水鏡

櫻井 理人

悔い

 慶応けいおう四(一八六八)年五月、江戸の千駄ヶ谷せんだがや


「皆……今頃どうしているかな」


 そう呟いた青年は、庭に面した一室で横になっていた。

 部屋には布団の他、枕元には一振りの刀と、ほんのわずかな調度品が置いてあるだけ。対して、庭には盆栽がいくつも置かれており、木々が生い茂る。青年のいる部屋からは、塀の外の様子をうかがい知ることはできない。

 青年は、懐から一枚の紙を取り出した。


「差し向かう……心は清き――」

沖田おきたさん?」


 家主に「沖田」と呼ばれた青年は、慌てて紙を懐にしまった。


「起きられましたか。朝食をお持ちしますね」

「……ありがとう。あの、先生から手紙は届いていないですか?」

「いや……届いていないですね」

「……そうですか」

「便りがないのは元気な証拠でしょう。きっと、皆さん立派に活躍されていますよ。医者の言うことを聞いて、安静にしていれば……あなたもきっと彼らと再会できるはずです」

「……はい」


 沖田は静かに頷いた。

 家主がいなくなった後、彼は懐にしまった紙を再び取り出す。


「こんなのが見つかったら、きっとこの人に迷惑をかけてしまうから……危険を承知で、政府から私をかくまってくれているのに」


 それから、沖田は静かに目を閉じた。


「――行き、たかった。先生やと、一緒に……」

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