第9話 お嬢様の部屋
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千秋が孝子に能力でしか見ていない事を知って、彼方は千秋に何か言いたくなった。何でも良かった。
金を生む道具として扱われる千秋が哀れだったのか、自分だけは違うと証明したいのか。
とにかく勝手な理由だとは自分でもわかっている。それでも言いたい。
「千秋さん!」
彼方はノックもなしに千秋の部屋の戸を開けた。さすがにまずかったと気付くのは開けてからの事だ。仕事中かもしれないし、着替えているかもしれない。
幸いにもそれらではなかったが、千秋はフライドチキンを口にくわえていた。
「はははふん」
千秋はくわえながらも彼方の名を呼んだ。片手にはバケツ状のパッケージ。もう片手には新たなフライドチキン
そして彼方の存在に気付いてもなお食べ続ける口。
食欲がなくなっているのではなかったか。
「……ええと、これは秘密ではないですよ?」
口の中のものを飲み込んでから、やや恥ずかしそうに千秋が言った。しかしこの事は大きな声で言えない話なのは明らかだった。
「……これ、孝子さん達は知らないんだよね」
「はい。しかし茜さんは知っています。このチキンを買いに行ったのは彼なので」
内緒にして欲しい事ではあるが秘密ではない。
彼方は落胆した。こんなあっさり秘密が見つかるはずないし、例の秘密がフライドチキンを食べる事であるとしたらしょぼすぎる。
「お肉が食べたいなら孝子さんに言えばいいのに」
「食べさせてもらえないんです。お肉は霊力が落ちるだとかで」
「ええっ、成長期にはお肉も食べなきゃいけないのに?」
成長期にはたんぱく質が必要。彼方のような子供でも知っているような知識だ。
しかし霊力というものを信じ、それを維持させようとする孝子はその知識を無視する。きっと千秋は精進料理のようなものを食べさせられているのだろう。
「そもそも私の能力とは頭脳労働で、しかもエネルギー消費が激しいのです」
言いながら千秋は新たなチキンにかぶりついた。既に紙袋には食べ終えた骨が見える。
能力がどうこうかはともかく、千秋が大食いなのは確かなようだ。
「なのでこの事は秘密ではありませんが、勝負の秘密ではありません。もし孝子さんにチクられたら私、激やせしますからね」
「……わかってる。言わないよ」
野菜中心の食生活をしいられているだなんて彼方からして見れば悲惨な事だ。
他にも生活に制限があるのだから、食生活ぐらいは自由にさせてやりたい。なにより華奢な千秋はもっと太っていいくらいだ、と彼方はこの事を胸に秘めておく。
「孝子さんは千秋さんが食が細いって言ってたけど、もしかしてそれを食べているから?」
「出される食事はなるだけ食べています。けど、単純に味付けがいまいちだから箸が進み辛いだけです。こんな夏でも塩分を減らすのですから」
夏と言えば汗をかく。汗をかくなら塩分が必要。孝子は千秋の栄養について考え直した方がいいと彼方は思う。
しかしそういえば、千秋が汗をかいたところなど見た事がない。
この八月に夏物とはいえ着物だというのに。
しかし彼方は部屋を見渡してその謎が解決した。部屋の隅に壁に隠すようにしてクーラーがあった。
よく見れば机の上にリモコンもある。小さなこの部屋には静かに作動させるくらいでちょうどいいらしい。
それにしてもこの部屋は小さい。これでは彼方と母に与えられた部屋では変わらない広さだ。しかも壁に低めの棚をやたらと置いていて、さらに狭く感じさせた。
いつも千秋はこの部屋の中央に正座している。大人しい彼女の性格から、今まで部屋の狭さには気付けなかった。
しかしこの屋敷のお嬢様の部屋に、それはおかしいと彼方は思う。もっと広くたっていいし、家具や配置にもこだわっていいはずだ。
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