月夜の小川で

長渕水蓮

月夜の小川で

 まんまる月のきれいな晩です。一匹の黒猫さんが小川へとやってきました。

 黒猫さんは川の近くまでやってきて、ぺろ、と一口水を飲みました。すると、覗き込んだ真っ黒なお顔、そしてお空のお月さまが、水面にゆらゆら浮かぶのでした。

 ひゅうと風が吹き抜けて、さらさら、すすきがやさしく揺れています。

 その音にのせて、ちっちっ、ころころ、虫たちのコーラスも届きます。

 おだやかにいられるこの場所は、黒猫さんのお気にいりでした。

 そんな小川を、やさしく見下ろしてくれるお月さまに、黒猫さんはちょっぴり恋をしていたのです。

 なんだか遠くまで届きそうな気がして、黒猫さんも不器用な声で歌い始めました。

 虫たちや猫さんの合唱と、川の音やすすきの演奏。小川には、にぎやかで愉快な時間が流れていきます。

 ふいに、向こう岸で白いなにかが動きます。

 白猫さんです。音楽を聞きつけてやってきたようでした。

 白猫さんは水面に映ったお月さまを一度揺らすと、空を見上げて、やがて歌い出しました。

 賑やかだった小川に、それはもう美しい歌声が響き渡りました。

 白猫さんは、まるで小川のせせらぎのように透明で、鈴を転がしたようによく響く声で歌うのです。

 一時、声を出すのも忘れて、黒猫さんは白く輝く毛並みに見とれていました。

 すすきの艶やかな穂先よりも、白猫さんはきらきらしていました。お月さまが降ってきたんじゃないかと、思ったほどです。

 けれど、白猫さんは決して黒猫さんの方を向いてはくれないのです。

 虫さんも、すすきも川の音も、黒猫さんさえ脇役になって、主役は白猫さんただ一匹でした。だけど黒猫さんはそれでも構わないのでした。

 黒猫さんは白猫さんのように上手に歌えません。おもしろいことをして気を引くことも、川を跳びこえることもできません。こうして同じ小川で歌を歌えるだけで、黒猫さんはしあわせなのです。

 けれど、もし……。

 もしも、あの白猫さんのとなりで歌えたなら、どんなにたのしいことでしょう。

 そんな夢を見ながら、静かな夜が更けていくのでした。

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月夜の小川で 長渕水蓮 @lotus0_3garden

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