SF in my room
海月大和
第1話 ファーストコンタクト
大学の講義の合間、ぽっかりと隙間の空いた時間帯。
一時間半ほどの自由時間を利用して、僕は軽い用事を済ませることにした。
講義棟から吐き出されてくる人の群れの中を泳いで構内から抜け出し、目的地への道を進む。
平日の昼下がり。人通りはそれなり。
大学付近は背の高い建物が少ないので日差しが直に注がれる。夏はしんどいが、秋が近づき、涼しくなってきた今の季節にはちょうど良かった。
歩きなれた道を適当に選んで歩く。自転車があれば楽だったのにな、とちらりと思った。まあ、今朝見たらサドルを逆向きにされ、なおかつ接着剤で固定されていたのだから、仕方がないといえば仕方がない。
誰の仕業か知らないが、暇な奴もいるものだ。人によっては「何してくれとんじゃーい!」と激怒するのだろう。しかし、大学まで徒歩十分のアパートに住む僕には些細な問題だった。
しばらく歩いて、そろそろ目的地が見えてくるだろうというときだ。僕は奇妙なものを見つけた。
小学生くらいの子供が道端に立っている。まあそれだけなら別にどうということもない。がしかし、どうにも格好が普通ではなかった。
フード付きのつなぎを着たその子はフードを目深に被り、つなぎのポケットに両手を突っ込んでいる。子供が被るフードには猫のような耳がくっ付いていた。腰の下辺りからは、シッポらしきものも生えている。
さらに奇妙なことに、その子供は首から文字の書かれた板切れを提げていた。板切れには、子供が書いたにしては妙に綺麗なひらがなで、
『ひろってください』
そう書かれていた。
「ねぇねぇそこの人。拾っておくれよ」
いかにも生意気そうで、それでいて年相応にぶっきらぼうな声が誰かを呼び止める。
平日の昼下がり。
それなりにあったはずの人通りは、いつの間にか途切れていた。
「クール」 「冷静」 「無表情」 「動じない」
僕の代名詞を挙げるとしたら、まあこんなところだろう。まだまだあるにはあるけれど、どれも似たようなものなのでこれ以上並べる意味もない。
さて、それを踏まえてこの状況を鑑みるに、僕の特性は今このときをもって最大限に発揮され得るんじゃないかと思う。
端的に言えば聞こえないフリ。ややこしく言えば強固な意志による徹底したシカトだ。僕は僕の直感に従って、この子供には一切関わらないことを決めた。
目を合わせないように、さも「呼ばれたことになんて気付いていませんよ」という風に、僕は子供の前を通り過ぎる。
「お~い、そこのお兄さん」
と、再び声が届いた。呼び止める対象範囲がちょっと狭まったが、そんなことは関係ない。なんせ僕の動じなさ加減は『悪戯する奴のことごとくが反応の薄さに飽きる』レベルに達しているのだから。
そのまま振り向かずに歩き続ける。曲がり角に差し掛かるまで、背中越しに視線が注がれはしたものの、三度声が掛かることもなく僕は目的地へと辿り着くことができた。
もちろん、帰り道は別のルートを選んだ。
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