第51話 スイカ畑
交通事故を起こしてしまった。
と言っても、ひいたのは猫だ。
なれない田舎道をナビを見ながら走っていたから、急にとびだしてきた猫に気づかなかったのだ。
文緒は悪いことをしたと思ったが、もう死んでしまっているので、どうしようもない。
道脇は畑のようだった。大きなスイカがたくさん実っている。
文緒はそこに猫の死体を置いて立ち去った。
数日後。
文緒はまたそのあたりに向かった。
じつは老齢の祖母のぐあいが悪く、週末にようすを見に行っていた。祖父とは若いころに離婚しているので、祖母は一人暮らしだ。子どものころにとても可愛がってくれたので、できるだけ会いに行きたい。同じ県内に住んでいるため車でなら一時間もかからない。
「おばあちゃん。来たよ」
「ああ、文緒。いらっしゃい」
「かわりはない?」
「今日は調子がいいみたいだよ。せっかく来てくれたんだから、ゆっくり休んでいっておくれ。スイカでも食べるかい? 今朝、畑からとってきたばっかりのやつだよ。井戸水で冷やしてあるからね」
畑、スイカと聞いて、文緒は先週のことを思いだした。とたんに気分が悪くなる。だが、祖母の厚意だ。断るのもすまない気がした。
「あっ、うん」とあいまいに返事をにごしているうちに、祖母は奥の台所から大きなスイカをまな板に載せて丸ごと持ってきた。
「うわっ。そんなにたくさん食べられないよ」
「今、これしかないんだよ。どっちみち、切らないといけないから」
「そう?」
「好きなだけ食べればいいよ。残りは冷蔵庫に入れとくからね」
しかたなく、スイカをご馳走になることにした。
縁側にまな板を置いて、祖母は大きな菜切り包丁をスイカにさしこむ。
ザクザクザク——
タン!
スイカが半分に割られた。
赤い汁がタラリとまな板にこぼれる。
輪切りになったスイカを見て、文緒はわッと悲鳴をあげた。
一瞬、赤いはずのスイカの果肉が真っ黒に見えた。闇にまぎれる黒猫が血を流して丸くなっているように……。
「あら、どうしたんだねぇ。急に大きな声を出して」
祖母に言われて我に返った。
見ると、猫はいなくなっていた。
ただ果肉の表面にやけにたくさんの種がならんでいて、それがパッと見、猫の形に似ていただけだ。
(なんだ。見間違いだ。猫をひいて悪かったと思うから、そんな錯覚を起こしたんだな)
文緒は安心してスイカにかぶりついた。
*
お土産にスイカを丸ごと一個もらって、文緒は帰途についた。
アパートに帰ると、冷蔵庫に入れるために、さっそくスイカを半分に切った。血みどろの男が、無念げな顔で白目をむいていた。
文緒は尻もちをついた。
ふるえあがって声も出ない。
ぼうぜんとしているうちに、いつのまにか老人の顔は消えていた。
*
半年後、祖母が亡くなった。
祖母の家には住む人がいなくなったので、更地にして売りに出そうという話になった。
スイカ畑をほりおこすと、古い人骨が出てきた。かたわらによりそうような、小さな猫の骨とともに……。
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