第2話 ハラール



 職場に外国籍の先輩がいた。

 とても日本語が流暢りゅうちょうで、日本の慣習も熟知しているため、一見すると、そうとは見えない。

 優しく面倒見もよく、とても頼れる先輩だ。


 ただ、一つだけ一般人とは違うところがある。先輩は肉を食べない。最初はベジタリアンだろうと思っていた。だが、革製品はふつうに使うし、毛皮の飾りのついたコートを着たりもする。

 たしか、本格的なベジタリアンの人は、食べ物だけじゃなく、服や持ち物にも動物性のものを使用しない。


「先輩って、ベジタリアンなんですか?」


 あるとき、いっしょに飲みに行く機会があったので、試しに聞いてみた。

 すると、こんな答えが返ってきた。


「いや、おれのはベジタリアンってうより、ハラールって知ってるか?」


「えーと、ヒンドゥー教とかイスラム教の人が食べても大丈夫な料理……ですっけ? 宗教上の理由で食べられない肉があるんですよね」


「そう。それ」

「先輩って、イスラム教なんですか?」

「違うけどね。まあ、そんなようなものかな。親の教えで食っちゃいけない肉があるんだ。牛、豚、鳥はみんなダメ」

「ふうん」


 やっぱり外国の人には、日本とは違う風習があるんだなと思った。


 その帰り道でのことだ。

 駅への近道になるので、ビルとビルのすきまを通った。

 汚い路地裏に箱に入ったビール瓶やゴミ箱が、無造作に置かれている。

 街灯もほとんどなく暗い。


 すると、ふいに目の前を黒い影がよこぎった。ネズミか猫かイタチか、なんかそんなものだ。


 まあ、ネズミにとっては、かっこうの餌場だ。人間の食い残しであふれている。見れば、あっちにもこっちにも、ゴミ箱のまわりにウロついている。


 とつぜん、大きな影がネズミに襲いかかった。一瞬後、キイキイ鳴きさわぐネズミの断末魔の鳴き声が響いた。


 大きな影は人の形をしている。

 くるりと、影がふりむいた。

 先輩が口のまわりを真っ赤にして笑ってる。


「ごめん。ごめん。あんな話したから、急に肉が食いたくなった。ネズミはオッケーな肉だから」


「…………」


「でも、一番うまい肉は……」


 先輩の目が、ねっとりと文緒を見つめてくる。

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