よってたかって動物いぢめ

雨宮ギズモ

第1話・怪獣の住む家

その年は何十年か振りに地球にハレー彗星が接近するという年で、私がまだ小学生4年生の頃でした。

学校への通学路の途中、少し脇に外れたところに古い一軒の平屋の家があり、そこには当時の私からはけっこう歳を取った老人に見えたおじいさんが一人で住んでいました。


今思えばそんなにおじいさんではなかったのかも知れませんが、まだ10才くらいのお父さんとお母さん、それに学校の先生くらいしか大人を知らなかった私には自分のおじいさんやおばあさんという存在も居なかったので具体的に老人という存在がよく理解出来ていなかったせいもあり、学校で見かける先生とは違い、シワだらけの顔でボサボサの髪の毛、お父さんとは違いショボクレた雰囲気。

そして何するわけでも無く一日中公園で空を見上げていたり、毎日同じような服を着て、着替えてる様子は無いので、何となく不潔に感じたり、一体どう言う人なんだろうと不思議に思っていました。

老人。つまりもう古くなって世界から要らなくなった人間のようなイメージで見ていた部分はあるとは思います。


ある時、クラスの男子たちがそのおじいさんの事を話しているのを耳にしました。「あそこのじいさんって実は人間の姿をしてるけど、本当は怪獣らしいぜ」「本当?」「そういう噂だぜ、本当かどうかこんど調べに行こうぜ」

それを聞いた私は女の子くせしながら興味を持ち、男子たちと調べに参加させてもらったのです。

男の子は大胆で、失礼で、少し残酷なところがあります。子供ってそういうものなのかも知れません。

怪獣おじさんのオンボロの家の前まで来ると突然男の子が叫びます「怪獣でてこーい!!」

家の中はシーンとしていて何の反応もありません。静かです。

おじさんは出かけていて不在なのかも知れません。


男の子は失礼で、無謀な生き物です。家の中から返事が無い事を確認すると、ソォーッと玄関のドアを開け中を覗き込み、家の中へ一歩入ります。

「怪獣だったらさ・・・何か証拠見つけなきゃ・・・」と一歩、一歩静かに入っていきます。でもそれは犯罪ですよね?。私は少しドキドキしました。

するとその時突然部屋の影から「ガォーーーーッ!!」と両手を高く上げ、威嚇するようにおじさんが飛び出してきたのです。

突然の事で私達はビックリして叫び声をあげ家から逃げ出しました。

「やっぱのあのおじさん怪獣なんだ!!」

少し家から離れたところまで逃げてきて振り返ると、あの怪獣おじさんは私達を見て大笑いしていました。楽しそう?愉快な感じ?そんな風に大笑いしていました。

夏の暑い盛には、玄関も窓もあけぴろげで寝転んでテレビを見ているおじさんの姿が表の道からも伺え、夕方には玄関で野良猫に餌を上げていたりしたのですが、冬になった頃からいつしか怪獣おじさんの姿を見かけなくなりました。


ニュースで今夜はハレー彗星が一番地球に近づく時で、観測的にはハレー彗星の光のしっぽが地球に当たり、その影響でテレビの電波が乱れたり、無線が混線したりする場合があると言って夜のことです。


塾からの帰り道、空からなーんとなく薄く青い光のスモッグみたなものが一筋ユラユラと落ちてくるのを見ました。「あっ、あれはもしかしてハレー彗星のしっぽ?」と思った私は急いで落ちて来る下まで走っていきました。


するとそこはあの怪獣おじさんのオンボロの家のとこで、私達の知らないうちにその家はちょうど取り壊されている最中でした。私は取り壊されている家から古く汚れた手紙を拾って記憶があるのです。そしてその手紙の内容を読んだです・・・・。


そこには確かにこんな事が書かれていました。


「お母さん元気ですか?。

星を出発して3年ちょっと時間が掛かりましたが、やっと地球に到着しました、そして地球に来て二十日が過ぎましたのですが、到着してすぐ仕事が入ったので忙しくて無事に着いた事を連絡出来ずにごめんなさいです。一応ボクは元気です。


地球はすごく青く光輝く綺麗な星で安心しました。ボクたちの星なんかとは比べものにはならないくらい綺麗で美しい星です。円盤の窓越しに地球が見えた時にはあまりの美しさに乗客たち一同思わず声を上げたくらいです、話で聞いてたよりも青くてあんな青は初めて見ましたし同じ宇宙なのにこんな星もあるんだなぁって感心しました。


地球での仕事は一杯あります、円盤から降りたらもうキャスィングの人が待っていて、その場でオーディションを受け、そのまま戦地に行かされました。それくらい仕事は沢山あります。地球にはヒーロー職業が沢山居て、ここ日本だけでも何十人もヒーローが居て怪獣や怪人が足りないって言う話は本当でした。


最初は巨大怪獣になってビルを壊すと言う仕事でウ◯◯◯◯ンさんがクライアント様でした。発注表には「何人か人間をパッと踏み潰したりしてもらいたい」と書かれていましたが、それはちょっと心が痛むので無理なんですけどとお断りしました、キャスティングさんは少し嫌な顔をしましたが時間も迫っていたので「それでオケ」と了解を頂きお仕事を頂けました。


そのお仕事はクライアントさんの都合でヒーロー様と取っ組み合いの戦いは3分間のみの戦闘と言うことでしたので戦闘自体は割りと楽でした、それにシナリオを読み違えて違う動きをしてしまったので終わった後に直接ウ◯◯◯◯ンさんからクレームを言われちゃって少し凹みましたが今は元気です。

とりあえず何事も経験です。

でも割りと派手な決め技を連発する方だったので(ジャンピングキックとか)少し頭と腕に怪我をしましたが大したことはありません。心配しないで下さい。


ここ地球では私たち他の惑星のいわゆる「怪獣」と呼ばれる地球外生命体には保険が適用されないので病院代が高くつきます。ですが病院代よりもお仕事のギャラの方が魅力です、って言うよりもボクはお母さんの病状の方が心配です。


地球に到着して二十日間で三本お仕事を頂けました。本当はもっとやりたかったのですが、最初の仕事で怪我したのと怪獣ユニオンに加入手続きや地球で働く怪獣同盟の注意事項、オリエンテーションなど、いろいろ細々した用事がありそれに結構時間を取られてしまいましたので一週間に一本程度の仕事量でした。


二本目はバイクに乗ったヒーローさんで、業界での通称バッタさんと言う方がクライアント様でした。今度は等身大怪人でした。ザッとしたシナリオしかなくてアドリブを重要視する流れでしたし「子供を誘拐して泣かす事」が絶対条件だったのでイヤな気持ちになりましたが、お母さんからプレゼントされた護身用の牙をジッと見て不満を飲み込みまし

少しぐらい堪えないとお仕事ですから。

お金を頂いているんですから。

でもさすがに誘拐した子供を泣かすのには勇気がいりましたが、意外と怖い顔をするとすぐに泣いて貰えて簡単でした。何でも取り敢えずはやってみるもんだなぁーと思いました、いい経験をしました。


経験と言えばお仕事が終わった後にバッタさんが飲みに連れて行ってくれました。バッタさんから「君、新顔だろ、飲みに行こうよ」と向こうから声掛けてきてくれました。飲み屋では地球のヒーロー事情などをいろいろ聞いたり、バッタさんのこれまでの苦労話が聞けたりして良かったです。

ヒーローもいろいろ大変みたいです。ウ◯◯◯◯ンさんよりもバッタさんは良い人っぽいです。


三本目は大失敗をしてしまいました。またクライアント様はウ◯◯◯◯ンさんでしたが、今度は「帰って来た・・・」とか何とか言われてましたが、詳しい事は判りません。

失敗と言うのはビルを暴れて壊している時に逃げ遅れた人がいて、その人が炎に巻き込まれようとしたので反射的に炎が人に当たらないようにボクの身体で塞いでしまいました。つまり人を助けた様な形になってしまいました。


その時にウ◯◯◯◯ンさんが登場したのですが、思い切りケリを入れられてしまい、もんどり打って倒れたボクの上に馬乗りになりパンチの連打を受けました。その時にウ◯◯◯◯ンさんが誰にも聞こえないようボクの耳元で囁きました。

「それはオレの仕事なんだよ、お前は人を殺してりゃいいんだよ」その仕事も三分間のみの戦闘が条件だったのですぐに終わりましたが、結構心が折れちゃいました。

そんな汚れな仕事やってんだよなぁって思いました。

人から憎まれ嫌われる仕事なんだよなぁって。

でもちゃんと反省すべき点は反省して頑張ります。

お金を稼がないと高いロケット運賃と長い空間ワープ時間を駆けてわざわざ地球まで来た苦労が台無しです。

お母さんの病気を直すためと言う目的が無くなっちゃいます。頑張ります。

ボク頑張るからねお母さん・・・。


三本分の仕事のギャラを振り込みます。もっともっと仕事してお金を稼ぐつもりです。お母さんの病気も早く良くなるように遠く、宇宙の彼方の青く輝く美しい地球から祈っています。


お母さんの病気が治ったら、今度はお仕事ではなく旅行でお母さんをこの美しい星に連れて来たいと思ってますので楽しみにしてて下さい。


星に帰りたくなったり、お仕事が辛くなったりした時にはスカイツリーを見て、スカイツリーをお母さんだと思って頑張ります。

スカイツリーってお母さんみたいに大きいんですよ。

お母さん元気で、さようなら。」


手紙を読み終えた私は何のことだか、まだ子供だった私には手紙に書かれている実態がよく掴めず戸惑ってしまいました。

表を見ると「宛先不明」と赤い大きな印鑑が押されていました。

それを見て「ああッ、この手紙は届かなかったんだな。宛先が良くわからなかったのか、それとも宛先の住所にもう誰も住んでいなかったのか、戻ってきた手紙なのだなという事は理解出来ました。


それからしばらくしてその小さな家は取り壊され整地され、そこには新しく建売の小さくてオシャレな可愛らしい家が建ち、新しい家族が住み始め、新しい生活で怪獣おじさんが住んでいた事など上書きされ消されてしまったかのようでした。


私は中学生になり、自転車通学になった上に、通学する方向が変わってしまい、その怪獣おじさんの住んでいたところからは疎遠になってしまいました。


街の様子もどことなく変わり、私も結婚し母親になり、そして離婚もし、長い時間が過ぎた後またこの生まれ育った街へ戻ってきました。

娘もちょうどあの頃の私と同じくらいの歳になり、怪獣の家の記憶もたくさんの経験値の中に埋もれ、劣化し、輪郭がボヤケて来てほんとうにあの家があそこにあって、怪獣おじさんが住んでいて、そしてハレー彗星が見えた夜に居なくなり、私は荒れ果てた家の中で「宛先不明」の印鑑が押された古い手紙を読んだと言う、あの記憶もリアルなものだったのか?、それともハレー彗星に見せられた一瞬の幻だったのか?。

そんな気持ちさえしてきます。


もしかするとあの怪獣おじさんには新しく仕事の依頼が来て、違う街へ引っ越して行ったのか、ある夜、しっぽが地球にぶつかっていると日本中が大騒ぎしたハレー彗星のしっぽに掴まり遠く離れた故郷の星へ帰って行ったのか?。

長い詰まった空気の時間が、私の思い出を不思議で美しく悲しいものへと補正して行ってるだけなのかも知れません。


でも、ガォーッと両手を上げて私達を脅かせ、ビックリして逃げる私達を見て笑っていた、あの怪獣おじさんの明るく楽しそうな笑い顔だけはよく覚えているのです。


-了。

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