、鍵太郎は祐太と共に席に座った。


「ていうかおまえ、メガネかけるようになったんだ。なんかもう完全に、文化部男子って感じだな。すっかりヤサくなっちまって」

「うるせえ。まだおまえとキャッチボールしても、メガネ割らないくらいのことはできるわ。今度全力で投げに来い、絶対受け止めてやる」

「お、言ったな?」


 友人に言われて妙に気恥ずかしくなりながら、鍵太郎は祐太にそう言った。

 後輩からの指摘を受けてそれもそうかなと思い、メガネをかけてきたのだが、そういえば彼の前ではこの姿を見せたことがなかったのである。

 長い付き合いの友人にこれまでと違った姿を見られると、何だか落ち着かない気分にもなった。

 対して祐太といえば、特に気にした様子もなくいつものようにケラケラと笑っているが。

 そんなもう一人の部長をよそに、鍵太郎が机に置いてあった資料をペラペラめくっていると――会議室に、金髪ツインテールの女子生徒が入ってくる。


「お、生徒会長サマのお出ましだ」


 彼女の姿に、会場の誰もが襟を正した。

 ハーフということで否が応でも目立つ、その容姿。

 そして身にまとった、『上に立つ者』独特の雰囲気。

 アリシア=クリスティーヌ=ド=大光寺。

 伊達に生徒会長に選ばれたわけではない。

 彼女はここにいる全ての者の頂点に立つ器量、そして実力を持っているのだ。

 アリシアはそのまま教壇に上がり、全員揃っているのを確認してから――「大変結構」とうなずき、宣言してくる。


「みなさん、本日はお忙しい中お集まりいただき、ご苦労さまですわ。

 では早速――これから、来年度の部活動予算会議を始めさせていただきます」

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