4 Call of justice


ステラはニヤリと笑って、エルドレッドの肩をたたく。


「そんな顔をしないでくれな、騎士さんよ。

世の中、いい奴ばかりじゃない。

どうしようもできない悪だって、少なからず存在するんだから」


どうしようもできない悪。どう頑張っても救えない存在。

それがナキリを始めとした反社会的勢力なのだろう。


「ナキリに誘われた人たちはこぞってこう言うんだ。

『正義は俺たちを助けてくれなかった』ってね」


正義は助けてくれなかった。

助けてくれるはずの正義は、自分たちを見殺しにした。

だから、社会に対して反逆するというのだろうか。


「気にしなくていいよ、こんな戯言野郎の言うことなんて。

話がこんがらがっちゃう」


「戯言なんかじゃないよ、れっきとした事実だ。

改造実験を受けた人間たちの記憶を解析してから分かったことなんだから」


ステラは一転して、まじめな表情に切り替わる。



「彼らは助けを求めてるんだ。誰か私を救ってくださいってね。


「助け、ですか」


「そう。改造人間たちと似たような状況にある人たちにも協力してもらったんだ。

中には、頼れる誰かがいたり、自分で解決できる力を持っていたり、絶望的な状況を打破できる人がいてね。ウチらの作ったリストに彼らの名前はなかった」


「自分でどうにかできちゃう人たちは狙われてないってこと?」


「そういうこと。孤立している人たちが彼らの悪事に加担しているんだ」


どん底にいる人たちの中でも、さらにどん底にいる人々を彼らは狙っている。

そのような支援を増やせばいいとは思うが、そう簡単にいく話でもない。

地道に潰していくしかないのだろう。


「変な話、助けてくれるのが悪魔でも構わないんだよ。

自分の今ある状況をぶち壊してくれさえすればね」


「開かない扉はただの板ですか」


シャツに書いてある言葉をエルドレッドは繰り返す。


「まあ、これはただの俺の趣味だから、気にしなくていいんだけど。

要は、その扉をこじ開けてくれるのが、誰でもいいっていうことさ」


彼はコーヒーカップを傾ける。

扉を開けて、次の段階へ進んだ先にあるのは破滅か救いか。


破滅の道を選んだ彼らは、まともな判断ができなかったのだろう。

それは仕方のないことだ。責めることはできない。


破滅の道を選ばせたナキリたちは、まともな判断ができないことを分かった上で、進ませた。


「ひどい連中ですね、まったく」


エルドレッドは運ばれてきた水を飲み干す。

彼の話を聞くには、一度頭を冷やさなければならない。


「いいねえ、そういうの。俺は嫌いじゃないよ。

モモは彼の情熱的なところを見習うべきだと思うんだけど?」


「アンタはこいつの真面目さをお手本にして生きたらどう?」


軽口を叩きあいながら、二人はにらみ合う。

いつもこういうやり取りをしているのだろうか。

道端でじゃれあっている猫みたいだ。


シェリーは人付き合いのなさを心配していたが、これなら問題ないように思える。


「そんで、話を戻すけど。

他の狩人たちの情報もあって、連中の拠点はどうにか割り出せた。

奴らのポータルの位置も分かったし、いつでも突入作戦が決行できるわけだ」


ナキリたちは山奥に拠点を構えており、それぞれの拠点をポータルで行き来できるようにしている。それらをつないで、巨大な自治区を形成しているのだ。


そのポータルの位置が分かった。捜査が一気に発展した。

彼らの拠点が分かりさえすれば、捕縛することができる。


「てか、こいつはどうするのさ? その作戦に参加させるの?」


「難しいだろうなあ……けど、参加させないってわけにもいかないし」


二人は渋い表情を浮かべていた。

元々、自分は部外者だ。

この事件が彼らの領分であることは、十分に承知している。


「ナキリの拠点に攻め込むんだったら、もうちょい人数が欲しいところだけど」


「どうだろうね、他の支部から応援が来ればどうにかなるかもしれないけど」


「あんまり期待できないと思うけどねえ。

ま、来れる奴らでどうにかするしかないわな」


そこまで人手が足りていないというのか。

手を貸したいところだが、さすがに首を突っ込みすぎか。


「ま、何か連絡があったら君にも伝えるようにはするよ。

この作戦に参加できるように俺からも言っておくし」


ステラは荷物をしまい始める。今回はこれで話は終わりらしい。

今の話をどこまで隊長に伝えるべきだろうか。

突入作戦があると言っても、日程を知ることは難しいだろう。


「それじゃ、また本部でね」


モモは何も言わず、さっそうと部屋を出て行った。

話しが終わったと、言わんばかりだ。


「相変わらず、冷たい奴だな……で、何だい? 

自分一人、取り残されて面白くないってかね?」


「いえ、そんなわけでは……」


「はっはー。人手不足なのはどこも変わらんのよ。

他の連中もそれぞれ別の事件を追っていたり、バケモンを退治したりしてるからさ。

俺も後方支援担当だから、戦闘面じゃほとんど役に立たんし」


「鹿も殺せませんか」


「さすがに鹿くらいは殺せるさ。あいつらはれっきとした害獣だからね。

ヒトとなると話は別ってだけ」


ステラはカバンから、茶封筒を取り出した。


「そこで、だ。この資料を封印の騎士団の支部隊長さんに届けてほしいんだ」


「隊長に、ですか?」


「そう。君らはナラカを追っているんだろ?

その情報を渡せば、君たちはいつでもこの事件に介入できるはずだ」


あらゆる犯罪に手を染めているのであれば、手にしていてもおかしくはない。

しかし、そのような情報は一切聞いたことがない。


「ていうか、騎士さんが介入してくるとは思わなんだ。

それが別に悪いことだとは思わないけど、お互いに危ない橋は渡りたくないっしょ?

その保険ってことさ。中身を信じるかどうかは、隊長さんに任せるよ」


「ありがとうございます。隊長にも伝えておきます」


「んじゃ、よろしくね~」


ステラは片手を振りながら、部屋から出る彼を見送った。

隊長に何の用だろうか。

茶封筒を片手に、彼は支部へ戻った。




「隊長、失礼いたします」


エルドレッドはステラから渡された手紙を持ち、支部へ戻った。

カーネリアンは書類を片手に、執務室の椅子に座っていた。


「エルか。あれからどうなった?」


書類を机の上に置き、彼に向き直る。


「狩人同盟のステラ・ケリーから、これを渡すように言われました」


「昨日会ったという狩人か?」


「いえ、昨日とはまた別の方です。

記録解析のほうを担当しているようです」


カーネリアンは渡された茶封筒を開き、書類を取り出す。

胡乱な目を向けながら、書類をパラパラとめくる。

やがて手を止めて、ゆっくりと目を見開いた。


「……ここに書いてあることは本当なのか?」


「信じるかどうかは、隊長に任せるとのことでした」


「そうか……」


彼女は一瞬、黙った。

それほど信じがたい内容が書かれているらしい。

カーネリアンはすっと立ち上がった。


「エル、その狩人がいた喫茶店に行くぞ」


「しかし、彼はもういないのでは?」


「何を言う、待ち合わせの時間が指定されているんだ。急ぐぞ」


待ち合わせの時間とは、どういうことだろうか。

カーネリアンは手荷物をまとめ、部屋を飛び出した。

彼もあわてて彼女について行く。




「やあ、さっきぶりだね」


タナバタに向かうと、先ほどの部屋にステラはいた。

本当に待ち合わせていたらしい。

待ち合わせというか呼び出しといったほうが正しいかもしれない。


「あと、2分遅かったら帰るところだったよ」


彼はいけしゃあしゃあと言ってのける。


「あのなあ……人を呼びつけておいて、その態度は何なんだ?」


「いえ、まさか本当に来るとは思っていませんでしたから。

噂には聞いていましたけど、ここまでの美人だとは思いませんでした。

騎士の中の騎士、もはや王子様と言っても過言ではありませんね」


あまり褒めているようには聞こえない。

カーネリアンも同じことを思ったらしく、苦笑を浮かべていた。


「初めまして。私はステラ・ケリーと申します。

狩人同盟では、主に記録解析などを担当させていただいております」


「封印の騎士団シオケムリ支部隊長、カーネリアン・エインスワースです。

カーチスから聞きましたが、この情報は本当なんですか?」


彼女はテーブルの上に茶封筒を置く。

中身は結局何なのだろうか。


「本当ですよ。俺以外、誰も気づいていないのが不思議なくらいなんだ」


「だとしたら、とんでもないことになるな」


カーネリアンは席に着いた。

彼もそれにならい、隣の席に着く。


「エルドレッド君、今から話すことはモモには黙っててくれよ?

ナラカは君たちの領分なんだ。できれば、そっちに任せたい」


「私たちとしても、ナキリについてはそちらに任せたいところだ」


「じゃ、交渉成立ってことで」


ステラがカバンから別の資料を取り出し、二人に配った。

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