ShortStory 2 「2人だけの時間 後編」






   ShortStory 2 「2人だけの時間 後編」






 「蛍はどうだった?」



 蛍に会いに行いって帰宅すると、椋はすでに帰宅していた。この日は夜勤だったため朝方に帰ってきて、仮眠をとったようだった。花霞に温かいジャスミンティーを出してくれた。



 「あ、うん………元気そうだったよ」



 蛍に言われた事をすぐに告げる勇気もなく、花霞はそう言葉を濁した。だが、椋はそれに気づかずに話を始めてくれてのだ、花霞は内心で安堵した。



 「蛍は警察の助けもしてくれてる。まぁ、俺の後輩曰く、「嫌々言いながらも結局やってくれる、ツンデレみたいだ」って言ってたけどな」

 「そうなんだ。蛍くん、頑張ってるんだね」

 「あぁ。それで刑が軽くなる事はないだろうが、それでも警察の中であいつの実力を認めている者が多くなっているのは事実だからな。出てきた時に、警察の内部で働けるというのは大きいだろう」

 「うん………遥斗さんと蛍くん自身が頑張って獲た居場所だよね」

 「あぁ、そうだな」



 蛍の事を想うと胸が痛くなる事もあった。

 だが、今では彼の笑顔を見ると、こちらが元気を貰ってしまう。だからこそ、あんな相談をしてしまったのだろう。彼の未来はどうなるのかまだわからない。けれど、蛍ならば大丈夫。そう思えるのだ。

 花霞は柔らかい微笑みを浮かべながら、カフェインなしのジャスミンティーを口に含んだ。



 「そうだ。次の休みは、俺も病院に一緒にいくよ」

 「嬉しいけど、仕事お休みになったの?」

 「いや、夜勤明けだけどいいさ。それに気になるだろ?」

 「そうだけど……無理しなくてもいいよ?」

 「大丈夫だよ。俺も男の子か女の子か見てみたいし」

 「わかった。じゃあ、一緒に行こう」



 花霞は苦笑しながらも、彼と一緒に居れる時間が増えた事に喜びを隠さなかった。

 前回の検診で、「次に来るときは性別がわかるかもしれないですね」と言われていたのだ。お腹の赤ちゃんは順調に成長しており、お医者様からも「大きくなりましたね」と言われて、一安心していた頃だった。

 性別がわかる事は、2人にとっても大きな出来事になる。どちらでも嬉しいけれど、やはり気になるものは気になるのだ。



 「ねぇ……椋さん。もしよかったら、検診の後にどこかに出掛けない?疲れているときはいいんだけど……」



 最近はデートもしていなかったので、2人でとごかに出掛けたいとずっと思っていた。

 ただ手を繋いで歩くだけでもいい。

 椋との時間を恋人のように過ごしたかったのだ。もう夫婦なのだから愛し合っているのはわかっているし、彼が大切にしてくれているも知っている。けれど、2人だけの特別な時間が欲しかった。



 「俺は大丈夫だけど………花霞は大切な時期だなら無理しない方がいいだろ?」

 「…………私は椋さんとデートしたいだけだよ………」

 「花霞?」



 いつもなら笑顔で「そうだね」と言える場面のはずだ。それなのに、今日は違った。

 椋の言葉に傷つき、大切にされているのに、切なくなってしまったのだ。

 花霞は俯いて呟いてしまったので、彼に言葉は伝わってはいなかった。



 「ごめんなさい……汗かいたからお風呂入ってくる」

 「おいっ!どうしたんだ?」



 花霞は椋の言葉を無視して、リビングから逃げんように早足で去っていった。

 脱衣所に行くと、瞳から少しだけ涙がこぼれた。



 「こんな我が儘で甘えん坊なお母さんでごめんね」



 少し大きくなったお腹をさすりながら花霞は小さくまだ見ぬ赤ちゃんに話しかけた。

 自分の子どもは夢であったし、大切な人との赤ちゃんは今でも十分に可愛くて愛おしい。

 それなのに、椋の愛情が全て赤ちゃんに行ってしまうのが、堪らなく悲しかった。大人げないし、こんな事で立派な母親になれるのかと不安にもなってしまう。

 椋の些細な言葉でショックを受け涙してしまうほど、今はナイーブになっているのかもしれない。


 それでも、自分の気持ちに納得出来ずに、花霞はため息をついたのだった。



 風呂場に行くと、彼が準備していてくれたのかお風呂が沸かしてあった。ここまで先を見て心配をしてくれているのに、あんな事で怒ってしまってはダメだ。

 湯船に浸かりながら、花霞は反省し、後で椋にしっかりと謝罪をしなければ。そう思っていた。


 ガチャッ


 突然風呂場のドアが開き、そこから椋が現れたのだ。



 「りょ、椋さんっ!?」

 「…………」



 何も言わずに、椋は裸のまま風呂場に入り、湯船に体をつけた。そして、驚いて唖然としている花霞を抱き寄せたのだ。



 「椋さん……突然どうしたの?」

 「………それは俺の台詞だ。………どうした?何か悩みごとがあるのか?それとも、俺が何かしたか?元気がないおまえを見てると、心配になるんだ。俺はまたおまえを傷つけてしまっているのかって…………」

 「椋さん………」



 椋はそう言うと顔を上げて、花霞の顔を覗き込んだ。彼の表情はとても心配そうだった。きっと、怒り悲しむ花霞の表情を久しぶりに見たので動揺しているのだろう。そういえば、喧嘩さえも最近はしていなかったな、と花霞は思った。


 水の中でお互いの肌が触れあう。

 そんな事はもう慣れたはずなのに、久しぶりだからか、いつも以上に恥ずかしさを感じてしまった。けれど、やはり彼に触れられると嬉しくなる。

 花霞は愛しい彼に向かって微笑んだ。



 「………少し寂しかったの」

 「え………」

 「椋さんは赤ちゃんの事、とっても大切にしてくれてるし、産まれることを楽しみにしてくれる。それは私も嬉しいし、体を労ってくれるのも、とっても助かってる。………だけどね、私は椋さんが好きなの。だから、椋さんとの時間がもっと欲しいし、自分だけを見てほしいって思っちゃう事もある。……だから、恋人みたいにデートしたいなって思ったの。最近は挨拶のキスだけで、甘えるようなキスもしてなかったし、その……椋さんも触れてくれなかったから。…………ごめんなさい」



 何て自分勝手な気持ちだろうか。

 そう思い、花霞は椋に向かって謝った。すると、椋は困った表情を見せた後に「何で、花霞が謝るんだ」と、濡れた手で花霞の髪に触れた。その指が微かに頬に触れただけで、花霞はくすぐったさと嬉しさを感じ、頬を染めてしまう。

 すると、椋はハッした表情を見せ、そして、謝罪の言葉を紡ぎ始めた。



 「………ごめん、花霞。子どもの事が嬉しすぎて俺は舞い上がってたのかもしれないな。確かに生まれてくる赤ちゃんは大切だし、守りたいも思ってる。………けど、俺が1番に守らなきゃいけないのは、花霞なんだよな。大好きなのも、花霞だ。辛そうにしている姿を見てたから、体に負担にならないようにって、触れることさえも我慢してた。けど……違った」



 そう言って、椋はまた正面から優しく花霞を抱きしめた。


 「花霞を笑顔に出来ない男が、子どもを幸せになんか出来ないよな。……前と同じように……いや、今まで以上に花霞との時間を作るよ。沢山話して、手を繋いで、キスをして触れ合って。………花霞の望んでいる願いは、俺も同じだよ」

 「………椋さん………」

 「母親になっても甘えてくれよ。俺の大切な奥さんには求めて貰えるなんて、これ以上にない幸せなんだから」

 「…………うん。………ありがとう」



 おはようやおやすみ、いってらっしゃいのキスの外にキスをしたのは久しぶりだった。

 少し熱くなった唇を求め合い、2人はしばらくの間キスを続けた。今まで出来なかったキスを埋めるかのように、体がのぼせそうになるまで、2人の甘い時間は続いたのだった。






 「んー………残念だったな。まだ、わからないなんて」


 次の検診の日。

 椋と花霞は手を繋いで病院まで行った。

 成長は順調だが、花霞の体重の増加を告げられただけで、赤ちゃんの性別はまだわからなかった。


 「わからないって事は、女の子なのかもしれないね」

 「いや、赤ちゃんの体勢で見えなかったらしいから、まだわからないぞ」

 「椋さんは男の子だと思うの?」

 「………わからない。俺はどちらでも嬉しい」

 「そうだね……私は、食べ過ぎ注意だなー……」

 「じゃあ、ケーキはなしか?」

 「食べるよ!行きたかったお店なんだから!」



 花霞と椋は、この後に海の見えるカフェでのんびりとデザートを食べに行く予定になっていた。体調を考慮して、あまり遠出は出来ないけれど、それでも2人はとても楽しみにしていた。



 「そういえば、近くに水族館もあるらしいぞ。行ってみるか?」

 「うん!行きたい!イルカのショーあるかなー」



 花霞はニコニコしながら、彼の車に乗り込み、助手席に座った。椋も運転席に座り、出発のはずだった。

 が、椋は花霞の頬に手を伸ばし、愛おしそうに目を細めて微笑み花霞を見つめていた。

 久しぶりのデート。気分が高揚しているのは、花霞だけじゃなかったようだ。



 「………こういう穏やかで、花霞の笑顔が見られる時間が好きなんだったな。………今日はもっと楽しもう」

 「うん」



 そう言うと、花霞と椋はキスを交わした。

 すると、「僕もまぜてよ」と言わんばかりに、お腹の赤ちゃんが動いたのを花霞は感じていたのだった。




              (おしまい)


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