第29話 案山子



 田んぼのまんなかにですね。

 案山子かかしが立っていたんですよ。ずいぶん大きかったですね。

 変だなぁと思いましたよ。

 だってさ、お客さん。

 案山子って見たことあります?

 ない? 都会の人は今どき案山子なんて見たことないかぁ。

 いやね、案山子ってのは、たいてい田んぼの脇のあぜ道とかね、田んぼと空き地の境とか、まあそんなとこに立ってるもんなんですよ。田んぼのなかにあったらジャマじゃないですか。

 私の実家は田舎にあったからねぇ。案山子なんか、そのへんにいくらでもあったよ。


 え? 案山子の話はいいから急いでくれ? 道が違う気がするって?

 そんなこたないですよ。

 何年、タクシーの運転手してると思ってるんですか。


 それにしてもあの案山子は変なやつだったなぁ。

 気になるんで近寄ってみたんですわ。

 そしたら、そいつ、動いてるんですよね。ビクッ、ビクッってケイレンするみたいにね。

 いやぁ、怖くて走って逃げました。

 なんだったんですかね? アレ。


 えっ? 田んぼ? まわりに田んぼが見えるって? そりゃそうですよ。お客さん。もうすぐつきますんで。

 どこへって?

 やだな。だから案山子ですよ。案山子がいるんでね。

 見てやってくださいよ。

 ほら、つきました。ここですわ。




 *


 タクシーは田んぼのまんなかに停車した。


「こんなとこにおろされても困るんだよ。ここ、どこなんだ? 町まで戻ってくれ」


 文緒は文句を言ったが、そのときにはタクシーの運転手は消えていた。

 それどころか、タクシーも見あたらない。

 田んぼのまんなかに一人で放置されてしまった。


 途方に暮れていると、目の前に大きな案山子が立っていた。

 運転手が話していたとおり、田んぼのなかで両手をブラブラさせていた。

 ビクン、ビクンとケイレンするような動きをたまにする。

 なんだか怖くなったものの、気になって近づいていった。


 文緒はそれを見て悲鳴をあげた。

 案山子じゃない。

 人間だ。

 折れたバンパーが胸につきささり、それを軸にして立っている。

 その顔は、さっきのタクシーの……。

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