第34話 順序数 超限帰納法

「とりあえず、浴槽にお湯張ってくるね。第三問、もし考える余力があったら考えてみて」

湾は一応第三問を見る


第三問

(ω×2+3)×(ω+1)


とりあえず、直積(ω×2+3)✕(ω+1)の表でも作ろう。


(ω×2+3)✕(ω+1)={

(0,0),(1,0),…,(ω,0),(ω+1,0),…,

  (ω×2,0),(ω×2+1,0),(ω×2+2,0)

(0,1),(1,1),…,(ω,1),(ω+1,1),…,

  (ω×2,1),(ω×2+1,1),(ω×2+2,1)

(0,ω),(1,ω),…,(ω,ω),(ω+1,ω),…,

  (ω×2,ω),(ω×2+1,ω),(ω×2+2,ω)

}


「お、いい感じに書けてるね。で、湾の予想としては、いくつになりそう?」

藍はノートを覗き込んで言う。

「予想では…、ちょっと待ってね」

湾はノートにメモをしながら考える。


G((0,ω))=ω×ω

G((ω,ω))=ω×ω+ω

G((ω×2,ω))=ω×ω+ω×2

G((ω×2+2,ω))=ω×ω+ω×2+2


「うん、おそらく、こうなると思うよ」


(ω×2+3)×(ω+1)=ω×ω+ω×2+3


「それであってる」

「でも、やっぱり厳密な感じはしないよね。とはいえいちいちやっていたら一晩中かかりそうだし。なにか、こう、いい感じの公式とかないのかな」

「順序数の和と積には結合法則と右分配法則が成り立つ。つまり以下の三つが成り立つ」


∀α,β,γ∈ON


α+(β+γ)=(α+β)+γ


α×(β×γ)=(α×β)×γ


α×(β+γ)=(α×β)+(α×γ)


「これを使うと、(ω×2+3)×(ω+1)はそれなりに簡単に計算できるね。つまり、こう」


(ω×2+3)×(ω+1)

=(ω×2+3)×ω+(ω×2+3)×1


「そして、順序数の積には次の式が成り立つ」


α∈ON∧βが0でない極限順序数

α×β=sup{α×γ|γ∈β}


「supってなに?」

「上限のことで、この値を上回らない、というようなもののうち最小のもの。よく知っている例では、こうだね」


sup{0.9, 0.99, 0.999, 0.9999, …}=1


「あれ、これってあのε-N論法のときにやったやつと関連ある?」

「そう。とても関連がある。とりあえず、これを使うと、さっきの式の左側がω×ωになることがわかって、こう計算できる」


(ω×2+3)×ω+(ω×2+3)×1

=ω×ω+ω×2+3


「あ、一致したね。でもさ、順序数って交換法則成り立たないでしょ」

「そうだね」

「ってことは、結合法則も分配法則も怪しいよね」

「その通りだね」

「これは証明できるもの?」

「できる」

「どうやって?」

「いきなり証明するのは難しいな、まずは超限帰納法をやろう」

「なんかまたごつい名前が出てきたな」

「超限帰納法自体はそんな難しいものじゃないよ」


このとき、ビーーと鳴ってなってお湯の音が止む。


「お風呂沸いたみたいだけどどうする?超限帰納法やってから入る?」

「そんな簡単にできるもの?」

「うん」


藍はノートにさっと書く。


(A,≺)を整列集合とする。P(x)を任意のAの要素xで定義された述語とする。

このとき、次が成り立つ。


∀x,y∈A((y≺x→P(y))→P(x))→∀z∈A(P(z))


「ええと、"ならば"が多すぎる」

「日本語に直せるかい?」

「えっとね」


すべてのAの要素xとyに対し、

yがx未満ならばP(y)が成り立つ

ならばP(x)が成り立つ、ならば

全てのAの要素zに対してP(z)が成り立つ


「ちょっと脳が理解を拒んでくる」

「言ってること自体はそんなに難しくない。簡単に説明すると、


どんなAの要素xを選んでも、

それ未満で成り立つならxでも成り立つ

という条件を満たすならば、A全体でPは成り立つ


ということ。図にするとこうかな」

藍はノートに図を書く。


例:

Aを①から⑤までの集合とする。


①②③④⑤


①未満で成り立つなら①も成り立つ、すなわち無条件に①が成り立つ


①②③④⑤

┘☆


②未満の要素、すなわち①で成り立つなら②も成り立つ


①②③④⑤

─┘☆


③未満の要素、すなわち①②で成り立つなら③も成り立つ


①②③④⑤

──┘☆


④未満の要素、すなわち①②③で成り立つなら④も成り立つ


①②③④⑤

───┘☆


⑤未満の要素、すなわち①②③④で成り立つなら⑤も成り立つ


「このように、自身未満の要素について成り立つなら自分もなりたつ、ということが証明できれば、全体でも成り立つ、というのが超限帰納法。数学的帰納法は、0について成り立ち、自身が成り立てば自身の次の数も成り立つ、ということが証明できれば、自然数全体で成り立つ。順々に考えているという点では似ているね」

「超限帰納法は、整列集合だったらなんでもいいってこと?たとえばω×ωとか」

「そう。整列集合だったらなんでもいい、すなわち、順序数にだったらいつでも使える議論だから、順序数を考えるときにはとても便利だ」

一呼吸おいてから藍は続ける。


「今からお風呂にはいって頭をリフレッシュしたら、まず超限帰納法の証明をやろう。それから、結合法則と左分配法則を証明する。最後に冪乗の定義をしたいところかな。それを目標に今晩は頑張ろう」

「よし」


二人はいったんノートを閉じて、お風呂の準備をする。

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