第16話「涙声の恋心」
16話「涙声の恋心」
椋がくれた指輪。
その指輪はただの指輪ではない。
椋と花霞を繋ぐ指輪だ。
きっと、彼は花霞が「無くしてしまった。」と言えば、「気にしないで。」と言ってくれるだろう。
けれど、花霞はどうしてもあの指輪が必要だった。
あれがなくなってしまったら、彼との関係がなくなってしまう。そんな風に思ってしまったのだ。
椋は物だけで繋がるわけではない、と言ってくれるだろうし、花霞自身もそうだとはわかっている。
それなのに、あの指輪をなくしてはいけない。
そう強く思ってしまった。
花霞が自分の服が汚れるのも構わずに、濡れた地面に手や膝をついて、目を凝らしながら探し続けた。
広い公園ではないし、彼が投げた方向を見ればすぐに見つかると思っていたけれど、指輪はなかなか見つからなかった。
「どうしよう………見つからない。」
髪も濡れ、服にも雨水が吸われてしまい、花霞から雨が落ちているかのように、濡れてしまった。
けれど、花霞は諦めずに探し続けた。
「明かりがあれば………あ、そうだ。」
花霞は、自分のバックからスマホを取り出して、ライトを付けた。それだけでも、一気に少し先まで地面の様子がよく見えた。
大粒の雨が降ったせいか、すでにあちらこちらに水溜まりが出来ていた。その水溜まりはライトの光を浴びて光っている。水が光を反射させて光ってしまい、指輪の光が探しにくくなってしまうかもしれない。そう思いながらも、泥まみれの手でスマホをかざしながら地面を見つめながらゆっくりと公園内を歩いた。
探し始めてから、しばらく経った頃。
花霞が持っていたスマホが振動した。動きが止まらない事から誰からの連絡だとわかり、花霞はスマホの画面表示を見た。
すると、そこには「鑑椋」と書かれていた。
「椋さん…………。」
いつもならばすぐに通話ボタンを押していたけれど、この時は躊躇ってしまった。
今、彼の電話に出てしまったら彼に心配をかけてしまう。そして、指輪をなくしてしまった事もバレてしまう。花霞はそう思い、彼の電話が切れるまで、画面を見つめた。
10回ぐらいのコールが続いた後。
彼の電話は切れた。
花霞はホッして、また指輪探しに戻った。
けれど、また数分後に椋からの電話が来たのだ。それも、申し訳ない気持ちで無視を決めて出なかった。そして、また指輪を探し、また電話が来て、の繰り返しが行われた。
何回目だろうか、花霞は椋からの電話が来た時に、手が濡れているからか誤って地面にスマホを落としてしまった。それを拾い上げようとした時に、通話ボタンに指が触れてしまったのだ。
「あ…………。」
花霞が気づいた時にはもう遅かった。
スマホからは椋の声が聞こえて来たのだ。
『花霞ちゃん!?よかった繋がって………。仕事が早く終わって帰ったら家に君が居なくて。いつまでも帰ってこないから心配していたんだ。』
「……………。」
『花霞ちゃん……?どうした?何かあったのか………。お願いだ、返事をしてくれ。』
椋の声が花霞の耳に伝わる。
彼は心配してくれていたようで、とても焦った口調だった。
けれど、花霞は椋の声を聞いた瞬間から、体が熱くなった。声にも温度があるとしたら、彼の声はとても心地よい体温のような温度だろうな、と花霞は思った。
彼の熱を電話越しに感じてしまった花霞は止まっていたはずの涙がまたポロポロと流れた。
嗚咽まじりになりながら、「椋さん………。」と名前を呼ぶと、彼が息を飲む音が聞こえた。
『花霞ちゃん………大丈夫?何かあったの?今は一人………?』
「椋さん、………ごめんなさい………私………。」
彼にどう説明すればいいのか。
花霞は上手く言葉を紡げずに、ただ彼の名前を呼んで謝る事しか出来なかった。
『どうしたの………。いや、花霞ちゃん。よく聞いて。今はどこにいる?それだけでいい。教えてくれないか?』
「………公園。」
『公園か。それはどこの公園かな?』
「…………職場の近くの駅………その近くだと思う。」
『わかった。………この電話は切らないで居て。』
そういうと、電話口からガタガタッと音が聞こえて来た。
その後も何かの音や、足音、そして車の音が聞こえて来た。
それらを聞いて、彼がここを探し向かってくれているのがわかった。
本当ならば安心するはずなのに、花霞は焦りを感じてしまった。
彼がここに来る前に指輪を探し出さなければいけない。そうしないと、彼との関係が違うものになってしまう。
そんな事はないとわかっていながらも、不安になるのだ。
花霞は急いで公園内を探し回った。
先ほど見た所ももう一度見直した。もしかしたらと思い、花霞は玲が投げたであろう場所ではない所も見た。けれど、やはり見つからない。
溜め息を付いて、顔についた雨や泥を濡れた手で拭った。そして、ゆっくり目を開けた時だった。
視界の端で、キラリと光るものがあったのだ。
「あ………。」
花霞はすぐにその方向へと駆け出し、その輝くものを取り上げた。
すると、泥や雨水がついているがそれに負けないようにいつもよりキラキラと輝く宝石がついた指輪があった。
「あった………。よかった…………。」
花霞は震える手でそれを握りしめた。
この指輪があれば、椋との繋がりをまだ持ってられるのだ。そう思うと、安心し嬉しくなり、先ほどとは違った涙が出た。
花霞は、そんな気持ちを感じながらフッと自分の感情がどうしてここまで落ち込み悲しんでいたのかを考えてしまった。
他の人から見たらたかが結婚指輪なのかもしれない。それに、椋とは大恋愛の末の結婚なんかではなく、会って数日で契約的に結婚をしただけなのだ。しかも、半年という期間が終われば、離婚となるかもしれない。
そんな関係のはずなのに、花霞は彼との繋がりにすがってしまう。
それはどうしてなのか。
今まで、自分でも気づき、そして彼に伝えようと思っても、気持ちに気づかないふりをしていた。
「椋が………好き………。好きだよ………。」
今まで我慢してきた気持ちが溢れ出たかのように、その言葉を繰り返した。
頼まれたから結婚した。家がないから結婚した。
そうかもしれない。けれど、それは1つのきっかけに過ぎないのだ。
それで結婚をしたとしても、椋でなければ、惹かれる事もなかっただろうし、この日々を終わらせたくないと思う事もなかっただろう。
花霞はそうだと思った。
優しくて、頼りがあって、花霞を思ってくれる。笑顔が素敵で、その微笑みを花霞にも分けてくれようと、花霞のためにいろんな事を伝え、教え、共有しようとしてくれる。
そんな彼に惹かれてしまっていたのだ。
彼と出会い、結婚出来たことが、今は幸せで仕方がない。
「椋さん…………。会いたい…………。」
ザーッという雨の中。
花霞の小さく震える音は、誰にも届いていないかに思えた。
けれど、必死になり花霞を探している彼には、今すぐにでも届けたい。
花霞はそう思った。
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