3 Hey!!!
記憶の解析には時間が必要で、明日の朝までにはかかるだろうとのことだ。
それぞれいったん帰宅し、その後に合流するということになった。
「近くまで送ろうか? 何があるか分かったもんじゃないし」
「……じゃあ、駅までお願いね」
断っても無駄なんだろうなあと、頭の片隅で思う。
これまでのやり取りで想像がつくし、仮に断ったとしても無言でついてくるはずだ。
「てか、シェリーから変なこと聞かされてないでしょうね?」
モモは眉根を寄せ、怪訝そうな表情を浮かべる。
「彼女からは君のことが未だによく分からないと聞いた。
同年代の友達を連れているのを見たことがないとも言っていたが……」
「私のことをどんな奴だと思ってんのよ……まったく。
でも、そんなに長い付き合いでもないし、そんなもんじゃない? 友達なんてさ」
どこまでもさっぱりとした態度だ。
もう少し踏み込んでみようか。当たり障りのない会話なら、答えてくれるはずだ。
「君の趣味は何だ? 俺の趣味は筋トレだ。
というか、趣味らしい趣味がそれ以外に思いつかない」
「趣味ねえ……一日中寝ることとか? ふらふらほっつき歩くこととか?」
「なんだ、俺と大して変わらないんだな。
体を動かしてると余計なことを考えずに済むからかな」
「まあ、確かにそうかもね」
しばらく沈黙が下りる。
大通りをふらふらと歩いていた。一歩後ろをエルドレッドは歩いている。
もう一歩踏み出せば隣に立てるが、彼女の雰囲気がそれを許さなかった。
見えない壁があるように感じる。それをシェリーは感じているのではないだろうか。
「君はああいうのに興味はないのか?」
電光掲示板に映し出される火星の歌姫をじっと見つめながら、彼はそうつぶやいた。
彼女の曲が大音量で流れ、あたりに響き渡っている。
シェリーがエモいと言っていたのはこの曲だろうか。
「アンタ、自分で音楽はあまり聞かないとか言ってたくせに……」
彼女はため息をつきながら、足を止める。
「悪いけど、興味はないかな」
「そうか」
モモはふいっと背を向けて、また歩き出した。
本当に興味がないらしい。
その後は会話らしい会話もないまま、駅に着いた。
「それじゃあ、解析が終わったら連絡するから。また後でね」
彼女は駅の改札に吸い込まれていった。
姿が見えなくなったことを確認し、エルドレッドは騎士団の拠点に向かった。
途中で問題が発生したことを含め、本日の任務の報告をしなければならない。
どのように報告しようかと頭の中でまとめながら、彼は歩く。
「エルドレッド・カーチス、ただいま帰還いたしました」
20時を回った頃、エルドレッドは本部に到着した。
執務室の机に座っていたのは、オレンジ色の髪をポニーテールにした女性だった。
今は眼鏡をかけて、水色のチェックのシャツを着ていた。
カーネリアン・エインスワース。
封印の騎士団シオケムリ支部をまとめている隊長だ
綺麗にまとめられている髪は夕日のような輝きを持ち、深海の色の目をした女性だ。
女性の騎士が増えつつある中、その中でも美人すぎる騎士として知られていた。
誰よりも強いその正義感で数々の任務をこなしてきた。
その功績が認められ、シオケムリ支部の隊長を任せられた。
美人なのはいいのだが、彼女の場合はそれ以上にストイックである。
自分と同じレベルの物を相手に求めるゆえ、厳しい人物と評されていた。
「ずいぶんと遅かったな、エル。何があった?」
眼鏡の奥の瞳が鋭く光る。
本来であれば、数時間で片付くはずの仕事だ。
疑われても仕方があるまい。
「報告が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。
標的を追っていたところ、狩人と鉢合わせになりました」
「狩人同盟と? それで?」
先月、封印の騎士団はナキリを売りさばいていた商人団を摘発した。
その商人団の残党がまだ残っており、その一人がシオケムリに潜伏しているという情報を得た。シオケムリにいるらしい残党の処理をエルドレッドが担当することになった。
どうやら、その残党と狩人が追っていた事件の関係者と同一人物であるらしく、調査に協力することになった。
ここまで聞くと、彼女はより一層、厳しい表情を浮かべた。
「自分のしてしまったことの重大さは理解しています。
どんな罰でも受ける覚悟です」
「いや、それは別に気にしなくていい。標的が被ることは珍しい話じゃないしな。
それにしても、狩人の追っている誘拐事件と邪神に何のつながりがあるんだ?」
「今回の事件はナキリが関わっているだろうとのことで、その情報を得るために、クルイを追っていたようでした」
封印の騎士団はあくまでも、異世界からの侵略者を相手にしている。
理解不能な怪異を相手にすることはあっても、妖怪たちと敵対することはない。
共通点のない犯罪組織だから、余計に不思議なのだろう。
「エル、その狩人と協力して調査を続けてくれないか?
この事件、思っている以上に根が深そうだ」
「かしこまりました。また何かあれば報告します」
「ああ、できればこまめに頼む。
私のほうでも誘拐事件について、調べてみる」
特にこれといった咎めもなく、話は終わった。
そのことに少し安堵しつつ、彼は自室へ戻ったのだった。
「モモが男を連れてきてる……だと……」
開口一番に言う言葉がそれか。
口をぽかんと開け、手に持っていたたばこをぽろりと落とす。
それにも気づかないまま、エルドレッドを見つめる。
戦闘時に身に着けている鎧を外し、仕込み杖のみを携帯している。
モモは昨日と同じようにトレンチコートに中折れ帽子、厚底のブーツをはいていた。
「しかも封印の騎士団って……本当に何があったの?
大丈夫? しょっぴかれないよね?」
体をのけぞらせている男をモモは半目で見つめていた。
凍てつく視線とはこのことを言うのだろうか。
記憶の解析が終わったという連絡をもらい、さっそく二人は合流した。
駅からほど近い、喫茶店タナバタで話し合うことになった。
タナバタは店員が退魔師で構成されていて、店の奥には数人で話し合える個室がある。表向きは普通の喫茶店で、一般の客も利用している。
個室には魔法対策用の結界が張られ、鍵がかかっている間は何人たりとも侵入を許さない。退魔師たちは秘密の会議をよくしている。
誰にも聞かれたくない情報を共有する際にうってつけなのだ。
二人が案内された個室には、サングラスをかけた中肉中背の男がいた。
エルドレッドと同年代くらいだろうか。
ノートパソコンと灰皿をテーブルに並べ、何やら作業をしていた。
彼はステラと言い、記録の解析に特化した狩人らしい。
モモたちが持ち帰った様々な記録を目に見える形に変換するのが彼らの役割だ。
ステラはトレンチコートではなく、「開かない扉はただの板」と書かれたTシャツに黒のジーンズというラフな格好だった。武器らしい武器は見当たらない。
狩人とはいえ、全員が全員武装しているわけではないようだ。
「もしや、天変地異の前触れとかなんじゃ……」
「まあ、狩人と組むことはまずありませんから。
俺自身もある意味、運命に近い何かを感じています」
「うわ。運命だってさ、聞いた? かっこいいこと言うねえ」
口に手を当て、モモのほうを見る。
身振り手振りがいちいちおおげさだ。
「本当にさ、そんな大根どこから引っこ抜いてきたの? 道端に生えてたの?」
「大根、ですか。確かに根性なら誰にも負けないと思いますが……」
「面白いこと言うねえ、君。まさにド根性大根ってか!」
がははと彼は笑い飛ばす。
モモの視線がさらに鋭くなる。
そろそろいい加減にしないと、マジでぶん殴るよ。
にらみつける彼女をステラは笑いながら無視をする。
見た目によらず、かなり強い精神力を持っているらしい。
「他の支部はどうか知らないけど、ウチは紙で記録を取っているよ。
何でも、災害や襲撃でデータが破壊される可能性があるからなんだとさ。
そういうわけなんで、適宜メモとか取ってね」
二人に紙の資料を配る。
男の顔写真と、写し取られた記憶についてまとめられていた。
今は技術が進み、ペーパーレスが当たり前となっている。
騎士団もデバイスが配給され、情報はすべてそこに記録されている。
今時珍しいと思いながら、彼は筆記用具を取り出す。
「で、モモの話しか聞いていないから確認したいんだけどさ。
ウチらが追ってる誘拐事件の関係者を君が斬り殺したって聞いたけど」
「すみません。俺の早とちりで、ご迷惑をおかけしました」
「別にいいって。人間そういうときもある。
そういうアクシデントが起きた時のために、俺らがいるんだからさ。
で、そいつの死体から記憶を写し取ってきた。それがこれだ」
彼はチャック付きのポリ袋を取り出す。
その中にUSBが入っている。
モモが死体の眼孔に突き刺すシーンを思い出す。
「こいつの場合は、被害者の友人を装って近づいたみたいでね。
この日、ナキリの関係者に会うように仕向けていたらしい」
男に狙われていた被害者はすでに救出され、近くの病院を紹介されたらしい。
現在は療養中で、穏やかに日々を過ごしているとのことだ。
「それって、勧誘しようとしてたってこと?」
男とはただの友人だったらしく、その日に会うこと以外、何も知らされていなかったようだ。
他にも友人を誘っているから、一緒に呑まないかと誘われたとのことだ。
ただ、いかんせん久しぶりに連絡をもらったので、少し驚いたらしい。
「ナキリにとってはいいカモだと思うね。
社会に絶望し、人間不信に陥り、誰からの救いもない状況なんだ。
自暴自棄になってもしょうがない」
「そう考えると、ターゲットはかなり絞ってるみたいだね」
「そして、それだけの情報収集能力が奴らにはあるってことだ」
モモはうなずきながら、話を進める。
追い詰められているところを助けるふりをして、破滅の道へ進めさせる。
そのやり方は外道もいいところだ。
ある意味、邪神よりも厄介な相手かしれないな。
こみ上げる怒りを抑えつつ、話を聞いていた。
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