川連二高吹奏楽部~ここがハーレムだと、いつから錯覚していた?

譜楽士

一年生~見習い魔法使いの歌

第1話 第0幕~ウェルカムコンサート~ようこそ、新入生諸君!!

 トランペットの音が聞こえる。


 野球の応援でよく聞いていた音に、思わず耳が反応した。

 音はどこから聞こえてくるのかわからない。それ以外にも、名前のわからないなにかの音が聞こえてくる。

 入学式も終わり、今日初めて顔を合わせたクラスメイトたちと最初のあいさつを済ませ、湊鍵太郎みなとけんたろうは教室を出た。

 少し、足が痛い。

 怪我が治ってから数ヶ月経っているはずだったが、時折痛むことがある。

 冬が寒かったせいだろう、これから暖かくなれば、そんなこともなくなるはずだ。たぶん。

 短い黒髪に、男子としては小柄な体躯。ほんの少しだけ右足を引きずって歩こうとすると、後ろから声をかけられる。


「おーい、みーなとー」


 振り返ると、同じ中学校出身の黒羽祐太くろばねゆうたがこちらに駆け寄ってきていた。小、中学校と同じ野球部に入っていて、ついには高校も同じところになった。腐れ縁というやつだ。


「一緒に帰ろうぜーい」


 人懐っこい笑顔で祐太が言ってくる。「いいよ」と軽く返事をして、二人で歩き出す。


「同じクラスになれて、よかったなー。周りはまだ知らねえやつらばっかだし、湊がいれば心強いや。なあなあ湊、駅のファーストフード店に、すっげえかわいい店員さんいるんだって。ちょっと行ってみようぜ」

「おまえのそのよーくしゃべる口があれば、大抵のやつとはうまくいくと思うんだけどな……」


 相変わらずよく回る口だと感心する。野球部時代はムードメーカーとして活躍していた祐太だ。


「んー? 別になんも考えずにしゃべってるだけなんだけどな。まあいいや。行こうぜ行こうぜ」

「あいよ」


 川連第二高校。

 よくある田舎の、普通科の進学校だ。

 これといって特色はなく、これといって強い部活もない。

 学力ランクは中の上といったところで、普通にがんばって勉強してたら普通に受かりました、という生徒が多い。なので学力にガツガツしている生徒が少なく、穏やかでアットホームな雰囲気が校風、と学校のパンフレットにも書かれるくらいの、のんびりした学校だ。

 ただそんな学校でも、入学当初ともなればざわついている。緊張と高揚でひしめきあう廊下。真新しいブレザーを着た一年生たちが、さっそく仲良くなった子と話しながら笑っている。

 トランペットの音が大きくなったような気がする。音に近付いているのだろうか?


「そういやさ、湊、どの部活入るんだ?」


 ふいに、祐太が訊いてきた。ぼーっとしながら歩いていた鍵太郎は不意をつかれて立ち止まり、祐太を見る。


「部活?」

「そ。部活。なんか入っといたほうが、きっと楽しいんじゃねえかな」

「そう、かな」

「野球部は? もう、野球やらねえの?」


 ずばり、と。

 友人が口にしたので、一瞬鍵太郎は言葉に詰まった。

 心のどこかがざくりとくる台詞だったが、彼に悪気はない。それこそ、変に気を遣って言われるよりはいい。


「……野球は、もういいよ」

「そうなのか?」

「いいんだよ」


 右脚が痛い。これでは、もう前みたいには走れない。

 だから、もういい。


「ふーん、そっか。まあ、湊がそう言うなら、無理にとは言わないけどさ」


 じゃあおれはどこに入ろっかな、と祐太は頭の後ろで手を組んで言った。話の矛先が変わって、鍵太郎はなんとなくほっとする。


 そのとき。

 衝撃波に襲われた。


 びっくりして祐太が鞄を落とす。その衝撃波は正面から――昇降口の外からやってきている。

 初めはなんだかわからなかったが、それは大音量の音楽だ。前触れもなしにいきなり聞かされると、音というのはもはや衝撃にしか感じないらしい。

 鍵太郎と祐太は顔を見合わせ、昇降口へと向かった。



###



 昇降口の外では、吹奏楽部が新入生勧誘のための演奏をしていた。先程から聞こえてきていたトランペットは、これの音出しだったらしい。

 曲は野球の応援でよく聞いた、『タッチ』だ。


「うひゃー。すげえ迫力だな」


 祐太が楽しそうにそう言った。吹奏楽部員たちは野球応援のときとはまた違って、扇形に展開している。指揮に合わせて色々な楽器が演奏をしていた。

 それを指差して、祐太が言う。


「なあ湊、あれなんだっけ? ブラバン? 吹奏楽部?」

「さあ? 同じじゃないのか?」

「入ってみたら?」

「はぁ!?」


 軽々しく進めてくる友人を、驚いて見やる。


「だって楽しそうじゃん。あれ、なんだっけ? トランペット?」


 と言いながら祐太が指差したのは、実はトランペットではなくトロンボーンだったりするのだが――今の二人には間違いに気づく知識もない。それほどの、完全なる初心者である。

 戸惑う鍵太郎に、祐太はそのまま続けた。


「な? テレビなんかでもよく番組やってんじゃん、吹奏楽部ってさ。野球やんないんだったら、音楽とかはどうなんだ?」

「いや、いきなりどうとか言われても……」

「ほら、あそこの看板に『初心者大歓迎!!』って書いてあるぜ」


 つられて見れば、カラフルに塗られた看板には確かに、そんなことが書いてある。そして演奏者たちを見渡すと――


「……なんか、女子ばっかだな」

「だな」


 部員は二十人はいるだろうか。さすがにその中に一人で入っていくのは、気が引けた。

 いや、一人だけ男子生徒がいる。奥のほうでドラムを叩いている、ツンツン頭にメガネの人物だ。


「お。ほんとだ。いるな男の先輩。いやー、あんだけ女子ばっかの中一人だと、モテんじゃね?」

「そうかなー……?」


 姉がいる鍵太郎は素直にはそう思えなかったが、普通はそう見えるらしい。そこで曲は一番が終わり、二番に入った。

 文化系の部活に男子が少ない理由はいくつか挙げられるだろうが、その中の理由の一つが『恥ずかしいから』だ。

 中学まで運動部に入っていた者ならば、余計そんな風に思う。高校生になって運動部に入らずに文化部に行くというのは、「自分はもう、運動部の厳しい練習には体力的についていけないので脱落します」と宣言しているようなものなのだ。

 実際は決してそんなことはないのだけれども、思春期の男子は色々と繊細なのである。

 そしてそんな例に漏れず――鍵太郎も、文化部はちょっとなあ、と思ったところで。

 二番に入って疲れからか、勢いが減じてきた。テンポが悪くなって、音が濁る。

 ああ、そりゃあんだけ吹いてりゃ疲れるんだろうな、と冷めた気持ちで眺めていると、ドラムを叩いていた男子生徒が、ちらりと管楽器のほうを見た。

 その視線に応えたのは、トランペットの――ステージ中央にいる、ファーストと呼ばれる花形のポジションにいる女子生徒だ。

 彼女は不敵に微笑むと、ぐっ――とベルを上げて、音を振り絞る。


「うお……っ!?」


 とたん、突き刺すような音が鍵太郎を貫いた。その音を受けて、ガタガタしていた合奏が、息を吹き返す。

 譜面にかじりついていた部員が、はっと気付いたように自分の旋律を奏で始め、苦しげだったベースラインが弾むようにビートを刻む。

 気がつけば曲はあと少しで――全員が同じリズムを刻んで吹き上がったところで、鍵太郎は我に返った。

 おー、と周囲から歓声があがり、まばらながらも拍手が上がる。

 つられて鍵太郎と祐太も拍手していると、「じゃ、もう一曲行くかんなー」と指揮をしていた女性顧問が言った。その言葉に、照れくさそうな顔をしていた部員たちの顔が引き締まる。

 ばっと楽器を構えた様子は、文化部という括りにありながら、精悍ささえあった。

 指揮棒が下り、ドラムがビートを刻み始める。これもかなりテンポが速い。


「お、ワンピだ」


 イントロで気付いた祐太が声をあげる。鍵太郎も聞いたことがあるこの曲は、某有名アニメのオープニング曲、『ウィーアー』だ。

 先程よりギャラリーの反応がいいのは、世代的にもこのほうが馴染みがあるからだろう。足を止めて聞く生徒が多くなった。

 切りのいいところで去るつもりだったが、結局二人は、最後まで演奏を聞いていた。



###



「かっこよかったなー」 


 駅のファーストフード店で、祐太はコーラを飲みながらそう言った。「だな」とバニラシェーキを飲みながら鍵太郎もうなずく。


「なーんか、テレビとか見てると堅っ苦しい曲ばっかりやってるようなイメージだったけどなー。ああいうのもやるんだな。知らなかった」

「祐太、吹奏楽部入るの?」


 鍵太郎の問いに祐太は首を傾げて、「うーん。わかんね」と言った。


「意外とアリかなとは思ったなー。女子がいっぱいだっていうのも外せない」

「そこなのかよ……」

「重要じゃない?」


 冗談なのか本気なのか分からなかったので、鍵太郎はため息をついて返答しないことにした。


「祐太が入るっていうんなら、俺もやってみようかな」

「お。マジで?」

「少なくとも、あの中に男一人で突貫する気にはなれない……」

「そっかそっか。じゃあ明日、部活の見学行ってみようぜ!」

「おーう」

「おーう」


 なんとなく二人とも上機嫌で、軽く握りこぶしなんてあげてみる。

 こんな楽しい気分になれるなら、楽器をやるのも悪くない――そんな風に思った。

 思い返せばこのときは、足が痛いことも忘れていた。

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